下半身の拘束具の名は
「んむぅ……」
目を開けると、薄暗い空間の中で見知らぬ天井が広がっていた。
ぼんやりとした意識の中で、ファンネルは自分が先ほど異世界転移の魔法を使用したことを思い出した。
(ハッ!?そういえば異世界!異世界には行けたのか!?)
急激に魔力を失った感覚や、体を襲った激痛などを思い出しながら、身体を起こそうとするファンネル。しかし、身体に力がうまく伝わらず立ち上がることが出来ない。下半身に不快な感覚があり、拘束具を装着されているようだ。
ここはどこだ……?とあたりを見渡そうとするが、うまく首が回らない。
魔法を行使しようとして見るが、それも出来なかった。
仕方なく視線のみで周囲を確認するが、どうやら自分は仰向けに寝かされている状態らしい。
そこでファンネルは、横になっている自分の周りには見渡す限りの柵が立てられていることに気が付き、思案を巡らせる。
(これは、まさか……いや、間違いないな……)
どうやらここは牢獄で、自分は囚われの身となってしまったようだ。
天井が吹き抜けの牢獄とは聞いたこともないが、魔法も使えず、身体に上手く力が入らないこととから、周りにそびえ立つこの柵は相当に強力な拘束の魔道具なのだろうと推測できる。
しかし、こんな魔道具をファンネルは見たことも聞いたこともない。
魔王討伐の際に世界を旅し、史上最高の魔法使いと呼ばれたこの自分ですら知らない魔道具が存在するのならば、ここは異世界の可能性もあるのではないか。
そんなことを考えてしまうと、囚われの身である状態でも少しワクワクしてしまうのは冒険心の強さゆえだろうか。
(ここははたして異世界なのだろうか……しかしまずはここを抜け出さねば……ん?)
脱出の方法を考えるファンネルだったが、魔法も身体も使えない状況では案を出すことは難しかったが、思考にふける彼の耳に話し声のようなものが飛び込んできた。
「アーシゴトガンバッタアトノフロハサイコウダナ!!サアテビールビール!!」
「アナタ、ユーイチガオキチャウカラシズカニシテ」
「ア、ソウダッタソウダッタ。スマン」
楽しそうな雰囲気の男の声と、耳に優しい女性の声。
言葉の意味は全く分からないが、おそらく男性と女性が会話しているらしいことはわかった。
声が聞こえてきた方向は少し灯りが洩れていて、おそらくは扉がありその先に声の主がいるのだろう。
ファンネルは、それだけわかると十分だと、大声を上げる準備をする。
推測するに、自分は身元不明だから捕らえられたのであろう。
先ほどの言語は聞いたことが無かったが、きちんと接し、害はないのだとアピールすることが出来れば拘束も解けるかもしれない。
最悪、言葉が通じないことで殺されてしまうこともあるかもしれないが、このまま身動きが取れないままになるよりマシである。
ならばやることは一つ。自分が目を覚ましたことを声の主に知らせるしかない。
口を開き、息を吸い込み、大声で話しかける。
「
ファンネルの口から飛び出た声は、言葉にならない叫びとなって空間に響きわたる。
しかし、目的は達成した。
何かが近づいてくる気配と共に扉が開き、牢獄の吹き抜けとなったその上から、人間の男の巨大な顔が姿を現す。
「
「あー起こしちまったか……ごめんなーユウイチぃ」
吹き抜けとなった所から手を伸ばしてくる巨人。
ここでファンネルはここが異世界だと確信する。
世界中で有名な『七英雄』を捕縛するという所業。自分でも抵抗できない強力な魔道具。通じない言語、さらに、魔人の中に巨大な人型は存在するが、ここまで人間族に近い見かけの者は存在しないからである。
『
異世界にたどり着いたのだという確信を得たことによりファンネルは、思わず歓喜の声を上げるが、そこで巨人が自分を持ち上げようとしていることに気が付き、抵抗を試みる。
「
「おーう、そんな泣くなよ。うるさかったよなぁ、ごめんなぁ、よしよし」
「
拒否しようとするもファンネルの口から出るのは言葉にならない叫び。
しかし、巨人はただ持ち上げるというより、ファンネルを抱き上げ、心配ないよというように、優しく抱きかかえながらゆりかごのように揺れている。
(一体何だというんだ……?)
ゆらゆらと、自分を大事なもののように扱う巨人。
しばらく巨人に揺らされるがままにしていたファンネルだが、揺らされる自分の正面にとあるものを見つけた。
赤子を抱えながらあやしている男性の姿である。その赤子は自分と目が合いながら真顔で揺らされている。
まるでその姿は巨人に揺らされている今の自分のような構図で————
(ま……まさか!!)
ファンネルは力を振り絞って自由な右腕を上げる。
すると、向こうの赤子も鏡写しのように右腕を上げる。
その動作を三回ほど繰り返すが、向こうの赤子は全て同じタイミングで腕を上げる。
ファンネルも『導師』とまで呼ばれた身。
認めたくはないが、馬鹿ではないので理解する。
あれは鏡で、移っている男性はこの巨人であると。
否、この男は巨人ではなく自分が圧倒的に小さい存在なのだと。
そう、自分が赤ん坊になってしまっていることを————
————ファンネルは理解してしまうのであった。
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