入学
入学式、友との出会い
「それじゃあ出席とるぞー。
「はい」
教壇に立つ頭頂部が禿げ上がった担任が声を上げると、一番初めに名前を呼ばれた男子は冷静に返事を返し、目線を机に置かれたプリントに向ける。そこには今日行われる入学式の予定が書いてある。
(あっちでの名前だったら、だいぶ後半だよなぁ)
日本語における五十音順で姓名を並べた際に、『あ』行から始めるスタイルで大体最初のほうになる事にも、もう慣れた様子の彼はファンネル=フォン=グレイヤードという、こちらの世界に来てから一度も呼ばれたことのない名前を思い出す。
あれから約十二年の月日が経ち、ファンネル————いや、東悠一は中学生となった。
本来であれば精神的に成熟しているので、学業などはやろうと思えば自分一人でも行えるのだが、この日本という国は『義務教育』という制度が存在し、強制的に小学校と中学校で教育を受けなければならない。
アルステラでも初等部から高等部まである王立学園は存在したのだが、学費が発生するため、生活に余裕のない平民は通うことが出来なかった。
こちらの世界で小学校に入学するときに義務教育の存在を知り、なんてすばらしい制度なのだろうと感じたが、学年が上がっていくにつれ、学校という場所は学ぶことよりも、社会の在り方をわからせようとする仕組みなのではないかと感じた。
子供たちは友達を増やし、コミュニティを作り出す。
学校側は何かと集団行動を強制し、団結心を強めようとする。
魔物も存在せず戦争も身近でないのに、運動能力によって優劣が決まり、容姿の悪いものやコミュニティに馴染めないものを、迫害する。
迫害されないために、自分より優れている者に同調することを重要視してしまう。
貴族という存在はいないはずなのに、クラス内や学校内で小規模な貴族と平民の構図が出来上がってしまうのだ。
ファンネルとして生きていた時は、貴族社会に疑問を抱いたこともあったが、貴族や平民という存在が無くても人間はそういうふうになってしまうのだなぁと学ばされたものである。
「よーし、全員出席だな。んじゃ、体育館に向かうから名前の順で廊下に並べー。このクラスは1組だから一番に行かないといけないんだ。私語は体育館入ってからは禁止だからなー」
最後の生徒が返事をした後、毛髪の残念な担任はそう指示を出す。
おそらく彼のあだ名は『カッパ』か『ザビエル』で決まりだろう。
この年代の子供たちはあだ名をつけるのが好きなのは、向こうの世界もだった。それこそ全世界共通なのである。
(そういえば王立学園時代にも——)
「『日の出ヘッド』とか言われてる先生いたよなあ」
「ぶふぉッッ!!」
二列に並んだ生徒を率いて、体育館に向かって歩く担任を眺めていた悠一が呟いた一言に、隣にいた男子生徒が噴き出す。
そちらに目をやると、短髪で、体つきがよく、スポーツマンといった見た目の生徒が口元を抑えて肩を震わせている。
「あー、悪い。口に出てた。聞き流してくれると助かる」
「あ、いや……ボーっとしてるなと思ってたらいきなりブッコんで来るから、不意打ち過ぎて吹いちまった。俺、
「ああ、よろしく。俺は東悠一。呼び方は悠一でいい」
「しかし、いきなり『日の出』ってあだ名付けるとか……」
「いやいや、違うって!昔母校で……ゴホンッ!親戚にそう呼ばれてる人がいるんだ」
悠一は慌てて訂正する。入学式が始まる前から一人で教師にあだ名をつけてる奴は変人に見られてもおかしくない。
すると智也は、ふうんと一拍置いてから、ニカッと笑って口を開く。
「まあとりあえず、面白い奴だな!!悠一とは仲良くなれそうな気がしてるよ。……なんとなくだけど!!」
爽やかで少年らしい純粋な笑み。
先ほどの例えを用いると、間違いなく智也は『貴族』側の人間だろう。
ちなみに悠一は能力としては貴族側だと自覚しているが、進んでコミュニティに属さない。例えるなら『辺境伯』……はちょっと地位が高すぎる気がする。
そんなくだらないことを考えつつ、今の感情を素直に言葉するために、悠一は口を開く。
「そうだな、俺もそんな気がしてるよ。なんとなく」
目の前に迫った体育館の中からは、自分達の入場を彩る音楽が聞こえてくる。
「新入生、入場」
扉の向こうから聞こえた司会進行の声に、悠一と智也は顔を見合わせ、コクリと頷く。
何故だか負ける気がしなかった。何でもできる気がした。不安はあったのだろうが、仲間がいた。初めて仲間と魔物に立ち向かった時と、どこか似ているような感覚を感じながら、悠一は智也と共に歩みを進める。
新入生として一番最初に体育館に足を踏み入れた二人に、大きな拍手が降り注ぐ。
きっといい中学生活になるだろう。
悠一はそう思っていた。なんとなく。
導師ファンネルの転生 桐生凛子 @rinko_kiryu
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