第11話 なぜだか球技大会の準備は肉体労働が多い。


「みんな分かっているとは思うが明日から二日間、球技大会で授業はないからな。くれぐれも怪我にだけは気を付けるように。じゃあ解散」


 梅雨明けが発表された今日はいよいよ球技大会の前日。


 木本が教室を出ていき、生徒たちもがやがやと雑談を始める。


「かおり、今日は球技会の打ち合わせと準備があるんだけど、もしなんじゃあ先に帰ってる?」

「うーん……終わるまで待っていようかな」

「でもたぶん、帰るの七時くらいになると思うけど……」


 俺の言葉を聞いたかおりは、なにかを考えるようにあごに手を添えて、それから口を開いた。


「じゃあ、準備とか手伝ったりってできるかな? もしできるなら私も一緒に作業して時間つぶすよ」

「それだったら多分大丈夫だと思うけど、一応茜にメッセージで確認してみるよ」

「よろしくー」


 俺は話の概要をまとめてスマホに打ち込み、茜へと送信する。


 考えてみると、かおりが転校してきてからもう一か月。


 最初は初対面だと思っていたかおりがやけに親しくしてくるので戸惑っていたが、毎日一緒に学校へ通ったり俺の部屋に押し掛けられたりとしているうちに、出会って一か月とは思えないほどしっくりくる仲になったと感じている。


 俺の記憶にないだけで、昔からの知り合いだという話もやはり本当なんだろうな、とそう思わされる今日この頃である。


 ピコンッ。


 ここ一か月でいろんなことがあったなぁ、と黄昏ながら思い出しているところに、スマホの通知音が鳴った。


『手伝ってくれる人手が増えるならこっちとしては大歓迎だよ。それにもし、かおりちゃんが来年も部活をしないんだったら生徒会に入ってもらうかもしれないし。どうせだから打ち合わせにも連れてきてよ』


「『了解』っと。やっぱり大丈夫だって。それと、生徒会室にかおりも来るようにって」


 俺は素早く茜に返信をして、かばんを持って生徒会室へ向かう。


「生徒会室って、今から打ち合せするんじゃないの?」

「あー、はい。自分で読んで」


 俺が差し出したスマホを受け取り、メッセージを黙って読むかおり。


「私、生徒会になるかもしれないの?」

「まだわかんないけどね」

「やったね! そうくんとお揃いじゃん」


 そんなことを言って無邪気にはにかむかおりを一瞥して、俺は生徒会室の扉をノックした。


               ◇◇◇◇◇

     

「えっと、じゃあ次はバッターボックス! もうポイントは打ってあるから、それをつなぐようにしてライン引いて!」


 この間まで毎日のように降っていた雨はどこへ行ったのやら。


 雲一つない青空の下で、茜の指示が飛んだ。

 額には汗が滴っている。


「茜ちゃん、色々と指示出しててかっこいいね」

「まあ、そうだね」


 かおりは最近、茜と休日に出かけるくらいまで仲が良くなったらしく、やたらと茜のことを慕っている。


 俺としてはうれしいような寂しいような複雑な気持ちでもあるが、親しくできる同性の友達というのは結構希少な存在だ。

 転校してきてから特定の相手と仲が良くなったりしていなかったかおりにそういう存在ができたというのは、素直に喜ばしいことなんだと思う。


「終わったら次はむこうのグラウンドにサッカーコートを作るよ! 男子は端からゴールを持ってきて!」

「あ、呼ばれたみたいだから行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃいー」


 かおりに送り出されて、俺は高校のグラウンドに隣接している市民グラウンドへと向かう。


 普段は主にサッカー部が借りて使っているが、球技大会では生徒会で貸し切っているグランドだ。


「みんな一斉に持ち上げるぞ。せーのっ!」


 三年生の声に合わせて、群がった男子でサッカーゴールを一気に持ち上げた。


「ここに持ってきて!」


 遠っ!


 茜が手を上げて呼んでいる地点までここから百メートル以上あるんですけど……。


 俺は思わず足を止めそうになるが、周りにいる連中は現役の野球部やバスケ部ばかり。

 俺ごと引きずっていかんとばかりの勢いで足を動している。

 俺も引きずられていくわけにはいかないので、歯を食いしばって足を動かす。


「よし! みんな手を挟むなよ。ゆっくりおろすぞー」


 一分近くかけてサッカーゴールを運び終え、汗を拭ったのもつかの間。


「あと五つあるから! よろしくね!」


 茜が大声で指示を出してきた。


「……もっと筋トレしようかな」


 俺は息をひとつ吐いて、次のサッカーゴールへと向かった。


               ◇◇◇◇◇


「私がいても、あんまり手伝うことなかったね」

「まあ力仕事が多かったから。おかげで本番前に体中ばきばきだよ」


 日がずいぶんと傾いて空がきれいに赤く染まっている中、駅へと歩を進めながら俺は苦笑いを浮かべる。


 運動部諸君の協力のおかげもありなんとか七時まではかからずに準備も終わったが、サッカーゴールの移動やらテントの設置やらと重いものを運ぶような仕事がとにかく多かった。


 もう本当に、本番前日にして満身創痍である。


「疲れたぁ……」

「お疲れ様。帰ったらマッサージしに行ってあげようか?」

「いや、それはさすがに……」

「遠慮しないでいいってー」


 最近はかおりの何気ない言動への耐性もだいぶついてきたと思っていたが、さすがにこれは……。


 部屋で美少女と二人っきりで、しかもマッサージをしてもらうなんてシチュエーション、世の男子だったら少しくらい間違いが起こってしまうかもと考えるのが普通というものだ。


 まったく、前にも言った気がするけれど――。


「かおりはもっと恥じらいと慎みを持って行動しないとだよ。夜の男の部屋にマッサージをしに行くだなんて、もし襲われたらどうするんだよ。まったくもう」

「そうくん、襲っちゃうの?」

「……」


 予想外の返答に、俺は思わず黙り込む。

 かおりはにこっと口元を緩めて続けた。


「大丈夫だよ。そうくんはそんなことしないから」


 信用されているのか、意気地なし認定されているのか。


 結局、夕飯とシャワーを済ませた俺の部屋に、かおりは平然とパジャマでやってきた。



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