第67話 なぜだか始まりと終わりは同じ場所だった。(1)


「――私、別にそうくんのこと振ってないよ?」

「え?」


 まるで俺が振られたことなどなかったかのように、かおりは首を傾げる。


「いやいや……」


 ちょっと待ってくれ。


 さすがにそれは無理があるだろ。


「でもあの日、かおりはごめんって――」

「いや、それは話の途中でそうくんが帰っちゃったから」


 『ごめん、私――』と、かおりは確かに言った。それは間違いない。


 でも言われてみると、そのあとに続く言葉を俺は知らなかった。


「でも……」


 告白してごめんと返されたらそりゃあ、振られたんだと思うだろう。


 そうじゃないならそんなことを言う必要ないはずだ。


「そうくん。あの日、私も言いたいことがあって、そうくんを公園に呼び出そうとしてたんだよ?」


 状況を整理できない俺に言い聞かせるように、かおりはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「公園まで先に行ってメールを送ろうとしたら、逆にそうくんからメールが来たもんだから、ビックリしちゃったよ」


 確かに、俺は呼び出しのメールを送ってすぐに家を出たのにもかかわらず、かおりは公園で悠々と待ち受けていた。


 俺が覚悟を決めて告白しようとしたときだって、かおりはなにかを言おうとしていた。


「それで結局、なにを言おうとしたんだよ」


 堪えきれなくなって、俺は聞く。


「分からない? 私がそうくんに何も言わずに転校するだなんて思うの?」

「あ……」


 かおりのその言葉で、俺はようやくすべてを理解した。


 そりゃそうだ。


 あんなに仲が良かったかおりが、俺に黙って転校していくわけがない。


「ははっ……」


 俺は思わず、声に出して笑ってしまう。


 それにしたって間が悪すぎるじゃないか。


 一世一代の覚悟を胸に告白しようとしたタイミングで、そんなイベントを持ってこなくたっていいだろうよ、本当に。


『ごめん、私――』


 ――明日、転校しちゃうんだ。




 続く言葉はそんなところだろう。


 完全な勘違いで、誰がどう見たって一人相撲でしかない。


 かおりは何も言わずに転校してしまったんじゃなくて、それを言おうとしたのに俺が耳を閉ざしていた、それだけのことだったらしい。


「そうくん。あのときの返事の続き、分かった?」

「あぁ、分かったよ。転校しちゃうって、それを伝えたかったんだよね?」


 すべてを悟ったつもりの俺にかおりはにやりと口角を上げて、「それだけじゃないよ」と首を横に振った。


 そして――。


「――私、明日転校しちゃうんだ。だから……次に会えたときには、私と付き合ってくれるかな?」


 鼓膜から音が、消えた。


 彼女は俺を覗き込むようにして足を止める。


 気が付くと、そこはあの日の公園の目の前だった。


 四年越しの告白の返事に驚きながらも、俺は堂々と胸を張って答える。


「もちろん!」


 こうしてようやく、俺とかおりは恋人になった。

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