悉乃の過去➀
相変わらずの一週間だった。
「スリ」「嘘つき」などの張り紙は、はがしてもはがしても部屋の入口に貼られた。
自分が昔スリをやっていたのは本当だから、「根も葉もないことで嫌がらせをするのはやめろ」と皆に吹聴して回ることもできなかった。かと言って、自分の口から「確かにスリはやっていたが今は足を洗っている」などとわざわざ説明するのもためらわれた。
この量や頻度、さらには周りのクラスメイトのよそよそしさ。主犯は倉橋であろうが、他のお嬢様たちも元スリ犯が同じ釜の飯を食うのを許せないらしい。
悉乃は、なるべく他の生徒と顔を合わせないように、食事の時間をずらした。特に朝は早起きをして、皆が食堂に来る頃には朝食を食べ終えていた。
部屋に戻ると、キヨが起きていて身支度をしている。
「おはようございます、悉乃さん」キヨが声をかけた。
「おはようございます、キヨさん……その、ごめんなさい。私のせいで、部屋に、あんな貼り紙が……」
「いいんですのよ。気にしないで。皆、そのうち、飽きてしまうわ」
ありがとう、と小さく言ったものの悉乃はそれ以上何を話したらいいかわからず、黙りこんでしまった。果たして、自分はいつもキヨとどんな会話をしていたのだっけ。そんなことさえ思ってしまう始末だった。
「それでは、お先に」学用品を手に取り、悉乃は逃げるように部屋を出てしまった。
こんな生活が、いつまで続くのか、どうすれば打開できるのか。まったくわからず、悉乃は耐えるしかなかった。一週間を乗り切るための心の支えは、いつの間にか「日曜日に四三に会えること」になっていた。
そして迎えた日曜日。
あの川原に、四三はいた。
「よかったあ、来てくれなかったらどうしようかと思いました」四三は人のいい笑顔を見せた。
「こちらから頼んだのに、そんなことするわけないじゃないですか」
なんとなく、先日の「お礼が遅れたから怒ってると思った」然り、自分のことをそんなに短気で配慮のない女だと思っているのか、と悉乃はモヤモヤした気持ちを抱いた。
今日の四三は、普通の袴と着物姿であった。その姿を見た悉乃に気づいたのか、四三は「ああ」と袂を広げて見せた。
「先週のことを友達に話したら、『小石川高女の生徒さんに、しかも恩人に会うのに、汗臭ーい運動着とは何事か!』と怒られたとです。いいとこのお嬢様揃いの学校ですもんなあ。確かにって思いました」
あはは、と歯を見せて笑う四三に悉乃は「いいお友達ですね」と微笑んだ。
「ああ、そもそも、こんな川原に座っていて大丈夫とですか?袴が汚れてしまいますけん」
「大丈夫です」
よかった、という四三の笑顔とは裏腹に、悉乃は涙を溢れさせた。それは、己の意思とは関係なく。
なんという違いなのだ、と。自分は学校でいじめられ、親友とも微妙な距離が空いたまま。
そして、四三が自分のことを「お嬢様」と思っているのも心苦しかった。
「つ、悉乃さん?」
今の、泣くところ?とでも言わんばかりに、四三は慌てた様子で自身の懐を探った。
やがて手拭を取り出すと、そっと差し出してくれた。
「今、その、友達とぎくしゃくしてしまっていて……だから……」
「そぎゃんだったんですか……」
気まずい沈黙が流れた。
悉乃は、その先を話すべきか、迷った。
たった二回会っただけの人に話すには重すぎる話。
否。怖いのだ。
重い話をすることが申し訳ない、ということではない。
話して、嫌われるのが。女学校の皆と同じように、腫物に触るような目で見られるのが。
「もしかして、この前俺がスリに合った時に一緒にいたお友達ですか?」
悉乃は頷いた。
「なしてー?仲良さそうだったのに」
悉乃は、差し出された手ぬぐいで目頭を抑えた。
その様子を、四三は心配そうに見つめている。
「私が、どうしてあの時スリの男を捕まえられたかわかりますか?」
四三は首を横に振った。
「昔、自分でやっていたんです。スリ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます