エピローグ『呪われ少女は不幸になりたい』

あとがき


 初めましての方は初めまして。前作、前々作に続きお手に取ってくださった方は、ありがとうございます。立川四葉です。


 まず初めに、今作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


 はい、今作を読んでくださった方は、お気づきかと思います。そうです、立川四葉です。幸せを感じると死ぬ呪いにかけられ、水流夏樹の恋人であった、立川四葉です。


 単刀直入に申しますと、今作は私の実体験に基づいたノンフィクションとなっています。

 はい、わかっています、信じられるようなことではないと。しかし誰がなんと言おうと、信じようと信じまいと、これが事実なのです。


 ただ、まだ編集さんに送る前ですので、このあとがきも変えられるかも知れませんが――もしこれを読まれているのなら、嬉しく思います。


 私は今作を書くにあたって、過去を見つめ直すとともに、幸せについて深く考えることになりました。


 幸せとはなんでしょう。不幸とは、なんなのでしょう。


 書きながら考えに考え、出した結論は、『わからない』といったものでした。

 人それぞれ違う。私の幸せも、読者様方の幸せも、それぞれ違うものです。また不幸もそれに同じです。


 ですから人に自分の幸せを強制することはできません。ですが――願うくらいなら、できるのではないかと思っています。


 ここまでご拝読、ありがとうございました。皆様方の幸せを、それがどんな幸せの形であれ、私は願っております。


 長々となりましたが最後に、作中冒頭の私のセリフにて締めようと思います。




 これは物語の話ではありません。これは ――私自身の話です。


            立川 四葉

                    』



「ふぅ……」


 そこまで書ききって、四葉は一つ嘆息。そしてそっとノートパソコンを閉じた。

 ちょうど昼時。外から白い光が差し込むリビングで、四葉はぐっと上に伸びをする。そして眼鏡を外しまた一息。


 肩あたりまでのボブカットが揺れた。


 高校の時は背中辺りまであった長い髪も、大学に上がるタイミングで切ってしまった。それと同時に、もともと読書ばかりしていた四葉は、自分でも小説を書き始めたのだ。

 いろいろあって本も出した。今書き終わったのは三作目になる。


 ノートパソコンの隣にあるスマホを付けてみれば、もう一二時。今日書き出してからすでに四時間が経っていた。


「そんなに書いてたのね……」

「お疲れ、四葉」

「……!」


 声と同時にカタンとコーヒーが机に置かれ、四葉はピクンと肩を跳ねさせた。そして振り向いて笑みを浮かべ、



「ありがとう――夏樹君」



 に向かって、そう笑いかけた。


「ずいぶん集中してたな。もう終わったのか?」

「ええ、全部書き切ったわ。あとは見直して、編集さんに送らないと」

「…………それ、本当に出すのか?」

「あら、どうして?」


 いや、ダメなわけじゃない。でもなと思ってしまう。

 四葉が何を書いているか、俺は事前に聞いていた。


 つまり、俺と四葉のノンフィクション。四葉の呪いの物語。


「四葉はいいのか? その……呪いのこと」

「私は構わないけれど。どうせあなた視点の話ですもの。楽しかったわよ? あの時あなたがどんなことを考えていたのか、全部知れたし」

「やめろ。やめてください」


 その小説を書くにあたって、四葉はあの時のことについて俺を質問攻めにした。いや別に四葉主人公にすればいいじゃないかと言ったけど、どうしても俺がいいと。だから俺は赤面しながら一から一〇まで、あらゆることを話すことになってしまった。


「あら、私は嬉しかったけれどね」


 そう言ってクスクス笑う彼女を見ていると、怒るに怒れずない。

 だから俺は、コーヒーに口をつける四葉に、呆れたようなため息を漏らすことしかできなかった。


「ていうかいいのか? 最後」

「最後?」

「いや、終わり方だよ」


 尋ねてみても四葉は首を傾げるだけだ。


「いや俺は小説はあまり知らないけどさ。終わり、急じゃないかって」


 四葉の小説では俺の意識がなくなったところで終わっていた。そのあと俺がどうなったかも、四葉の呪いがどうなったかも、何もない。そんなふわふわした状態で終わっていいものなのだろうか。


「でも書いてもつまらないでしょう? 結局、何も起こらなかった・・・・・・・・・なんて」


 まあ、それもそうかと納得した。


 事実、何もなかった、何も起こらなかったのだ。

 俺はあの時意識を失って、次の日、普通に自分のベッドで目覚めた。死にもしなかった。俺としては良かったけど、当時は逆にかなり混乱した。

 そして四葉はというと、呪いは消えていた。きれいさっぱりにだ。


 小説にすればハッピーエンド。しかし四葉は「あまりにも拍子抜けでしょう」とそこを書こうとしなかった。


「それに……そこから先は、私たち二人の秘密にしたかったのよ」


 彼女はコーヒーカップを両手で持ち、水面を見つめながらしみじみと呟いた。


「呪いもなくなって、普通に過ごして。大学受験もなんとか突破して。それに、こうやって一緒に住むのなんて、想像もできなかったから」

「まあ、な……」


 二人して視線を向けた、四葉の家の中のリビング。そこにはもう、前のように血痕はなかった。


 大学合格して、少し落ち着いて。その辺りで二人で住むことになった時に、全部掃除したのだ。流石に年月が経ちすぎて落ちなかった部分もあったが、かなりきれいになった。


 ……俺としては、四葉と同棲することになったのが本当に信じられない。


「誘われた時はかなり驚いたぞ。なんせ急だったから」

「前に一度聞いたじゃない」

「初めて四葉の家に行った時か? あんなのわかるわけないだろ……」


 普通ただからかってるだけと思うに違いない。実際俺もそうだった。でもあれやこれやと流されるままくれば、気がつけば四葉と同棲していた。


 まあ、俺も嫌じゃないからいいけどさ。


 自分の分のコーヒーを持って四葉の隣の椅子に腰掛ける。一口飲み込み、二人揃ってほぅ……と息を吐いた。


 平日の昼間。今日は二人とも講義もなく、並んで穏やかな時間を過ごして。


「ああ、不幸ね」


 不意に、四葉がそう言った。


「……それ、もういいんじゃないか?」

「それって?」

「ほら、その『不幸ね』ってやつだよ」


 それはもともと四葉の口癖だった。呪いのせいで幸せと感じてはいけなかった四葉は、自分に言い聞かせるためにそう唱えていたのだ。

 俺が呪いを受け入れてからその口癖は減ったけど、呪いが消えてからはまた増えてしまった。


「別に今は幸せなら幸せでいいだろ?」

「まあ、そうかもそれないけど」


 なら――そう、口にしようとすると、それを遮るように四葉が「でもね」と続けた。


「これは、忘れないための『呪文』なのよ」


 そう言って彼女は、コーヒーカップの縁をつつと撫でる。


「呪文?」

「ええ、『呪文』」

「忘れないって、何をだよ」

「あなたを一度、死なせてしまったこと」


 ついため息をこぼしてしまった。

 あれはもう終わった話だ。あの四葉に認めてくれと迫った時、あそこで全て解決したはずなんだ。


「俺は気にしてないのに」

「そういう問題じゃないでしょう」

「別に思い詰める必要はないんだぞ?」

「思いつめてるわけじゃないわ」


 再びため息。こういう時の四葉は絶対に譲らない。何度もいいと言ってるのに、これは私の問題だからと取り付く島もないのだ。


「それに、八年もしていた習慣がすぐに取れるわけないでしょ?」


 まあ、それはそうだけど。

 なんだか納得がいかない俺に、四葉はやはり優しげに笑いかけた。


「私にとって、幸せと不幸は同義だった」


 穏やかな昼の空気にコーヒーの香りが漂って。


「その感覚はもうずっと、体に染み付いて取れることはないと思う」


 彼女の黒真珠のような瞳は俺を映して。


「でも私は、幸せになりたいから。幸せであるから」


 昼時の淡い光が、彼女を照らし。




「だから私は不幸でいたいの。――不幸になりたいのよ」




 四葉は、自由な笑顔を浮かべていたのだ。







『呪われ少女は不幸になりたい』完

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呪われ少女は不幸になりたい こめぴ @komepi

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