第10話 そして彼女は動き始める。

               ◇◇◇◇◇


 いつもなら学校が終わってすぐに帰路につく俺が放課後の教室に残っていた理由。


 それは別に、かおりと楽しくおしゃべりをして青春リア充放課後ライフを満喫したかったからではない。


「よし、みんな集まったことだし、話を始めるよ」


 小さな教室に八人……いや、かおりも含むと九人が集まったところで、茜は口を開く。


 そう。これこそが俺がわざわざ三十分も教室で時間をつぶしていた所以である。


 今日は数少ない生徒会の活動日なのだ。


「えぇ、八月に入って、今の三年生もいよいよ受験が近づいてきました。部活動でも代が変わったところがほとんどなんじゃないかな? われらが生徒会も例に漏れず、約一か月後には新生徒会長を決める選挙が始まります。それで、単刀直入に聞くけど、この中で生徒会長になりたいって人はいませんか?」


 シーンと、狭い生徒会室に沈黙が流れる。


 そりゃあそうだ。好き好んで生徒会長をやるような活発なタイプな生徒なら、基本的に学校の方針通り運動部に所属している。


 去年だって茜以外の立候補者はサッカー部とラグビー部の男子だったし、自他ともに認めるただの帰宅部の集まりでしかない生徒会の中から立候補するのなんて、茜くらいだ。


「とりあえず毎年同様、副会長二人は現生徒会から選挙なしでやってもらう形になるけど、今のところ一般の生徒で生徒会長に立候補している人はいないんだよねぇ……。もしも今立候補してくれて生徒会長になった場合には、二人の副会長も好きに選んでいいって特典も付けちゃうよ?」


 どう? と茜はみんなを見渡すが、当然ながらそんなことを言われようとも名乗り出るやつはいない。


「うーん……困ったなぁ。先生が言ってたんだけど、大学入試でけっこう使えるらしいよ? 生徒会長っていう肩書き」


 俯いている一同にため息を吐いて、「手段は選ばない!」とばかりに生徒会長のメリットを語る。


 なにを言ったって無駄だと思うんだけどなぁ……。


 そんな俺の考えを打ち砕いたのは、ほぼ同時に挙がった二人の声だった。


「あ……あの、それなら私、やりたい……です」

「それなら私、やってみてもいいよ!」


 遠慮がちに手を上げた女の子は佐藤小春さとうこはる

 少し茶色がかったボブカットの、おとなしくて地味めな文学少女だ。前髪は目元を覆っていて、丸っこい眼鏡がまた雰囲気に合っている。


 文学少女だというのは俺の勝手なイメージだけれど、見かけるたびに本を読んでいるから、きっとそうだと思う。


 俺はたまに生徒会の仕事で話す程度にしか彼女のことは知らないけれど、責任感もあってしっかり者のとてもいい子だ。彼女ならきっとうまく生徒会長という役職もこなしてくれるだろう。



 そこまでは良かった。そこまでは何の問題もなかったんだ。


 普段からみんなの前に立つようなタイプではない彼女が生徒会長に立候補したのは想定外ではあったが、別に困ることはない。生徒会長候補不在問題もなくなり万事解決だったのだ。


 でも――。


「私が生徒会長になったら、そうくんに副会長になってもらうけどそれでいいよね、茜ちゃん」

「ん? 別に私は構わないよ。あと一人も適当に選んでくれれば」

「いや、俺の意見は⁉」


 隣の席に座っていたかおりが急に立ち上がったことは、さすがに予想外だった。


 そもそもかおりは今年転校してきたばかりだし、俺を勝手に巻き込んでくるし……。


 いや、でも生徒会室で二人で仕事をするというのもそれはそれで悪くない青春なんじゃないか? もともとかおりのことは来年から生徒会には入れるつもりだったし。


「あの…………」


 一人で妄想にふけっている俺を、ほったらかしにされていた佐藤が現実へと引き戻し、そして言葉を続けた。


「私も生徒会長になれたら、副会長には……その、水瀬くんになってもらいたいんですけど……」




 …………えっ⁉ なんで⁉




「…………」


 なぜだか、隣の席の愛しの彼女から突き刺さるような視線を感じた俺だった。

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