ガールズ・アンド・ディストピア

中谷キョウ

第1話 ディストピアの少女たち


 昔からあんまり勉強のできるようなタイプじゃなかった。

 運動もできないわけではないけれども運動部に所属する人たちのようにできるわけでもなかった。


 特技と呼べる特技もなく。


 おしゃれもクラスにいる派手な子たちと比べると普通で悪くいうなら地味。


 目立つことが嫌いな私が委員会とか学生会とか学校内での役職に就くわけでもなく。


 毎日、だらだらと学校に来るだけのごくごく普通の学生だった。


 そんな普通な私でもなりたい夢はあったし、目標と呼べるようなものもあった。


 夢のために自分なりの努力をして、自分なりに答えを探して……そして、ようやく私は自分の夢に向かって突き進んでいるんだと自覚した。


 ありきたりといえばありきたりだった高校生活も半分が終わり、これから夢に向かってもっと邁進まいしんするのだと思っていた。


 けれども現実は無情でいて、悲しい。


 私の夢はたった1か月前に崩れ去ったのだ。


***


晴夏はるか先輩っ! よそ見しちゃダメですよ!」


「!」


 廃墟。


 後輩である耀あかるの声によって私の意識は現実へと引き戻された。

 手に持った合成樹脂と鉄ライフルの重さがここが夢ではなく私の現実リアルであることを認知させる。


「ごめん、少し呆けてた」


 慌てて私は近くの物陰へと身を隠した。


 ここは私が普段通っている学校ではない。

 いや、学校どころか私の住んでいる街でもなければ日本でもない。

 私たちの知る世界とは異なる私たちの知らない世界。


 ここでは私たちが通っていた学校なんてものはなく。

 薄汚れた廃墟と人の手が入っていない豊かな緑……そして、私たちの敵がいた。


 まだ握りなれないグリップを無理やり握りしめて照準を小さく絞る。

 人間工学に基づいた素晴らしいデザイン……と呼ばれている私のライフルは銃であるという感覚がしない。


 パーツのほとんどが合成樹脂で出来ていて思ったよりかは軽く、形もなんだかカジキマグロのようで少しコミカルだ。けれども、撃鉄を起こし、引き金を引けばこれはまさしく銃であるということを理解できるだろう。


 私も初めて引き金を引いた時がそうだった。

 けたたましい銃声と伝わる反動はとても現実的でやっぱりこれは私の知っている銃なんだなってことがわかった。


 射線の先、照準から見える景色には動く物陰がいた。

 等間隔で草むらをかき分け動くそれはいわゆるロボットというやつだ。

 ずんぐりとした身体で足がふたつ。両腕らしきところには機関銃や剣が備え付けられている。


 このロボットは”漂流者ドリフター”や施設エデン3からの”脱走者ラビッツ”を探し出し、捕まえるあるいは始末することを目的としており、私たちは機械兵メカティクルと呼んでいる。


「っ」


 ピカピカと紅い瞳が点滅するのを見て耀が唾を飲み込んだ。


 やつら、機械兵メカティクルは赤く発光するセンサーで視界を得ているそうで、点滅しているときは周囲を索敵している合図だ。


 見つかれば即座に銃口が向き、弾が発射されるであろう。


「耀……行くよ」

「えっ……晴夏先輩!? ちょ、まっ!」


 先手必勝。


 1か月もこの世界にいて、もう2週間も機械兵メカティクルを相手にしているのだ。


 いい加減、耀も機械兵メカティクルとの戦い方を覚えるべきだ。


 物陰から飛び出して引き金を軽く絞る。

 するとこんなオモチャみたいな形状からは想像できないような火薬の音が弾けた。


 イヤーマフをしていてもこの音だけははっきりくっきりと聞こえた。

 銃声。


 私たちの世界であれば人が人を殺すときに響く音。

 この世界では機械兵メカティクルがわたしたちを、わたしたちが機械兵メカティクルを殺す、壊すときに鳴る音だ。


 ガンッガンッ

 と金属同士が弾ける。私の放った弾が予想通り命中する。


 被弾箇所は右脚と右の機関銃でどちらも機械兵メカティクルにとって致命傷ではない。


 走りながら続けて引き金を引くが当たらない。

 銃というのは思った以上に難しいものだ。


 という風に油断していると機械兵メカティクルの紅い瞳が私を補足する。

 右腕に装着された機関銃が私へと向き火を噴いた。


「は、晴夏先輩っ!」

「大丈夫、この程度当たらないよ」


 機械兵メカティクル……それも、目の前にいる突撃種アサルトシードの機関銃は発射数は多いが狙いがザルで当たらない。銃を持って2週間の私よりも下手なくらいだから相当ヘボなロボットといえるだろう。


 しかし、下手な鉄砲撃ちでも数撃ちゃ当たるとも言うので周囲の壁やら岩やらを楯にして機械兵メカティクルの射線から逃れる。


「晴夏先輩! もう、無茶しないでくださいよ!」


 そうこうしているうちに耀も標的へ向けて攻撃を始める。耀の小さな手には似つかわしくない大きめの銃は私の持つカジキマグロとは異なり、誰が見ても銃と呼べるくらいオーソドックスな形状をしている。


 威力も発射数も私の持つライフルよりも上だが、金属部品が多くて重い。よくあんな銃を使う気になるなと思ったほどだ。


「てぇりゃああああ!」


 軽快な射撃音が複数回鳴り響くと機械兵メカティクルの左腕部が弾け飛ぶ。

 左腕部には近接専用のナイフが装備されている。これでもう機械兵メカティクルも近接戦闘はできないだろう。


「や、やりました!」

「耀っ! そこから逃げて!」

「へ?」


 私の声に呆ける耀。機械兵メカティカルはまだ倒れたわけではない。


 それに残った右腕には機関銃があるのだ。何度も戦っているというのにまだ覚えていないみたいである。


 想像通り機械兵メカティクルの銃口は耀へと向き火を噴いた。


「きゃあっ」


 ヘボな弾幕が耀を襲う。

 先ほど私へと向かった時と同じように機械兵メカティカルの機関銃の命中精度は非常に悪い。


 私なら避けることは容易いけど、耀は身を隠さずに棒立ち。あれでは当ててくれと言ったようなものである。


「耀!」


 やはり……というか必然だったのだろう。

 機械兵メカティカルから放たれた銃弾の数発かは耀に直撃した。

 お腹にいくつか、胸や肩、腕にひとつづつ赤い花が咲き乱れる。


「ほら、言わんこっちゃない」


 無防備な肩と腕はともかくボディアーマーを身に着けているお腹や胸はおそらく無事だろう。


 それに耀がこの程度で死ぬことなどは絶対にありえない。

 そんな確信があるから安心して耀から目を離す。


 そう、機械兵メカティカルの紅い瞳が耀へと向いている今こそがチャンスなのだ。


 身をかがめて機械兵メカティカルへと向かう。


 足は決して速い方じゃないけど、ちょこまかと動き回るのは得意な方だ。


「っ」


 見つかった。

 紅い瞳がギュインと私の方を見定めるとゆっくりと機関銃がこちらへ向く。


 機械兵メカティカルまでの距離はおよそ数メートル。機関銃の銃口はこちらを捉えまさに今、弾が放たれようとしている。


 いくらヘタッピでもこの距離だと間違いなく当たる。

 数秒間で何十発も放つことのできる機械兵メカティカルの機関銃であれば間違いなく外さないし、私はハチの巣になってしまうだろう。


 しかし、それは向こう側にとっても同じことだ。


 先に動いた私は引き金を引くのも先だ。


 ガンッガンッガンッ


 放った3連射は不幸にも装甲の一番硬い部分に直撃し、弾かれた。

 もう少し銃の訓練をすべきだった。


 後悔してももう遅い。

 機械兵メカティカルの紅い瞳がしめしめと私に狙いを定める。


 この距離から撃たれればハチの巣。そんなわかり切っていることが一瞬、脳内によぎった。


 戦い続けた2週間で死を覚悟した瞬間はこれが初めてなのだ。

 少し危険な場面は何度かあったけど、もう死ぬしかないっていう瞬間ってのは本当に初めてだ。


 走馬灯を見ているかのようにゆっくりと世界が動く。

 まだ夢を見ている気がした。


 むせるような自然と硝煙の香り。手に持った小銃ライフルの重さ。

 ここは異世界なんだ。

 私、加賀見かがみ晴夏はるかは異世界で死んでしまうのだ。


 何のヘンテツもない17年間だった。

 なりたい夢を叶えることもなく、最期は生まれた世界とは異なる場所。


 もう、笑うしかない。



 ゆっくりと動く世界の中、私は走馬灯のようにここに来た時の夢を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る