第4話 憎悪

不案内ながら、追っていくと梅田駅の外にでていた。傘をさす人の群れのせいで見通しが悪く、また、路上に血の跡を残していても、この豪雨が流し去ることだろう。


本当にあの男はここを通ったのだろうかというほど、慌ただしくも平穏だった。誰も彼もゲリラ豪雨に苛立つだけなのだろうか。

来た道を戻れば、腰を屈めて血痕を清掃する人たちがちらほらといた。手配の手際がいいらしい。アルコール除菌も欠かせないようだ。


逃げようとする和装の男を引っ捕らえていればよかったという後悔が去来した。自分でも驚いた。その後悔の内実を解体して論理的な説明が立つ前に、自分が何をしたかったのかを映像で思い浮かべたのだ。


マリオネットのような和装の男が逃げようとするから背後かは腹を抱えてとめる。すると男は暴れること必至だ。ナナフシのような細い男だった。まともな筋繊維がないことは容易に想像がつく。組伏せてしまうのも容易かろう。


男はあらぬ方向に顔を向けている。物凄く奇妙であることは間違いない。しかし同時に、驚異的な軟体である。古典的な手品師は間接を外して奇術を行ったという。それにあの光景を見たとき中国雑技芸術団かくやと実在の人々を思い浮かべたのだ。不可思議なことをしでかすに違いない。


化物じみた男を押さえるために彼の太腿に乗るのはどうだろうか。通常の神経なら、そこに大人の男が体重をかければ、悶絶するほどの激痛である。柔軟性とは無関係に痛みつければ逃走しようという気は消滅するだろう。


さっきはどうせ筋力がないという前提に立ったが、あの復帰の仕方は筋力も必要なのではないだろうか。暴力に役立つ筋力かは知らないが、常人のそれと異なるかもしれん。すると、組伏せられるかどうかさえ怪しい。私が返り討ちに合うのではないだろうか。

そうすれば、周辺の野次馬が私を助けるために手助けをしてくれるだろうか。

無理だろう。私は、職場の人間にさえ見放されるのだから。


阪急梅田駅からJR大阪駅に向かうためには、ほとんどのルートが外に出なければならない。豪雨をまともに受けて小走りになる。

乾きかけた服がまた濡れた。そして環状線は阪急電車よりも人が混む。汗が滲む。熱気がこもる。


狭いなかで、さっきの男の写真があげられているかもしれんと、Twitterで梅田と検索したがヒットしなかった。ギガを使いたくないが家まで我慢できなかった。そして、家にこのままでは入れないことも思い出した。葉月に開けてもらわねばならない。気が重くなった。昼間におくった謝罪のメッセージにはまだ返事がない。


和装の男について誰も歯牙にかけていないようで、なにかのコメントがあるかと期待して待ったものの徒労であった。そして気がついた。私は本来的に、あの男に興味を持つ必要がないことに。


それなのに。追いかけてまで私は何が見たかったのかと、自嘲した。どうせ薬物中毒者かなにかだ。マジックマッシュルームを摂取したと自慢する友人の面を思い浮かべた。


――薬物であんな動きができるのか?


当たり前の疑問が沸いたものの、すでに和装の男は雨の梅田の中に和装の男は消えていた。行き交う人々がパニックになっている様子もなかった。男を追ったのも私だけだ。


じゃあ、どうして私だけが追ったのだろうか。皆、それほど帰宅したいのか。


スマホには不必要な梅田の情報が流れていく。1分もまたず更新されるのは、豪雨が嫌だという声や、美味しいカフェや、タピオカ、そして大部分はどこの誰か知らない会話の一部分。

どうして誰も和装の男のことを私に教えてくれないのか。どうして、何も私に答えてくれないのか。暗雲のように重く垂れ込めるのは、憎悪といえるかもしれない。


男の行方を、私は知らない。



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梅田にて 古新野 ま~ち @obakabanashi

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