第10話 素晴らしい勘違い
食事の合間に茶を飲みちらりと伯父を見る。さっきと衣服が替わっていることに気付いたが、敢えて聞かなかった。
執事は用意した茶器を二人の前に置くと、自分は少し離れて立った。
伯父は茶を旨そうに啜った。
「トクトア、あの娘御は誰だ?何処から略奪をしてきたのか?やはり…… 其方に流れるメルキトの血が暴れさせたようだな」
「伯父上、さっきも申し上げたように、私はそのようなことは致しておりませぬ」
「そんな嘘を私が信じると思うのか?二人共、酷く濡れておったではないか!其の方等は淫靡な事に耽っていたに違いない!」」
「プ、フフフ……」
「だ、旦那様、全身がずぶ濡れになる程に淫靡な事とは?なんともいやらしい発想でございますな……」
「其方、呑気に笑っておる場合か!わ、私はだな!欲望を違う形で昇華する!これが、大事だと言いたかったのだ!!まあ……あの漢人の女!雀か雲雀だったか忘れたが、あの賎しい女を連れ込むよりかは遥かにマシだがな!」
伯父の話を聞いていたトクトアは美しい顔を歪めた。
「伯父上、彼女の名は……」
伯父は顰めっ面をし、よせ聞きたくもない、と手を横に振った。
「いくら大都一の美女だ、名妓だ、ほれ教養が高い、と言われたって、所詮は遊女に過ぎぬ。今宵も、あちらの男の腕の中、こちらの男の腕の中と、渡り歩くようなあさましい女だ!!」
「伯父上、畏れながら申し上げます。それは余りにも酷い物言いではありませんか?彼女は、何も好き好んで妓女になった訳ではございません!」
「其方!あの女のことで、私に意見を申すのか!?なんと情けない…… 嘆かわしいことを!いったい何処で育て方を間違ったのであろうか!」
二人共険しい表情をしている。
辺りは険悪なムードに包まれた。
なんとかこの場を和ませようと執事が口を開いた。
「まあまあ旦那様。若君は他の誰よりも分別というものをお持ちでいらっしゃいます!故に、しっかり遊びと割り切っておられるのでは?若君がお小さい頃より、良く存じ上げているこの私が、申し上げるのです。旦那様のご心配は杞憂かと」
執事に言われ、それもそうだ、と頷く伯父。
「そうだ!あの娘御!其方もそろそろ嫁を迎えてもいいかもな!それでこそ、一人前の男というものだ!あの娘御は何処の家から略奪して来たのだ!?私も一緒に行って非礼を詫びるつもりだ!」
「では及ばずながら、私も加勢致します!若君がどれ程素晴らしい方か、しいぃぃっかりと!話して差し上げます!さすれば娘御のご両親も、泣いて喜ばれるに相違ございません!私なら床にひれ伏し、この幸運を喜びます!もう、娘の一人や二人や三人、十把一絡げにし、へい!どうぞ!!と差し上げますとも!」
「じゃ、さっそく準備だな!!屋敷は増築した方がよいか?子供も喜ぶであろう」
展開が早過ぎやしないか。
「その前に旦那様、寝室に飾る物は何が宜しいでしょう?まずはそこからです!気が変わる前に、早くことを済まさなければ!早速、寝間の準備を致しましょう!大丈夫です!私がお相手の方を説得致しましょう。きっと、快く受け入れて下さいます!!」
それって既成事実を作る為らしい。
「よし。任せたぞ!飾りか。やっぱり茄子と胡瓜で作った牛と馬か!?」
「旦那様、それは違います。断然、鶴と亀でしょう!」
「え?おじぃとおばぁの人形だろ!?あっ!八仙の人形にしようか?」
「おお!素晴らしい名案です!早速、枕辺に並べましょう!」
二人共さも楽しそうに、あれやこれやと勝手な妄想を膨らませて話している。
(いや、みんな違うから。やれやれ……)
トクトアは深いため息をついた。
これ以上、二人に変に誤解されたままじゃ堪らない。
今日の出来事―― あの娘の活躍で自分はこうして無事に戻れたのだ、と二人に話した。
伯父と執事は非常に驚いたのと同時に酷く落胆した。
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