導師ファンネルの転生
桐生凛子
ことの始まり
導師ファンネル
アルステラ王国歴3000年。
長きにわたり人々を苦しめた存在である魔人の王『魔王ガルニア』を打ち倒してから五年、世界には平和が訪れていた。
『勇者』ソーマが率い、魔王を討ち滅ぼした七人のパーティーは『七英雄』と呼ばれ、世界中から賞賛を集めて絶大な人気を誇っていた。
そんな七英雄の中の一人に、歴代最高の魔法使いであり『導師』の異名で呼ばれるファンネル=フォン=グレイヤードという男がいた。
彼は魔王を討ち取った後、平和な世界を満喫していた。
貴族の長男である彼だが、魔王討伐に向かう際に相続権は放棄していたし、魔王討伐やそれまでの道中で稼いだ賃金はおおよそ死ぬまでに使い切れるものでもなく、金が潤沢にあるのだから働くつもりもない。
そこで彼は、王都からは少し離れた郊外に大きな屋敷を建て、趣味に没頭することにした。
その趣味は読書・料理・運動など多岐にわたり、今最もハマっていることは新魔法の開発であった。
「よし……これでいいか……?」
大きな屋敷の一室でそう呟く彼は、大きな魔方陣を床に書いている。
彼は大抵の魔法ならば無詠唱で使えてしまうが、新しい魔法を開発する際には詳しい構造を書き換えつつ行うため、陣を書く。
七英雄として冒険をしていた時代にも、いくつか新しい魔法を作った彼だが、攻撃魔法や、生活に役立つためのものが多かった。
彼曰く、それは趣味ではなく必要に迫られた結果だというのである。
最近の彼が行っているのは、くだらない目的のために魔法を楽しく作ることである。
例えば、読書の際に寝そべりながらでも簡単に本が読めるように、本を空中で浮かせて1ページずつキチンと捲っていく『怠惰読書』魔法。
七英雄のいじられ役『隠者』にドッキリを仕掛けるために、甘い匂いをしているのに、口の中に入れた瞬間急激に味が辛くなる飲み物を作るための『味変化』魔法。
色本の内容をよりリアルに再現したいがために寝る前に読んだ本を疑似体験できる『夢体験』の魔法など、技術は難しいのにくだらない目的のために作ったものばかりである。
怠惰読書の魔法はそもそも本を浮かせる『浮遊魔法』をそこまで精密にコントロールできるものがほとんどいないため普及はせず、味変化に至っては状態異常に耐性の高い『隠者』ですら30分も泣き喚いたほどなので一般人は多分24時間は泣き続ける。
そして夢体験の魔法は……朝目覚めた時のベットの状態を見て使用も普及も辞めた。自分の寝具を使用人に任せず洗ったのは、この五年であの一度きりである。
そんなくだらない魔法ばかりを作っていた彼だが、今現在魔法陣を書いてるときの顔は少しばかり真剣である。
「異世界……行けるだろうか……?」
ぽつりと彼が漏らした『異世界』という単語。
最近王都ではやっている異世界モノの小説を読んだことがきっかけだ。魔法の存在しない世界の物語や、獣人族やエルフ族などの亜人種がいない世界や逆に亜人種だけの世界の物語。貴族制度や奴隷制度のない、こことは違う『異世界』の物語。
そこで冒険をしたり、恋をしたりする物語を読んで、彼は実際に異世界に行ってみたくなったのである。
異世界というものがそもそも存在するのかということがそもそもの問題点にもなるのだが、彼は魔王討伐の際に強力な魔獣に殺されかかったことがあり、その時に黄泉の世界の入り口で、この世界の創生神に会ったことがある。
その時神は「あれは他の世界の動物がこちらの世界で異常進化してしまった種でのぉ……」と言っていた。
つまり、異世界はあるのだ。
「できた……!できたぞ!これで行けるはずだ!異世界に!」
出来上がった魔方陣を前にファンネルは思わず叫んでいた。
彼は旅が好きだった。魔王討伐が目的で、時に苦しく、時に死にかけながらも、時に笑い合う。自分を含め、今となっては英雄と呼ばれている七人で、旅をしながら生活を送っていた思い出は、楽しい記憶としても残っている。
しかし魔王討伐を果たしてからはそれぞれの生活に戻り、気軽に旅をすることもない。少し物足りない何かを感じていた。
そんな中、違う世界に行くという目的を持ってしまった彼は決行することに迷いはなかった。
魔法を発動させるための長い詠唱を始める。
「この身に宿る魔力に命じる、この世に揺蕩うマナに願う、……グッ!?」
詠唱を唱えながら急激に吸い取られる自分の魔力に、思わず顔を歪めるファンネルだが、詠唱を辞めることはしない。
今は異世界に行くことが目的であり、おそらく自分はそれが出来るこの世界唯一の魔法使い『導師・ファンネル』なのだ。どれだけ魔力を消費しようと辞めることはしない。
「この身を異なる世界と導き給え!『異世界転送』!!!」
呪文を唱え終えたファンネルに訪れたのは視界の歪みと急激な疲労感。そして全身に走る激痛。ゆっくりと倒れていく自分を自覚しながら、自分の状態を冷静に分析するファンネル。
(これ……急性魔力欠乏の症状か……?)
幼少期から絶大な魔力量を誇り、魔力切れになったことのない彼は、最悪死に至ることもあるその症状を思い出しながら、意識を手放していった。
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