第11話 容姿


「フハハハ、何と!チンギス・ハーンも驚く女傑ではないか!大した女子おなごだな!!」


 いや愉快愉快、と伯父は陽気に笑った。

 そんな伯父を見てトクトアも微笑んだ。


「はい、私もそう思っております。伯父上、彼女は私の命の恩人。しばらく当家で傷の養生を、と引き留めている次第ですが、お許し頂けますか?」


「当然ではないか!大事な跡取りを救ってくれたのだ!大歓迎だ!!よし、お客人をしっかりもてなすぞ!」


 執事も笑顔で答えた。


「承知致しました!誠心誠意を込めてお世話致します!」


「ところでトクトア。あの娘御は何処の部族なのだ?見たところ、漢族じゃなさそうだが……」


「私も詳しくは存じませんが、おそらく混血では?名は雪花シュエホアと申しております」

 

「面倒だな、もう色目人にしとこう!見た目そっちの割合が多いだろ?で、何処から来たと?」

 

 現代よりも厳しい人種差別があり、民族で階級を判断する時代である。

 

 「遠く蘇州から来たとか……」


 「何!?平江路ではないか!呉越同舟の舞台…… また随分と遠い所から来たもんだ!」


「呉でございますね。中華四大美人の一人、施夷光しいこう(西施)がいた所です」


 執事も会話に入る。

 連想風ゲームみたいなのが始まった。


「しかし、施夷光は越の生まれだ」


 トクトアが答える。話に加わるつもりはなかったが、何処かで待ったを掛けるつもりでいた。

 

「越か。たしか越王勾銭だったよな?その美人を送り込んだのは?」


 意外にも中華の歴史に詳しい伯父と執事。


「左様にございます。お陰で、呉は滅びました。傾城傾国には気を付けませんと」


「ワッハッハ。じゃあ、俺達も呉王夫差に倣うか!」


 やっぱりだ。オジサン達のオチがない話に終わりなんてない。大体、人をで判断するなんていい加減で、むしろ迷惑な話だ。トクトアは、やんわりと注意した。


「伯父上、客人に失礼では……」


「まあそう言うな、ほんの冗談ではないか!あの娘御は実に愛らしい!まあ、赤い髪は欠点ではあるが、やっぱりは良いな!磨けば将来、光る宝珠となるだろう!間違いない!うん!」


「旦那様……」


「伯父上! 人の容姿を品定めするなど」


「これ悪かった。まあ聞け!しかし、潤みを帯びた目は貝加爾バイカルの湖の如くおり、その肌の色がまるで雪の如し。

 それでいてきめが細かい!!遥か北西に行くと、あの容姿に似た女達がいる」


「ルーシですか?」


「左様」


「しかし旦那様、バイカルの湖を見た事がおありになるのですか?」


 執事が疑いの目で突っ込む。

 ちょっぴり気分を害したが、これしきの事で怒る伯父ではない。


「いや、見た事ない!!」


 きっぱり正直に言い切るのが、彼の魅力の一つ。

 そこへ甥の厳しい突っ込みが。

 

「伯父上、見た事もないのに何故、その様におっしゃるのですか?」


「な、何を申すのだ!たとえ見た事がなくとも、私にはどんな湖か見えるのである!」


 二人は疑いの目で見ていた。

 モンゴル族は視力が良い事で有名だったが、流石にそれは無理であろう。

 見たことがないものが見える、などと。


「私は子供の頃の話、お祖父様から聞いたのだ。我一族は、その湖の南に住んでいたと。冬になると、木のそりで氷の上を走って移動する事もあった。湖はそれは深く、水は澄んでいて、アザラシも住んでいたそうだ。お祖父様は私に、″ 今まで見た事がないモノを視るのは難しいだろう?だが、わしの額とそなたの額を合わせ、目を閉じ、彼の地に思いをはせれば、同じ景色が視えるのじゃ ″と、こうおっしゃったのだ!」


 トクトアと執事は、なんと答えて良いのか分からない。もやはオカルト話だ。

 トクトアも幼い頃、父から〈一族に伝わる話〉を聞いていた。各部族によって居住場所が違う事、住む場所の資源によって、当然格差が生じ、結果それを巡って争いになる場合が少なくなかったと。そして、長い長い話の後に必ず言うのが、我が一族は、モンゴルの譜代武将の家柄だと。それが、一族の誇りである、と。


(そんな神憑かみがかりな話は聞いた事がないが……)


 しかし、伯父のあの自信に満ちた様子からすると、本当かも知れない。昔から直感と言うか野生の勘が鋭いらしい。幼い頃から漢文化に馴染んでいた自分よりも、若い頃より幾多の戦場に出て勇敢に戦い、数々の武功を挙げた野性的な伯父の方が、常人よりも優れた感覚を持っているのかも知れない。

 いつだったか、草原とゲルの方が落ち着く、と言っていた。


「伯父上。それで、視る事は出来たのですか?」


 伯父は得意気に答えた。

 

「当たり前ではないか! の翼でな!!」


 トクトアと執事の脱力感が半端なかった。


「あっ!馬鹿にしてるだろ!其の方等!だがな、想像力って大切なんだぞ!そして閃き!これが優れた武将の条件だ!!」


 この言葉には妙に説得力があった。

 執事も疑いの目から一転、尊敬の眼差しで見ている。それは霊感インスピレーションだ。

 彼は戦いにおいては、常に賭けの姿勢をとっており、誰にも負けない勇気、大胆な戦い方に定評があった。


「ところで、トクトア。あの娘、纏足てんそくなんかしてなかっただろうな?」


 伯父は急に鷹の如く鋭い目付きをしていた。


「はい、しておりませんが……」


 それについてはトクトアが自ら治療をしているので確認済みだ。


「豚足、でございますか?」


 執事はまた会話に入って来た。

 この執事、何気なく会話に入りボケをかますのが特徴だ。そして伯父も付き合いがいいというか、いつもノッてやるのだ。


「それでスープを作ろうってか?違うぞ。纒足だ!」


 纒足――ご存知、女児の頃から手足を折り曲げ、縛って小さくする風習の事だ。小さい足は蓮の花になぞえられ〈金蓮〉と呼ばれ、美人の条件だった。反対に大きな足は労働者とみなされていた。まあ、ヨーロッパでも足が小さい方が良いとされていたが、こっちは男達の欲望の源。

 この不安定な歩き方にそそられるらしい。当然だが、誰かに支えて貰わないと歩行が難しかったとか。

 災害時は、いったいどうしていたのだろうか?と心配してしまう。

 の楊貴妃は10㎝にも満たない立派な?纒足だったという。

 楊貴妃は舞踊が得意と聞いている。その時はシャキっと内股にでも力を入れて立っていたのか!?謎である。


 素敵には違いないが、あのハイヒールもひょっとしたら現代版纒足かも知れない?

 伯父はフェミニストではないが、肝っ玉母さんのような女性が周りにいる環境で育ったせいか、この風習は女性達を縛る悪しき習慣だと考えて、これを好む男達にも嫌悪感を抱いていた。


「良かった!あれが美しいなどと言っておるのだから馬鹿らしい。何が金蓮歩きんれんぽだ!女達を私物化する象徴みたいなものだ!いいかトクトア、絶対に漢人の女を娶るなよ!例え絶世の美女でもだ!!忙しい俺達が、よちよち歩きの嫁なんか世話出来んからな!」


 漢人の女性は皆、纏足をしていると思っている伯父だが、甥が連れ帰って来た娘は大丈夫と知ってホッとしていた。


「嫁にするんなら多少不細工でもいい。馬に乗って戦場まで、あなた!弁当持ってきたわ!って届けてくれるようなのにしろよ。ついでに敵将にビシッと矢でも射てくれたら助かるな。つまり元気な嫁だ!!」


 黙って聞いていたトクトアも、これには流石に吹き出し、側で聞いていた執事は遠慮なく笑っていた。

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