第2話 ディストピアの始まり
『管理番号202039234103013、BQ値、RAD値、正常域、異常なし』
ピッ……ピッ……と定期的に鳴る機械音と事務的で冷たい声がこの世界で聞いた初めての音だった。
「あ、れ……ここは?」
こもったような声。
目を開くと薄いガラス越しにぼんやりと真っ白な天井が見えた。
天井と同じく真っ白な蛍光灯以外には何もなく無機質で淡泊な天井だ。
「……病院?」
真っ先に思いついたのはここは病院ではないかということだった。
酸素マスクみたいなものが口元を覆い、右腕には点滴らしいチューブがつながっていた。病院以外にこんなことをする場所を私は知らない。
けれどもその考えはすぐに消えた。
前面は薄いガラスで覆われているが周囲には金属の壁がある。
どうやら、カプセル状になっているようだ。
少なくとも私の知っている病院にはこんな近未来的な設備が入ってることなんて聞いたことがない。
もしかして、どこかの研究所みたいな場所なのかもしれない。
『管理番号202039234103013、覚醒を確認しました』
最初に聞こえた事務的な声。それがもう一度聞こえた。
よくわからない数字とか何か言っている。
そんなことを思っているとガラスの向こうに人らしき姿が見えた。
顔をガスマスクで覆い、顔は見えない。
彼……あるいは彼女が手元で何か操作するとプシューというありきたりな音と共に私の入っていたカプセルが開く。
「ん」
まぶしい光が目に入ったので顔をしかめる。
その場所は思った以上に明るい。
何か言われる前に身体を起こすと周囲の状況が目に入った。
「えっ……」
そこはとても広い部屋だった。
いや、部屋といっていいものだろうか。
真っ白で広い部屋に私が入っているものと同じカプセルベットが四方八方にいくつも並んでいる。
部屋の果ては見えず、壁がないのだろうかと思えるほどに広い。
そのクセ天井は普通だ。だいたい3~4mほどの高さで眩い光を放つ蛍光灯がこれもまたいくつも並んでいる。
ガスマスクを被った人たちもまたたくさんいた。彼らはみな化学防護服みたいな服を着て薄いガラスの板を手に持っていた。
まるでSF映画のような光景に私はただ息を呑むばかりだった。
『管理番号202039234103013、身体機能に異常なし。正常な覚醒と判断します』
私のカプセルを開けた人がそう呟いた。無線かなにかで誰かに報告しているのだろうか。声は中性的で男性とも女性ともわからない。
「えと……ここはどこですか?」
『管理番号202039234103013、
「エデン3?」
聞きなれない単語に私はオウムのように聞き返す。管理番号というのはおそらく私に付けられた番号のことだろう。私には加賀見晴夏という名前があるのに番号で呼ばれるなんて少し不愉快だけど、私にとって”エデン3”という単語の方が大きな疑問だった。
『エデン3は人類統合生活施設の管理名称でございます』
「???」
余計ワケがわからなくなった。
人類統合生活施設?
管理名称?
あらゆる情報がいっきに入り込んできて理解が追い付かない。
「え……と、ここは日本?」
『否、違います』
「じゃあ、外国ってこと?」
『否、違います。管理番号202039234103013、ここはあなたの言う外国とは異なるところです』
「なら、ここはどこなの?」
『エデン3です』
「……」
もう、話になんない。
エデン3がどこにあるのか聞きたいのに回答がエデン3なんて意味不明だ。
それに日本でも海外でもないなんて……本当にここは一体どこなの。もしかして、本当にSFの世界?
『管理番号202039234103013、あなたには初等教育を受ける義務がございます』
「初等教育? バカにしてるの?」
『否、初等教育とはエデン3で適切な生活を送るための教育となります。全ての
でも、言っている意味はなんとなくだけど理解できる。
ここはエデン3という場所で人が生活している。
私は
つまりはそういうことなんだろう。
こんなに適応能力があるなんて……私って案外、賢いのかな。
そう、考えこんでいると『着いてきてください』とガスマスクの人が歩き始めた。
裸足でもいいのかなって思いながら床に足をつけると案外暖かい。
もっと冷たい床だと思ってただけに少しだけ驚きだ。
立ち上がると私が着ている服が結構薄くてペラペラしていることに気が付いた。
淡い青色のいかにも入院着みたいな色で前と後ろが紐でつながっているだけのほぼ無防備な服だ。
胸と腰あたりには布が直接肌にまとわりつくような嫌な感触もあって、なんだかすごく恥ずかしい。
ガスマスクの人が先々歩くので小走りに追いかける。
とりあえず、聞き出せる情報はなんでも聞き出さねば。
「あの、あなたの名前はなんですか」
『私はエデン3・人類管理部衛生班所属の管理番号201439240132061です』
「え、と……番号だと覚えづらくありませんか」
『否、我々には他者の管理番号を覚える必要はございません』
「覚える必要がない?」
『是、仕事上、必要があれば
「???」
それきり、私とガスマスクの人(番号覚えられない……)との会話は途切れた。
よくわからないけど、この人たちは他人とかかわらないのだろう。SF映画やSF小説みたいだ。
しばらく歩くと終わりがないかのように思えたこの部屋の出口が見えた。
ガラス張りの自動扉で表札には”エデン3・人類管理衛生室”と書かれていた。
扉の向こうにも白い無機質な廊下が広がっていた。
やっぱり、SFだ。
もしかして、本当に私はタイムスリップとかして未来に来てしまったのではないか。そんな不安が胸をよぎった。
薄い布の感触。床に付けた足から伝わる仄かに暖かい感覚。
どれもこれもが現実じみてていてこれは夢なんかではないと感じた。
でも、心の奥底ではこれは現実ではなくリアルっぽい夢ではないのかと思ってしまう自分もいた。
なんだか、もうよくわからない。
そうこうしているうちにガスマスクの人が止まった。
『こちらで別命があるまで待機してください』
目的地に着いたらしい。ガラスの板を廊下の壁に寄せるとピッという音と共に扉が開いた。
すごい未来チックだ。
何もないと思っていた壁からいきなり扉が現れてそれが開いたのだ。こんなのナマケモノでも驚いてしまうだろう。
多分、あのガラスの板はタブレット端末みたいなものなのだろう。
促されるまま扉をくぐるとまたもや真っ白な部屋だった。
そして、そこには私とまったく同じ服を着た十数名の少女たちがいた。
「また、誰か来たようだ」
「そうみたいね、あなた……知ってる子?」
「ああ、また私のクラスメイトだ」
全員を軽く見まわしていると何人か知っている顔があった。
「えっ……もしかして委員長? それに美奈、和美?」
「晴夏先輩、私を忘れていませんかー」
「それに耀? どうしてみんなここに?」
「どうしてと言われてもみんなおそらく君と同じで気づいたらここにいたんだ」
気づいたらここにいた。
それはつまり、何も知らないということだ。
「あ、あのっ……これは――」
ガスマスクの人に尋ねようとしたけど、もうすでにいない。
私が入った扉はなくなっており、真っ白な壁だけがそこにあった。
「無駄だよ、加賀見。私たちも何度か彼らと話してみたが全員、明確な回答はされなかった」
「それって……」
どういうこと……と言おうとして止める。
ここはそういう場所なのだろう。
私たちがわからないだけで彼らにとってはあの回答が正解なのだろう。
私は不安げに部屋の中を見回した。
人数は私を含めてざっと16名。そのうち、私の知っている人は同じクラスの委員長と美奈、和美そして、後輩の耀。
他にも名前は知らないけど顔を見たことがある人も何人かいる。
その知っている限りの人全員が私の通っている百合峰学園の生徒だ。
「加賀見。立ってないで座ったらどうだ。互いに知っている情報を話合う必要もあるしな」
「そうですよ先輩。ほら、遠慮せずささ」
よく見ると白い背景へと溶け込むようにソファやクッションが置かれていた。
私は空いている場所へと座った。モフッとした柔らかい感触が広がる。これは人をダメにするソファだ。
不安や驚くことはいっぱいあるけれど、見知った顔があるだけで少し安心する。
これからどうなるかなんてわからないけど、とりあえず私たちの見解をまとめておく必要があるだろう。
「さて、とりあえず知っている情報を話そうか」
こうして情報交換会が始まった。
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