運命の出会い?
第6話君の名は?
(トクトア…… トクト、いや
「私は
何がお願いしますだ、と心の中で自分に突っ込みを入れた。
実はビールに同じ名前があるので、あんまり気に入っていない名だ。
「
トクトアは後ろから両腕を伸ばし、手綱を取った。
彼との距離が自然と狭まり、ドキッとする。
馬の方は心得ているとばかりに、軽快に
旦那、合図を出したら今からでも
なにせ口笛で帰って来るくらいだからとても利口な馬に違いない。
「いえ、実は夏生まれなんです。でも夏は苦手です」
言った後、とても後悔した。
また沈黙に。
トクトアは「そうか」と一言。
せっかく話が盛り上がると思っていたのに。
(あーもっと気の利いたことを。次に繋げる会話をすれば良かったかな?でも、あんまりべらべら喋る人よりはマシかも)
そう思うことにして、しばらく馬に揺られるが、時々彼の身体が背中に触れるのが気恥ずかしい。
とりあえず周りの風景を見て気を逸らすことにしたが、そこで異変に気付いた。
地道がずっと続いているからだ。
もうかなり移動したように思うが、行けども行けども一向にアスファルトが出て来ない。
あるはずの電信柱もない。
(山の稜線は見覚えあるけど…… そんなに遠くまで来たのかな?)
そのうち、開けた道に入った。
やっと街道らしい道に出たのはいいが、そこを行き交う人々の服装を見て首を傾げた。
みんな時代劇の衣装を着ている。
麻か綿かわからない地味な色合いの衣服を着て、背負子を担いで鎌を持った男性。
薬草なのか?草が入った大きな籠を背負い、子供の手を引いて歩いている女性。
買い物帰りの、野菜と魚の入った手籠を持って歩いているおばさん。
荷車を引っ張る、大きな牛と一緒に歩くおじいさん。
エキストラの人達だろう。
何か撮影でもやっているに違いないと考えた。
みんなとても自然な演技に見えるから驚きだ。
「皆さんあんな格好で…… 今日は、何があるんですか!?」
後ろを振り向いて尋ねた。
トクトアは、この問い掛けを訝しく思ったが、無知な世間知らずの箱入り娘だと考えて、親が子に言うように、先生が生徒を諭すように答えた。
「決まっておろう、平民達だ。だが中には賎民、奴婢と呼ばれる者達もいる。皆、日々の生活の糧を得る為に懸命に働いているのだ」
「あ……そうなんですか」
設定がそうなら納得するしかない。二人の会話は明らかにズレていた。
シュエホアはTVか何かの撮影だと思い、トクトアは民の身分制度と日々の暮らしを聞かれていると思っている。
「あの、トクトア様は、何をされているのですか?立派な剣をお持ちなので、将軍職ですか?」
これは一番聞いてみたい。
興味を引かれるし、きっとすごい役かも?なので雰囲気を出す為に、敬語、名前に〈様〉を付ける。
「私は皇太子に仕えている。将軍は伯父の方だ。しかし、伯父の配下でもある。伯父を支えることが、私を慈しみ育ててくれた伯父への忠義だ」
短いプロフィールで、彼の身分の高さと、忠誠心に熱く、誠実な人柄だということがわかった。
「とても大変なお役目ですね!」
シュエホアは感心したかの様に言った。
こっちも負けずに演技力を鍛えるのだ。
そして決してあり得ない、もしもを想像する。
合コンでこんなことを真剣に言ったら、いったい誰が彼を賞賛するだろうか?
いくら彼が人目を引く程のイケメンだとしても、多分、その場に居た全員がドン引きするに違いない。
そして誰も突っ込めない。
彼は真面目に言っているのだ。
もしも、茶化したりする命知らずの馬鹿がいたなら、腰の剣で一刀の元に切り捨てられるであろう。
その彼が忠義を尽くす伯父とはいったい誰なのだろうか?ちょっと興味が出た。
沢山の人々が行き交う中、前方からやって来る駱駝に乗った隊商とすれ違った。
駱駝の鞍に付いている鈴がカランコロン、と良い音がする。
隊商は声を揃えて歌い出した。
♪幾つの山~と砂漠を越えて
幾つものジャムチを通るのさ~
全て~は都の街に住む、
愛しいあの
辛く長い旅路の中にあっても、恋人を思うとそれだけで勇気が出てくる。
シュエホアは感動した。
ところが、この歌には続きが。
♪でも、内緒だよ、内緒だよ~
かあちゃんにバレるから~♪
歌いながら通り過ぎて行った。
愛人に会う楽しみを歌っていたのだ。自分の勘違いに吹き出した。
「な、何よこの歌は!?感動して損をしたわ」
まさかとは思うが、実体験を元に作って歌っているのではないだろうか?内緒だよ、と言いながらバラしているのがお間抜けだ。
ここまでくると逆に清々しい?
「あの隊商は西域から絹の道を通って来ていてな、いつもあの歌を歌ってるのだ。私はあの歌のせいで、危うく科挙に落ちかけた……」
トクトア曰く、あの隊商は科挙を邪魔する刺客だと。
なんでも、わざわざ試験会場の前を歌いながら通過するらしい。
「それがな、決まって口述試験の時を狙うのだ。学生達の間では政府が差し向けているに違いない、ともっぱらの噂だ。噂の真偽は確かめた事はないが…」
科挙とは、中華小説ファンならご存知、官吏になる為の試験の事である。
(刺客って…… 変な設定。飛び入りで撮影に参加してるけど、大丈夫かしら?ハア~鞄の事だけど。やっぱり諦めるしかないのかな……)
いろいろと考えを巡らせているが、行き着く先はやっぱり鞄の中身だ。さてどうしたものか。
目の前の、馬のたてがみをしばらく眺めてため息をついた。
「どうした?疲れたか?この先の林を抜けると都が見えるぞ」
「え!?」
シュエホアは俯いていた頭を上げ、トクトアの顔を見た。
「今、都と言いましたか!?」
(……北京市内よね?)
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