ゆるりと
影宮
楽しみたい
甘えるような猫撫で声、相手を知り尽くしたかのような言葉選び。
空気の手綱を片手に握り、客の首に爪を添えて舌舐めずり。
それを誰にも気付かせないで、確実に獲物を仕留める。
忍び寄るそれは、猫か蛇そのものだった。
「始めまして、だねぇ?」
色仕掛けに足を晒して、先程の可愛い声ではない大人な落ち着いた…誘うような声。
妖しげで、魅力的で……おっと、呑まれそうだ。
「今日は楽しみに来たわけじゃない。」
「勿体無いこと言わないの。」
そう手を重ねて身を寄せる。
正直、先程は好みじゃないとか思ってたのに、自由自在なのか俺の好みを演じてくる。
耳元に口を寄せて、心臓が高鳴った時。
「合言葉は?」
表情だけは一切変えず、声が冷たくなった。
外見だけそう見せてよくわかっている、と言いたげに。
「『あやんなせ』。」
呟けばスっと離れて洒落た煙管を手に持った。
「お客様、今夜は何をお望みで?」
声を控えて、それでも面白がるように問うてくる。
その目は冷たく冷めきって、人を見下すようだった。
「協力を頼みたい。」
「報酬次第。」
「わかっている。金はこれだけ出せる。」
差し出した書類を彼女は、笑んで突き返してきた。
これだけ出しても不足なのか。
「あんたらねぇ、忍一匹動かすのにこれは上等だけど、忍隊を動かすにゃちょいと冗談だって笑えやしないよ?」
足を組んで、煙管を弄ぶ。
それに前のめりになって書類を変わらず押し差し出した。
「お前一人でいい。忍隊でなく、忍一人の協力を依頼したい。」
「お馬鹿さん。こちとらは長だよ?随分と自信があるようで?」
新たに書類を鞄から取り出し、これもまた差し出す。
好条件のはずだ。
忍隊の長にとっては。
書類を手に取り、じっくりと目を通す。
「こりゃまた…好みを持ってこられちったね…。」
そう小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
迷うように、長い間書類を睨んでいる。
書類を机に戻し、長い爪で指差した。
「このお人様を連れて来てくれたら、考えてあげる。」
「実は、今丁度此処に向かってきています。」
「あやんなせるね。」
その言葉は、この忍独特の言葉だ。
意味は、「やんなせ」で「しやがった」という。
「あ」を頭につけることで強調した形となる…らしい。
だから、今のは「しやがるね」だと思う。
「る」で「しやがる」に変わるらしい。
そういう決まりがよくわからないし、俺が知っているには少しだけだ。
「うん?知らない気配だね。」
どうやら到着したらしい。
この忍は、気配で察知するから恐ろしい。
覚えている気配ならば、偽物かどうか見ずともわかるようだ。
「依頼を、引き受けてくれるのか?」
「参ったね……結構…大物が来ちゃった…。」
話は聞こえていないようだ。
かなり悩んでいるのがわかる。
「では、俺はここで失礼します。二人でゆっくりと話を進めてください。」
お互い、見つめ合う。
勿論、目と目が合うことはない。
「死地をかなり渡ってきたお人様だこと。」
「わかるか?」
「戦慣れしてる目だからね。さぁ、本当に参るね、これは。」
審査する目に臆することなく、じっと待つ。
ここで、この忍の協力が得られないというのは痛い。
「何がそんなに気に入らない?」
「微妙なんだよ。あんたに力添えするにあたって相性ってのがある。それが見た感じ、どうも…。」
「悪いのか?」
頷き、組んでいた足を崩した。
相性が悪いとわかっていながら、それでも悩むということは、この忍にとって何かが好都合なはず。
それがなんなのか、察することもできない。
「相性が悪くても、引き受けたい、だろう?」
「随分と自信があるようだねぇ?まぁ、実際そうなんだけどさ。」
「言ってみろ。何処がどうなのか。」
煙管を手放し、クツクツと喉で笑う。
ご機嫌な様子だ。
書類を手に持ち、こちらに見せる。
「まず、報酬としては上等。そして、あんた自体がまた好みなわけよ。」
「好み?俺の何が?」
「色々と、忍の事情があってね…。けど、どうも相性が悪い。」
書類を机に放り投げ、水を飲んだ。
溜め息をつき、まだ悩む。
勿体無い、というように。
「さっきから、相性ってなんだ?」
「お互いの戦法に支障が出るのさ。」
「どんな?」
「こちとらは背中合わせが得意なの。けど、あんたは戦場で仲間さえ背後に置かない。これだとお互い発揮できない。」
確かに俺は一人で戦場に立つ。
仲間を傍に置かない。
背中合わせで戦うというのは、考えられない。
「背中合わせで、戦う練習でもするか?」
「あっはは、面白い冗談を言うね?でも、それも悪かない。」
結果、契約は成立した。
練習、ということで一度共に鍛錬としてやってみたが、俺が思うほど忍は邪魔にならなかった。
背中合わせと言っておきながら、実際は俺の影の中に忍は潜み、俺の背中が狙われるに顔を出して防ぐ。
背中の盾といっていい。
それに、耳に敵の気配を察知したという情報提供がくる。
この忍の便利さに驚いた。
だから、大佐はこの忍を俺に?
「どうだい?」
「問題無い。背中合わせだと聞いていたが、そうでもないな。」
「まぁね。基本は影の中だから。」
そして戦場に実際に立つ日は来た。
忍は敵の気配から様々なことを察知し俺に伝える。
それに一切の誤りもない。
それどころか、忍が影にいることで背後の守りは完璧だった。
弾薬の支給、レーションの支給もしてくれ、取り損ねたアイテムさえ回収してくれる。
分身を走らせ偵察、敵の拘束、無力化…なんでもできる。
一人では苦戦するようなことが、容易になった。
単なる力添えではない。
「忍は便利だな。」
「戦忍だからね。戦場で命を狩るのも守るのも十八番ってわけ。戦場が本命のお仕事だからさ。」
殺し損ねればトドメを刺してもくれる。
まったく邪魔にならない。
相性とはなんだったのか。
「強敵だな…。」
兵器を相手に苦戦をすれば、影からズルリと出てきて、構えをとる。
「おい。」
「言ったでしょ。十八番だって。こちとらは元々、こんなお力添えをするような忍じゃないの。」
そう言い残し飛んだ。
兵器の攻撃をものともせず、的確に弱点を仕留める。
その破壊にかかる時間は僅か数分。
苦戦していた自分を嘲笑うかのように力強い。
「まるで、水を得た魚だな。」
一人で全滅させていく。
この忍の実力は、計り知れない。
狂気の笑みに面影さえ散らす敵。
とんでもない奴の協力を得てしまったようだ。
ゆるりと 影宮 @yagami_kagemiya
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