”ジェッド”

水木レナ

かく戦えり

 これは、過去に実際にあったお話なんだ。





















































 職場の先輩に、ジェッドっていう先生がいたんだ。彼は事故で手足を失い、ボクの学んでいた三流医科大学に勤めていらしてね。まあでも、高度な技術のおかげで特殊な義手と義足をつけて頑張ってたんだけど、外科医としての地位には戻れなかった。





 先生が言うには、理由はジェッド先生を不遇な目に遭わせた人々の、妨害にあったせいだって。純粋というか、思いこんだらこれ一筋! って人だからさー、復讐のために敵を惨殺して、逆に死刑囚として捕まっちゃったんだ!














 そんなわけで、このボクが作ったからくり仕掛けの義眼を使って、刑務所を脱獄したジェッド先生なんだけど。またボクのいる大学付属病院に潜入してきた! 今度の狙いはジェッド先生を公式の裁判で陥れた奴を追いかけるため。行く先は海外。


















































「それって、私をおいても、行かなくちゃいけないものなの?」





「ああ。これはとっくに決定されたことだ」














 ジェッド先生も、なにも今まで好きで復讐をしていたわけじゃなくって。奪われたもの全てを取り戻す。そんな思いで、彼女さんのサラさんに別れを告げたんだ。





 サラさんはジェッド先生より、はるかに年下だったんだけど、それでも二人は恋人同然。ああなっちゃったのには、なにか一言、足りなかったんだと思うな。














「……お願い。離れたくない」





「ききわけてくれ」














 たとえ、サラさんの願いだとしても、そんなものは受け入れられないんだ。














「そんなにまでして、海外へ行って、どうするの?」





「おまえには関係ないことだ」














 そうして手に入れた体は、義手、義足代わりの科学兵器。コマンダーとしては理想的。全身武器だ。














「戦いにいくなんて、聞いてない! やめて!」














 サラさんはそう言って、くいさがった。














「あの戦いは、今後、世界から非難されるよ。あなたは間違えないで。もちろん、私だって反対よ」





「わかっているが、おまえにそう言われて、ハイそうですかとは言えん」














 こうして、ジェッド先生の最後の復讐は始まったんだな。














「ひとりにしないで……」





「同じ空の下で、おまえを想おう。だからけして一人ではない」














「そばにいてって言ってるの」





「オレには、それを自分に許すことができない、理由があるんだ」














 サラさんの懇願に、ひとつひとつ返事をしては、着々と準備を整えていくジェッド先生。しかし、これがなかなか大変なんだ。海外へ飛ぶには、ちゃんとしたパスポートってもんが必要だし、そんな科学兵器の全身武装姿で、関門をくぐれるわきゃーない。





 ついでに言うと、このサラさん、少々子供っぽい方みたいで、ジェッド先生はなにかあるたびに、あやしつけなきゃいけなかったんだって。





 もっとも、気性が激しいのはジェッド先生も同じだし、なにより、せっかく得た味方。また機嫌を損ねて、めったやたらと傷つけたくなかったんだ。














 そんなある日のこと。














「私もなる! コマンダーに」





「やめておけ。女にはさせられん」














 と言うわけで、ジェッド先生、シュラバ初体験ですぞ。売り言葉に買い言葉の応酬で、にっちもさっちもいかない。





 ただ、この痴話げんか。一見わかりやすいんだけど、これまた決して簡単なわけじゃないんだなー。異性の扱いをわかってる人と、そうでない人だと、たった一言でまとまるもんも、まとまらないってことになっちゃう。





 女性と深くつきあったのが、初めてのジェッド先生。もちろんスムーズにすませられるわけはなく、相手をいいくるめるなんて芸当が、できるわけもない。さらに間の悪いことに、民衆が反戦デモをおっぱじめちゃった。














「もういいでしょう? こういう時代なの。戦争は忌むべきものなんだから、わざわざベトナムになんて行かなくったって」





「おまえの気持ちだけ受け取っておく」














 せっかく始めた計画が、ポシャっちゃって、ほんと苦々しい顔をしてたジェッド先生。とはいえ、ここで投げ出すわけにもいかない。渋々ながら、一応はサラさんの言う通り、ベトナムへ行くのを中止はしたんだ。














 サラさんはお幸せな育ちだけあって、海外の事情も、戦況もあるていどわかっていた。それを見ていて、ジェッド先生はまるで押しつぶされるようで、ますますいら立ちをつのらせていったって言う。














 そしてサラさんが、武器商人の娘だとわかったときだった。














「中華鍋、ふたつ」





「かしこまりました」














 サラさんは、お客さんに返事をすると、助手を務めていたジェッド先生に向かって言ったんだ。














「最高級の拳銃をお出しして」





「…………」





「ジェッド、どうしたの? お客様が待っているから」














 その言葉に、ジェッド先生はすぐにはなにも、応えなかった。





 もともといら立ちがつのっていた、ジェッド先生。とうとうその一言で、彼の我慢の限界を超えてしまったみたい。





 ジェッド先生は、突如背を向けると、武器弾薬を身につけて叫んだ。














「オレが戦いに行くと止めるくせに、客がくれば、ほいほい武器を売るとはなにごとだ!」














 それからはもう、大げんか。こうして彼女と別れたジェッド先生は、結局、傭兵部隊に入って、戦車隊に一人で向かって行ったんだって。














 もっかい言うけど、これって実話だよ。









































(フィクションです)














 -了-

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”ジェッド” 水木レナ @rena-rena

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