あらゆる興味のないあなたの最後の興味

ちびまるフォイ

簡単にできる退屈死未遂診断

以下の質問に何個当てはまるか数えてください。


●最近、何をするにもやる気がでない


●流行りの音楽がわからないし興味がない


●朝起きるのが特におっくうである


●議論や争いに興味がない


●食事が楽しみでない。味に興味がない


●テレビを見ていても内容が入ってこない


●この小説のオチが気にならない。



1つでも当てはまるものがあると、あなたは「退屈死」の危険があります。



その日、ひとりの女が病院に搬送された。


「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」


医者の必死の治療のすえに一命をとりとめたが奇跡に近かった。


「あれ……私家でぼーっとしていたような……」


「ここは病院です。あなたは一度退屈死しかけたんですよ。

 あなたを見ていたストーカーが通報してくれなかったらどうなっていたか」


「退屈死?」


「人間は動物で唯一"遊び"を考えようとする動物です。

 なのに、その遊びの気持ちがなくなっていくと、次第に命が失われて死ぬんです。

 これが退屈死。あなたがなった状態です」


「そうだったんですね。たしかに生き返った今でも、

 別に生き返ってよかったとは思わないですから」


「あなたが死んだら悲しむ人がいるでしょう。

 あなたはひとりの命で生きているわけではないんです。

 どうか人生の楽しみを見つけて生きてみてください」


「え、めんど……」

「そういうとこですよ」


女は退屈死を克服するため、自分を変えることを決意した。

思えばここ最近はなにか理由をつけては外出を避けていた。


外的な刺激を与えて自分の好奇心を刺激すれば、

なにか自分の人生に新しい楽しみが見つかるかもしれないと思った。


「それでは、みなさんでダンスレッスンを始めましょう」

「今度はヨガ教室です。なれると楽しいですよ」

「この季節はアクティブにテニス! これしかないでしょう」


「……なんか、全然楽しくない」


結果は散々なものだった。


これまでに見つからなかった自分の興味の可能性を引き出そうと

進研ゼミをはじめさまざまなことにチャレンジしたが、

そもそも興味のないものに興味を持つことは水たまりに釣り糸を垂らすようなもの。


興味の魚が食いつことなどない。


「やっぱりまずは自分の興味のあることからのほうがいいかな……」


このままでは再び退屈死してしまうので、

今はさして興味ないがかつて熱中した趣味を再開することにした。




「……なんか、飽きたな……」


こちらもおおかたの予想通りの結果となった。


かつて熱中していたライブやフェスに行っても疎外感を感じる。

自分を頭の上から見ているもうひとりの自分がいるようで心が冷めていた。

体と心が完全に分離し、体で感じた感動や興奮が心に届かない。


一度、退屈仮死状態になったことで幽体離脱でも起きたのではと女は考えていた。


「はぁ……退屈……でもなにもやる気がしない……。

 なんかもうなにもかもめんどくさい……生きるのもめんどくさい……」


女は床にでろんと横になると最低限の呼吸をするだけの石になってしまった。


医者に言われて退屈死して悲しむ人間がいるからと言われ、

人に迷惑かけたくないと退屈死から逃れようと思ったがそれも無駄に感じる。


それどころか下手に人間関係のつながりができてしまえば、

その「悲しむ人」が増えてしまいかえって迷惑になってしまうのではないか。


など、女の思考は「誰にも迷惑かけないで退屈死する」の方向へと歪んでいった。


「退屈……たいく、つ……たいくつ……」


女はうわ言のようにそれだけを繰り返している。

その様子を天井裏で見ていたストーカーはただただ心配した。


このままでは自分の恋心はおろか存在すら意識されないまま退屈死してしまう。

自分にできることはないかと考えたストーカーはテレビ局に電話した。


「もしもし? 実はどうしても作って欲しいドキュメンタリー番組があるんです!」


 ・

 ・

 ・


それから数日後、女は退屈死の面影を微塵も感じさせないほど変わっていた。


「その後どうですか? ……って聞くまでもないですね」


「ええ、最近は人生にハリが出てきました。

 なにか一つでも自分の楽しいことが見つかると人生は全部楽しくなるんですね!」


「それはよかった。それで、何が楽しみなんですか?

 彼氏ができたとか? かわいいペットを飼ったとか?」


「いいえ。TV番組です」

「テレビ? 前に飽きたと言っていませんでしたか?」


「最近、ものすごく面白い番組があるんですよ。知らないんですか?」


女は好きな人とのことを話すように楽しそうな顔で話した。



「退屈死しかけている女の様子を届けるリアルドキュメンタリー番組で、

 顔は見えないんですけど、その女がいつ退屈死するのか毎週楽しみなんです!」


医者は顔をそむけて答えた。


「……まぁ、まだ続くんじゃないですかね……」

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