第25話 そして彼ら彼女らは演説に臨む。(2)(すず side)


「全員揃ったね? じゃあ二人は舞台袖で待機してて。そこに皆いるから」


 私たちが体育館に入ると、もう全校生徒は列になって座っていた。


 生徒会長であり、水瀬くんのお姉さんでもある茜さんに言われて、私たちは舞台袖に入った。


「あ、やっと来たか。二人とも遅かったな」

「まあ、ちょっと色々あってな。てか奏太お前、なんでそんなに汗かいてんだよ」

「……色々あったんだよ」


 なぜか制服が着崩れている水瀬くんと亮が、そんな会話をする。


「(とりあえず校長先生の話が終わったら、すぐに演説始めるって。すずちゃんは大取りだから、まだ時間あるけど)」

「(分かった。ありがと。ところでかおりは、なんでそんなに息上がってるの?)」


 私も近づいてきたかおりの呼吸の荒さに気が付いて、聞いてみた。


「(……なんか、緊張しているときにはくすぐると良いっていうのを聞いて、そうくんをくすぐってたからさ。すずちゃんも緊張してたら、神木くんにくすぐってもらえば?)」

「(…………考えとく)」


 好きな男にくすぐられるっていうのは、なんていうか……アリだな。


 そんなことを考えているうちに校長先生の話は終わったみたいで、応援演説を始めてくださいとアナウンスが入った。


「水瀬くん、頑張ってね」

「うん。行ってくる」


 あらかじめ決まっている順番で、最初の応援演説は水瀬くんだ。


 小春に声を掛けられて、壇上に上がっていく。


 演説の内容は、生徒会として活動してきた中で感じた小春の真面目さや人間性から、彼女が生徒会長にふさわしいというふうなアピールにつなげる、まあありふれたものではあったけれど、準備をしっかりしたことは軽く聞いているだけでもよく分かった。


「おい、演説の内容、おさらいしとけよ?」

「うん」


 亮に言われて、水瀬くんの演説に耳を傾けるのをやめて目を瞑る。


 言うべきことはすべて頭の中に入っている。


 私みたいに転校してきたばかりで、人前で話すのも苦手な奴が原稿を読みながら演説なんてしていたら勝ち目なんで絶対にない。


 きっと小春もかおりも原稿なんて一度も見ずに演説をしてしまうんだろうけど、私だってそのくらいは、努力で何とかなることくらいは同じようにやってやろうと思って、ひたすら練習したんだ。


 転校してきたからこそアピールできることはないのか。そう考えて必死に原稿も考えた。


 私だからこそ、他の学校ではもっとこうしている、という意見も出せるだろうし、それは小春やかおりにはない、私だけの専売特許だ。


「ふぅ……」


 大きく息を吐く。


 壇上に目をやると、水瀬くんと入れ替わりで小春が話し始めるところだった。


 大丈夫。私はきっと大丈夫。


 胸の中で何度も自分に言い聞かせる。


「ふぅ……」

「大丈夫か?」


 ついつい零れてしまうため息に投げかけられた声の方へ振り向くと、亮の顔が目の前にあった。


「だ、大丈夫よ」

「声、震えてるけど」

「…………」


 見栄は張っても声は張れず、すぐに亮に指摘される。


「神木くん、緊張してるときはわき腹をくすぐってあげるといいらしいよ? さっき私もそうくんにしてあげたけど、効果覿面こうかてきめんだったみたい。ねっ、そうくん」

「えっ、まあ……緊張は解けたけど」


 横から話に入ってきたかおりが急に水瀬くんに話を振って、それから私を見てニコッと笑った。


「そう……なのか。じゃあすず、くすぐってやるよ」

「えっ、今⁉」

「今じゃなかったらいつやんだよ」


 いつもなら絶対にそんなことはしないであろう亮が、後ろを向くように指示を出してくる。


 いや、確かにあんたとのスキンシップ的なあれこれはやぶさかではないけれど、そういうことはやっぱり二人のときが良いというか、かおりや水瀬くんがいる中でというのは抵抗があるというか……。


「行くぞ? 大声出すなよ?」

「ちょっと、待っ――」


 …………。


 結論から言うと、思っていたのと違った。


 なんかお互い楽しくくすぐり合う、みたいなものを想像していたのに、あまりに一方的なこちょこちょ。


「……ちょっ、と、声でちゃうっ……って! あひゃひゃひゃっ」


 いや、自分でも思う。おひゃひゃひゃって、どんな笑い声だよ。少なくとも好きな男の前で女子がする笑い方じゃない。


 半端に声を押えようとしたのも相まって、考えられないくらい間抜けな声だ。


 でも仕方ないじゃない。くすぐったいんだから。


「ふぅ、こんなもんかな」

「…………いつか絶対やり返す」


 やり切った顔をしていやがる幼馴染を睨みつける。


「でも、緊張はなくなったでしょ?」


 かおりに言われてみて、緊張がきれいさっぱりなくなっていることに今更ながら気づいた私だった。

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