紅い人物画

紫 李鳥

紅い人物画

 



 和子は、知り合ったばかりの泥酔した秀夫を部屋に招いた。


 壁に飾った数枚の人物画を見て、秀夫は気色悪そうに顔をしかめた。


(……この男は、これらの絵を覚えてもいないのか)


 和子は秀夫の横顔を睨み付けた。


 眠そうに、ソファーに横たわる秀夫に、


「アッ、さっきの店にケータイ忘れちゃった。すぐに戻るわ」


 と告げると、和子は人物画に目配せして鍵を掛けずに部屋を出た。




 先刻まで秀夫と一緒に飲んでいた近所のスナックに急ぐと、わざと忘れたケータイをマスターが預かっていた。


「ありがとう。忘れたのがマスターの店で良かった。お礼も兼ねてもう少し飲もうかな」


 和子は腰を下ろすと、キープボトルを飲んだ。




 会話も尽きたころ、和子は酔った振りをするとカウンターに腕枕をして閉店時間を待った。




 そして、閉店時間になった。


「大丈夫? 酔ってるみたいだから送ってあげるよ」


 マスターが気遣った。


「……ありがとう」



 マスターは和子の肩を抱くと、和子の計画通りにアパートまで送った。




 アパートの前まで送ってくれたマスターに、礼を言いながらよろけてみせた。


 心配したマスターが一緒に部屋に入ると、ソファーに仰向けになっている秀夫の顔にポリ袋が被さっていた。


 マスターは恐る恐るそれを取ると、目を閉じている秀夫の肩を揺すった。


「どうしたんですか?」


 返答がなかった。


「……死んでる」


 マスターが和子を見た。


「キャーッ!」


 和子は大袈裟に驚いた声を上げると、すぐに通報した。




 検死の結果、死因は酸欠による窒息死。濡れたポリ袋で鼻と口を塞いだものと見られた。死亡推定時刻は、夜中の一時前後。つまり、和子が飲んでいたスナックの閉店時間だ。


 マスターの証言により、和子のアリバイは証明された。




 壁に飾られた人物画の一枚を見て、刑事が言った。


「……この美人画は高揚しているかのように顔の血色がいいな。まるで、生きているみたいに生々しい」





 和子は、秀夫に騙されて自殺した姉の復讐を成し遂げた。






 姉の描いた人物画と共に……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅い人物画 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ