(2)


***


 中学生のとき、親どうしの再婚で私たちは家族になった。


 お互いにきょうだいはいなかったから、すごく新鮮だった。

 多感な時期なのに、好奇心豊かな私たちは、何のためらいもなく仲良くなった。恥じらいもないから、親に呆れられるくらいしょっちゅう二人で遊びに行った。同じ大学に入って下宿を始めると、すぐに恋人になった。節操もない。


 お相手のどこが好きなのかと言われたら、少し説明が難しい。


 せっかくさらさらな髪はしょっちゅうボサボサ。服は適当、シャツは気付くとよれよれで、ジーンズはよく勝手にダメージを受けている(本人曰く「自然現象を大事にした結果」)。


 イケメンというよりは可愛い系、でも面長で眉毛は太い。メガネを取ったら横顔は割としゃきんと整っているけど、両目視力0.1の男にそれを要求するのは酷だ。寝起きだとバッチリ見られるけどね。ふふ。


***


 君の赤いクロスバイクが私を先導していく。

 京都の中心部は大きな坂が少ないから、自転車にとっては天国のような地だ。


 照りつける太陽とアスファルトの照り返しさえなければ。


「なあ、帽子くらい取りに帰ったらアカン?」

「下宿に帰ると遠回りやん」

「せやけど」

「あと、たぶんクーラーつけて動けなくなる」


 それも一理ある。


 15時半を回っているのに、まだまだ京都は猛烈に熱い。

 地球から見える昼間の太陽は黄色だけど、今日はもう真っ赤といって差し支えない。子供がクレヨンでめためたに塗り潰したような赤色。

 身勝手なフィーバーに付き合わされて、きっと後で君の肌は真っ赤に焼ける。私は日焼け対策をしているから、白いまま。たぶん。


 赤いシミ、赤い自転車、赤い肌。白いスカート、白い自転車、白い肌。

 君が赤、私が白。

 逆・紅白歌合戦だな、なんて思う。


 近衛通を西に進み、荒神橋で鴨川を渡る。緑色に生い茂った木々は適度に風に揺れ、川の水は心地良いリズムで南へと流れていく。

 御所にでも行くのかと思ったら、君はしばらくすると左折して河原町通を下っていく。それなら鴨川沿いを進んだ方が心地良かったのに。気まぐれな人だ。


「どこまで行くん?」

「赤といえば」


 なんとなく分かった。ほーい、と適当に返事を投げる。


 ここに、「チャリ部」を結成する!


 大学に入学したときに、二人でサークルを作った。

 せっかく京都という歴史ある街に来たのだから、チャリで隅々まで巡ることにより、学びを深めていこうではないか。

 活動は毎週一回。メンバーはこの二人だけ。要するに、単なるデートの口実だ。付き合いたてだったから、どこか浮ついていたのだろうとも思う。


 丸太町通で止まる。赤信号を待ちわびて、また南へとこぎ始める。

 そうするうちに左折して、御池通を西へと進む。


 ずっと君の後を追っている。追いかけ続けて、私はアリス。模様を追いかける連想で、先に「マトリックス」を思い出したけど、アリスの方がもちろん可愛い。


 広々とした道を突っ走り、途中で曲がったりしていると、ようやく目的地に着いた。


「いいレンガですねえ」

「いいレンガですなあ」

 

 初めて見る京都文化博物館は、赤レンガの建物。左右対称、ところどころ白い石でオシャレして、中央と両端にあるグリーンのトンガリ屋根が良い味を出す。

 明治時代に造られた、辰野金吾による建築。

 辰野金吾は、東京駅や大阪の中之島公会堂など、赤レンガの建物ばかりを造ってきた建築家。要するに「赤マニア」。


「赤を追う、ってそういうことやってんな」

「そうそう、ぴったり」


 寺社のイメージばかりが先立つけど、京都には近代建築がたくさんある。災害や戦争の被害が比較的少なかったおかげだ、と以前君に教えてもらった。

 現に、その真横にも、別の赤レンガの建物がある。中京郵便局。


「もっとこういうオシャレなんが残ってたらええのになあ」

「日本は地震多いし、レンガはあんまり合わへんみたいやね」

「ああ、関東大震災とかで、東京の方は結構崩れたっていうもんな」

「うん。あとは普通に解体とかもな」


 君が近代建築を好きなのは、神戸で生まれ育ったからなのかな。

 身近に、潮風と近代の名残を感じて歳を重ねてきたからかな。


「ちなみにここも中は改装されてるけど、なんとか外側だけ残してるらしい。ファサードっていうか。保存の声が根強かったおかげらしくて、やっぱり良い物はいつの時代も良いんやなって」


 そんな風に、古い建築を見つめている君の横顔を、私は愛している。

 美しい物を愛おしみ、往時に想いを馳せる姿。メガネをかけていてもこのときだけはイケメンに見える。神戸っ子だと信じあげてもいい。


 その割に、君は工学部建築学科ではなく、理学部という謎に満ちた選択をした。


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