第4話必死
ザブーン!!
勢いを保ったまま水中に落ちたら本当にこんな音がする。
どうやら落ちた衝撃は上手く分散出来たらしく、おまけに運良く深い場所に落ちることが出来た。
ラッキ~
落ちて行く恐怖で目を瞑っていたが、直ぐに息苦しくなってきたので自然と目が開いた。
生き残るために本能が、今いる場所を確認をさせたのだろう。
そこは真っ青な世界。
本当に青い。水とはこんなにも青いものなのかと、今さらながら驚いてしまった。
美しい透明度、静寂なるブルー。
その色は神秘的な青色で有名なカプリ島の〈青の洞窟〉の色を思わせた。
不意に、後ろから誰かに肩をちょいちょいと触られている感覚がするので振り返る。
なんと、さっきの虎と目が合った。
虎もろとも仲良く、めでたく、着水出来たみたい?
「ブ、ブホッボゴ!◎∇○△□☆?」
驚いた拍子に、ほとんど口の中の酸素を吐き出してしまう。
それは向こうも同じで、大きな口から鋭い牙を覗かせ、ゴボゴボと大量の泡を放出していた。
お互いの顔を見て驚いた、人と虎は慌てて離れると、虎の方が深刻だったのか、先に水面に向かって泳ぎ始めた。
泳ぎが達者らしく、みるみる水面へ上昇して行く。
こちらもぐずぐずしていられない。もう限界に近い。
早く水面に出なければ。
(何で虎がいるんだろう!?って、今はどうでもいいわ!後で考えよう!)
河の水は肌を刺すように冷たかった。 これでは窒息よりも低体温症で死ぬかも知れない。
(たとえ、これが夢であっても死にたくない!)
手足を必死になって動かすが全く力が入らない。
まるでふわふわと水中を漂うクラゲのように、やる気がないみたいだ。
しかし、焦れば焦る程、身体がいうことをきかない。
(溺死は御免よ。溺死…… そうだ。オフィーリア)
オフィーリアとはシェイクスピア作『ハムレット』の登場人物の一人。
ミレーが描いた名画が有名で、美しい女性が水面に仰向けで浮いた状態で流されて行く場面を描いている。
いつまでも見入ってしまう不思議な絵。
一見、周辺の花が悲劇的な場面を和らげているようにも見えるが、捉え方によっては棺に入れられる花のようにも見えて怖い。
作中の花にはそれぞれ意味があり、彼女の苦悩や死を表しているという。
いや、今はそんな知識を披露している場合ではない。
身体を仰向けにして両足をだらしなく広げる。
全身の力も抜いたので、身体は真っ直ぐに浮上した。
ついに水面から顔を出すと、肺に溜まった悪い空気を吐き出し、代わりに新鮮な空気を取り入れるが、大きく息を吸い込んだ反動で気管に水が入ってむせてしまった。
「く、く、苦しい…… でも助かった!」
しかし、安心したのも束の間、バランスを崩して身体は再び沈む。
またしてもピンチ。
ならば、と先程と同じくまた仰向けに。
(これで身体は沈むことはないはず!)
水泳は苦手。でもこうなったら自力で背泳ぎか犬かきでもして、なんとか岸にたどり着かねば。
もしも河の流れにのったりでもしたら、本当にオフィーリアになってしまう恐れがある。
あんな美しい姿ままで流れるのならいいが、現実はそうではない。
溺死体は見るも無惨な姿だと聞く。
(海まで流されて漁師さんに釣り上げられるかも。そしてなんだ!トドか……って、ガッカリされてポイ捨てされるかな)
いざ覚悟を決め、必死で両手両足をバタバタと動かす。
人間、命の危険に晒されると、思わぬ潜在能力を発揮するに違いない。
(頑張れ私!!あと少し!!)
もう半泣き状態だったが必死のパッチで手足を動かし続けた。
幾つもの偶然と奇跡が重なって助かった命だ。
ここで諦めて死ぬような事があれば、あの世で神様に「たわけ!!」と、ドロップキックをされるかもし知れない。
けれど、いったいどちらに進めば良いのか分からなかった。
それでも諦めずに必死で動き続ける。
無我夢中で手足をバタバタ動かしている自分に向かって叫ぶ、誰かの声が聞こえた。
「おい!大丈夫か!そこは立てるぞ!浅いんだ!!」
その声に反応してピタリと動きを止める。
「え!?」
(人がいる!助けがきた!)
嬉しさの余り、変に力が入ったせいか、また身体が傾いた。
なるほど、確かに浅瀬にたどり着いたようだ。背中、尻、足に川底の石や砂を感じる。
ゆっくりと両足と膝を付いて立ち上がろうとするが、石に水苔が付着していて滑りやすくなっていた為か、前のめりの状態のまま顔面から倒れてしまった。
水の中へ逆戻りする時、まるでコントの様に盛大に水飛沫が上がる。
今日は全くツイてない。
だが落ち込むなかれ。
旅先では必ず拾ってくれる神がいるものだ。
日頃から善行をしておいて良かった?
こっちの情けない惨状を見兼ねてか、さっきの声の主が親切にも力強く腕を引いて身体を起こしてくれた。
転んだ時、無様に口を開けたままだったから水が気管に入り、またむせてしまう。
苦しくて泣けてきた。
泣きながらも本気で嬉しい。
生きているという事は、本当に素晴らしいと人生で初めて思ったから。
人生で死以外なら、本当にどうでもいい事ばかりだ。
「私…は…助か……ったのね…」
声の主は背中を叩きながら、今の自分に一番必要な言葉を言ってくれた。
「もう大丈夫だ!安心していい!」
この言葉に涙が出た。
低く穏やかな、良い声音。
息を整えると、お礼を言うためにその人の方を向いて驚いた。
急に泣き止む赤子のように涙が一気に引いた。
(す、凄い…… 超が付くイケメン!!)
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