第10話 なぜだか部屋着のお隣さんはいつもよりかわいく見える。
夕食後の静かな部屋にノートパソコンのキーボードをたたく音だけが響く。
最後の一人の名前を入力し終えた俺は、一際は大きな音を響かせてエンターキーを押した。
「ふぅ……」
「お疲れ様、そうくん」
「えっと、なんでかおりがここにいるんだっけ?」
「いやぁ、明日提出の宿題のことすっかり忘れてて。そうくんに教えてもらおうかと思ってねー」
「もう、そういうのは早めにやっとかないとだぞ。どうせぎりぎりになって痛い目を見ることになるんだから」
作業をしている途中で「お邪魔します」と部屋に入ってきてずっと待っていたかおりに、どの口が言うんだ、とそんな言葉が口から飛び出す。
「でもそういうそうくんも、そのすぐできるって言ってた生徒会の仕事、締め切り直前の今日になって慌ててやってたんでしょ?」
「……」
……お見通しかよ。
かおりはふくれっ面になって、不満げに言ってきた。
そんな顔も可愛い。
「そっ、それより宿題やろうか。うん。そうしようそうしよう」
俺は照れをごまかしつつ、そう言ってノートパソコンを片付ける。
「まあ俺は終わってるから、分からないところがあったらどんどん聞いてよ」
「はーい」
適当な返事をして、かおりは宿題に取り掛かった。
あれ? でも明日提出の宿題って確か結構簡単だったような。
「――終わった!」
ものの十分も経たないうちに、かおりが声を上げる。
「今回の宿題はちょっと簡単だったね」
「あ、うん。そうだね」
宿題が簡単だったということもあるが、それに加えてテスト期間にみっちり勉強したことでかおりの基礎学力はかなり上がっている。
それがなければここまで短時間で宿題を終わらせることはできていなかっただろう。
この前の中間テストなんて俺の調子が良くなかったことと苦手な文系科目が散々だったこともあるが、平均的に見てみると圧倒的にかおりの方が良い点数を取っていた。
「別に俺が教えるまで必要もなかったね」
「まあ……でもテスト期間、ずっとここでそうくんに教えてもらってたからさ。ここ何日か部屋に来てない間、なんか落ち着かなくって」
なんだよそれ。可愛すぎかよ。
今のかおりの格好はこの時間にふさわしく薄手の部屋着。
おかげでかおりがこの部屋に入ってきてからまともに顔を合わせられていない。
想像してみて頂きたい。
二人きりの部屋で、そんな恰好の美少女にそんなセリフを言われることを。
言うまでもなくそれはもう反則級の威力である。
こんな普段見れないひらひらの部屋着姿を拝ませてもらって、どこかでこのしわ寄せがくるのではないかと気が気でないよ。俺は。
「それにしてもかおり、あんまり遅い時間に男の部屋にくるのはどうかと思うぞ?」
「大丈夫だよ。お父さんにもお母さんにもそうくんのところに行くって言ってあるから」
「いや、それのどこが大丈夫なの⁉」
主に俺のメンツが大丈夫ではない。
藤宮家で俺はどういうふうに思われてるんだよ!
きっとかおりのお父さんの目に俺は、さぞ娘のことをたぶらかしている気に入らない男に映っているに違いない。
「そうくんは信頼されてるからねー。もしかしたら水瀬家にお泊りするって言っても、ぜんぜん許してもらえるかも」
「……」
いや、引っ越してきて数週間で隣人をそこまで信頼するなんて普通に狂気の沙汰だわ!
まあでも俺とかおりは小学校の同級生だったわけだし、あるいは――。
「もしかして俺って、前にもかおりのご両親に会ってる?」
最近ミジンコレベルだと判明した自分の記憶力を疑って、俺は尋ねる。
「え? そうくん、もしかしてやっと昔のこと思い出した⁉」
「いや、それに関してはぜんぜんだけど……」
一瞬ぱっと明るくなりかけたかおりの表情が、俺の返答を聞いてしゅんとしぼんだ。
「なんかごめん……」
「いいよ! 絶対に思い出させてやるって決めたんだから!」
彼女はそう言うと、唇を尖らせてぷいと俺から顔を背ける。
そんな仕草にも可愛らしさを感じてしまう俺は、もしかするとかおりに惚れかけているのかもしれない。
「まあ俺も思い出せるように頑張ってはみるよ」
「そうしてくださいー」
頬っぺたを可愛くふくらませる彼女を見て、心のどこかに昔のことなんて思い出せなくてもいいんじゃないかと思ってしまう俺がいた。
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