第3話 エデン3


 私立百合峰学園はH県にある中高一貫の女子校である。

 部活動はそこそこで偏差値も悪くなく、いわゆる中流の子女が通う普通の女子校だ。


 驚くことに真っ白な部屋にいる約16名の少女たちは私を含め皆、その学園に通っている生徒だった。

 見知った顔ばかりだったのはその所為なのだろう。


「そう、カプセルから目覚めたらここに連れてこられたんだ」


 黒髪ポニーテールの委員長がそう告げる。

 委員長こと、桐生きりゅう瑞希みずきは私の所属している高等部2年B組のクラス委員長である。目つきがきついことだけをのぞけば優しくて気が利く良きクラスメイト……そう、私は評価している。


「ええ、わたくしも同じ感じでしたわ。あの妙な防護服の人たちにここまで連れて来られたんですのよ」


 ふわっと優しい花畑のような香りが広がる。

 委員長の話に横やりを入れたのは高等部3年生の柳葉やなぎば瑛子えいこさんだ。


 私も直接話をするのは初めてだったがある大企業の社長令嬢で学園では生徒会長を務めている超有名な人である。


 そんな人も私と同じように連れて来られたなんて、テレビのドッキリって線はもうないのかな。でも、テレビ局にこんなに豪華なセット用意することなんてできないはずだ。カプセルの部屋やこの部屋もそうだし、あの防護服もとても高いはずだ。


「防護服……あれはやっぱり映画とかで見るような化学防護服なのかな」

「自衛隊の00式と非常に酷似。NBC防護服の典型的な形式だと思う」

「ええっと、あなたは?」

「失礼。私は宇佐美うさみ裕子ゆうこ。高等部3年生。そこの生徒会長と隅で縮こまってるあずさと同じクラス」

「宇佐美先輩にあずさ先輩?」

「(コクリ)」


 理知的なメガネをかけた先輩と隅っこでうずくまっている先輩。

 2人とも学園では見かけたことはないけれど生徒会長と同じクラスということは信ぴょう性が高い。


「瑞希先輩、瑞希先輩。晴夏先輩へ情報を交換する前に自己紹介すべきですよ。ここにいる人、全員が知り合いってワケじゃないんですよ」

「ああ、そうだな」


 頼りになる後輩である耀あかるによって自己紹介タイムが始まった。

 半分以上、知らない人ばかりだったので助かる。


 互いに自己紹介をしているとまた何人か、この部屋にやってきた。

 新たに来たのは数分間で7人。私を含めて23人の少女がこの部屋にいることになる。


「にしても驚きだよねー、みんな同じ学校だなんて」


 愛嬌のある声で波江野なえのかなでが呟いた。彼女は私と同じ高等部2年生だ。クラスは違うので名前は知らなかったが何度か学園内でも顔はみたことがある。


「何か因果関係とかあるのかしら……それに結局、私たちは何をすればいいのかしら」

「判断材料が不足しているため、理由は不明。いずれわかること」

「いずれって……」

「ほら、来た」


 ガタンと扉が突如開いた。また、新しい人が来たのかと思ったけど違った。

 入ってきたのは2人の防護服を着た人だった。


『管理番号2020392341030001~202039234103023。これより入所手続きを行います。我々についてきてください』


 ひたすら長い管理番号を言ってるけど、たぶん私たちのことだろう。

 私たちは互いにアイコンタクトを送りあうと立ち上がって防護服の人たちの後へと続いた。


 真っ白な何もない廊下をただただ歩く。

 途中、部屋の中の様子が覗ける場所もあったけど、よくわからない機械の前に作業着を着た人がなにか操作していたりよくわからない光景ばかりだ。


『こちらです』


 やがて、ひとつの部屋にたどり着いた。


 そこは他の部屋とは異なり、金属製の扉で右側についている赤いボタンを押すと簡単に開いた。


 部屋のプレートにはローマ字で『Imprinting Room』と書かれている。


 どういう意味だろう。


「不愉快」


 部屋へ入る前、私と同じようにプレートを見て宇佐美先輩が顔をしかめた。

 どうやら、プレートの意味を理解しているようだ。

 聞いてみたかったけど宇佐美先輩の神妙な表情をみてやめた。たぶん、あまり聞かない方がいい意味なのだろう。


 部屋の中は一言で表すならばプラネタリウムみたいな場所だった。

 天井が丸く、中心へ向かうように多数の椅子が並んでいる。


『座ってください。これより、事前教育を行います』


「事前教育?」


 中心にある機械を操作すると部屋の明かりが一斉に消え映像……いや、立体映像ホログラムが映し出された。


 なんていうか3D映画を見ている気分だ。


 よくわからないけど、日本語でいろいろ説明音声が流れはじめる。


 説明はとても長く、やけに回りくどいけどだいたいのことは理解できた。


 エデン3とはAIによって管理された街のようなものだ。私たちがいるのはエデン3の中心部にある人間管理棟と呼ばれるところでここでエデン3へ住むにふさわしい人を教育するらしい。


 そして、その肝心のエデン3ではAIが仕事やその人の生活スケジュールを決定し、私たちはその通りに行動するだけで良いとのこと。


 なんだかバカバカしい。


 ここでは仕事を選ぶことどころか自分の生活すら選べない。部屋も相部屋で食事はみんな決まった物を食べる。


 そう、ここはSF映画とか小説でいうディストピアな世界だ。


 私だけでなく他の人たちも気づいたようで様々な表情を見せる。

 怖がる人、目つきをとがらせる人、無表情な人、反応は様々だけどみんなエデン3に好意は抱いていない。


 映像が終わると防護服の人たちはさらに奥へ進むように告げる。


「ここに入るつもりなんてないのに……」

「映像を見る限りこんなとこ、いるべきじゃない」

「わたくし、映像を見て寒気がしましたわ」

「やはり不快。合理的だけど人間味が感じられない。折を見て抜けるべき」


 みんなそうは言うが流れるまま奥の部屋へと向かった。

 まぁ、説明だけ聞いて辞めればいいだろう。

 さすがに入りたくもない人を入れることなんてしないだろう。


 私もみんなもそう思っていた。

 しかし、これから起きることは私たちが予想だにしなかったことだった。

 私たちは甘ちゃんだったのだ。


 平和で安全な日本で育ち、こういうことには断る権利があるものだと信じ込んでいた。


 それがダメだったのだ。


「えっ……ちょっと、なに!?」


 奥の部屋へと通されると複数の防護服を着た人たちがおり、私たちをひとりひとり別の部屋へと連れて行った。


 私も右手を掴まれ半強制的に連れていかれる。


 そこは一言にいえば手術室だった。美容院にあるような倒せるタイプの椅子と手元を照らすための大きな照明。


 心拍音を表示するような機械。注射器やら手術用具が置かれたテーブル。


「あの、ちょっと、何を――」


 私は無理やり椅子に座らされると拘束された。

 どうやら、椅子にはベルトが付いており、逃げ出せないようになっているらしい。


「ね、ねぇ……私、エデン3なんて入る気なんてないの。だから、早くここから出してよ!」


 暴れながらそう叫ぶけど、防護服を着た人は何も言わない。淡々と手術用具をいじっている。


 まさか、ロボトミー手術でもするのだろうか。


 昔、ディストピア小説でロボトミー手術をすると人が従順になりやすいとのことを読んだことがある。


もしそうなら最悪だ。なんとしてでもここから抜け出さないとならない。


『これより、インプリンティングを行います』


 そう言って取り出したのはよくあるピストル型の注射器だ。

 謎の液体が詰まった薬剤アンプルを後ろに差し込むと針を私の方へ向ける。


「お、お願い! なんでもするから! なんでもするからそれだけは止めて!」


 暴れた。とにかく暴れた。拘束しているベルトを力づくで外そうと試みる。


 でも、ビクともしない。それもそのはずだ。このベルトは暴れても外れないようにできているのだ。


「止めてよ……お願い、お願いだから……」


 もう無理だ。

 そう思った瞬間、注射器が私の首筋へと向かい。そして、打ち込まれた。


 不思議と痛みはなかった。

 液体が首から私の中へと注入される嫌な感覚。


 麻酔?

 全身麻酔を受けたことはないからこれが麻酔なのかどうかはわからない。


 さきほどまで暴れていた心が落ち着く。

 いや、心ではなく身体だ。身体が私の言うことを利かない。


 目は開いてまばたきはしているし、音も匂いも感覚は残っているというのに制御できない。声を出すこともできなければ目を動かすこともできない。


 まるで私の身体ではないみたいだ。


 注射器が離れ、今度は変な形状の器具を持ってきた。

 見たこともない器具だ。金属棒を折り曲げて作った器具で用途はわからない。

 けれども、その用途はすぐに判明した。


 いつの間にか椅子は倒され、仰向けになった私の右目部分を覆うようにその器具を固定した。


 まばたきができない。


 どうやら、目を強制的に開く器具のようだ。

 これから何をするのだろうという不安だけが募る。


 カチャ。


 防護服の人がよくわからない機械を組み合わせる。

 嫌な音。これから私に何かするための音だ。


 防護服の人は組み合わせた機械を私の右目部分へと向けた。


 え。


 よくわからない。


 この人が何をしようとしているのか理解できない。

 いや、本当は理解できている。

 この人がこれから私の右目に対して何をしようとしているのか私はわかっていた。


 けれども、心がそれを認知することを拒んでいた。


 だって……そんなヒドいコトされるワケがない。

 そんな感じにいまだに私の心は逃げ道を探していた。

 逃げ道なんてもう無いのに見つかるはずなんてないのに必死で探した。


 そうこうしているうちに目の前の機械は少しづつ私の右目に近づくと――


 ブチャ。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 声は出なかった……いや、出せなかった。

 痛みはない。

 ただすっぽりと私の右側が暗闇に染まっただけだ。

 ただそれだけ……。

 そう、ただそれだけなのだ。


 ガチャ、クチャと私の真っ暗になった右側で機械が不気味な音を出す。

 意識と私の残った左側はクリアだ。

 時折、宙へ飛ぶ赤い液体を視認できるほどにクリアで冷静だ。


 私はこれからどうなるのだろう。

 真っ暗な右側で動く機械音を聞きながら私は真っ白な天井のシミを数えることにした。

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