第66話 なぜだか彼女はいつも隣にいる、そんな女の子だった。(5)


               ◇◇◇◇◇


「はぁ~、やっと終わった~」


 始業式後の大掃除とホームルームを終えて、かおりが大きく腕を伸ばした。


 まだ昼前ではあるが今日はこれで学校は終わりなので、皆ぽつぽつと教室から出ていく。


「じゃあな、奏太。体調には気を付けろよ」

「あ、あぁ。また明日」


 朝はここ何日か補講をずっと休んでいた俺のことを心配してくれていた亮も、他の生徒の波に乗って帰っていった。


 適当に『体調が悪かった』だなんてごまかしたのが少し後ろめたい。


「そうくん、私たちも帰ろ」

「そうだね」


 かおりに促されて、俺はかばんを手に立ち上がる。


 結局、久しぶりのかおりとの登校では何気ない話をしただけで終わってしまった。


 きちんと言うべきことを言って、聞くべきことを聞かなくてはならない。


 下駄箱で外履きに履き替えて、駅まで歩く。


 まずはあの日、花火大会の日に記憶が戻ったことを伝えて、それから――。


 そんなことを考えるうちに電車に乗って、家の最寄りの駅を出てしまった。


「かおり、あのさ――」

「――そうくん、もしかしてだけど……記憶戻った?」

「へ?」


 自転車を押して歩きながら、意を決して口を開いた俺を、かおりが遮った。


 言いたいことを先取りして言われてしまったせいで、間抜けな声まで漏れ出してしまう。


「だから! 昔のこと思い出したのかなって」

「あ、うん。まあ、そうなんだけど……」


 かおりにたじろぎながらもなんとか言葉を返した俺に、彼女は大きく息を吐く。


 そして顔を上げて真っ直ぐに俺の目を見つめ、続けた。


「やっぱりそっかぁ。そうだと思ったよ。なんか様子おかしかったし。でも良かった。今度はあのままお別れとかにならなくて。なんかあのときと重なっちゃってさ、けっこう不安だったんだよ」


 『あのとき』というのは中学時代に最後に会った、公園での夜のことだろう。


 俺だってなんとなく、花火大会の夜とあのときを重ねていた。


「……あれから何回も家まで迎えに行ったんだからね」

「それは……ごめん」


 声をすぼめたかおりに、俺は反射的に謝る。


 でも――。


 それならなんであの日、かおりは俺を拒絶したのか。


 俺を振って、何も言わずに転校してしまって。


 今更になってなんで、不安になるくらいならあのとき――。


「かおり――」


 俺は彼女の名前を呼んだ。


「――あの日、俺を振ったのに、なんで今になって構ってくるようになったんだ?」


 ずっと心の中では分かっていた。


 彼女が俺に好意を向けていることに。


 かおりが転校してきたその日から、身をもって感じていた。


 最初はそれがなぜだか分からなかった。


 けれどすべてを思い出した今では、もっと分からなくなってしまった。


 あの日の公園での出来事さえなければ、納得はいく。久しぶりに会った幼馴染に好意を寄せていただけのことだ。


 でも俺はあの日、彼女に振られた。


 振った相手に久しぶりに会って好意を寄せてくるというのは、まったくもって納得がいかない。


 だから――。


 俺はかおりの瞳をじっと見つめる。


「――そうくん」


 そして、かおりは口を開いた。

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