サバゲ帰りに運命の赤い糸の相手(仮)と出会った話

綾坂キョウ

御用心、狼さん!

「助けてくださいッ、お姉ちゃんが……!」

 サバイバルゲームの帰り道。重くかさばる道具を背負い、くたくたに疲れた身体を引きずるように歩いていると、美少女が走ってくるなり、喘ぐように言った。


 そう、美少女だ。さらりとした黒髪は背中まであって、潤んだ目はかなり大きい。

 僕はきょろきょろと周りを見回し、他に他人がいないことを確認するとしばらく黙考してから、ようやく口を開いた。

「えっと……僕?」

「はいっ! お願いします、助けてッ」

 女の子は迷いなく、大きく頷いた。

「お姉ちゃんが、大変なんです! 男の人に、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……ッ」


 ――どうやら、ただごとではないらしい。

 どうしたものか。僕はただのサバゲ好きな一般市民であって、腕っぷしはからきしだ。中学生と喧嘩したらきっと負ける。小学生にだって勝てないかもしれない。幼稚園生には絶対勝てる気がしない。


 ――でも。


 僕はごくりと、唾を飲み込んだ。今にも泣き出しそうな顔で、すがってくる美少女。正直、悪い気はしない。


 だいたい、人生でこうして見知らぬ美少女に頼られることなんて、そうそうあることじゃない。これはもしや、運命の赤い糸というやつかもしれないぞ、なんて。


「……僕に、役に立てることがあれば!」

 浮かれポンチな心を、きりっとした表情で隠しつつ僕が頷くと、ぱあっと、少女の顔が明るくなった。

「ありがとうございます! こっちですッ」

 細い指が、僕の手を握る。思ったよりも強い力に引かれながら、僕らは道を走った。


※※※


「コルァてめぇマジでふざけんじゃねぇぞっァアッ!?」

 がらの悪い怒号が聞こえ、僕は身体をびくりと震わせた。


 夕日が差し込む路地裏。いかにも危ない雰囲気が漂う細い道を走る僕らの耳に、ガァンッという鈍い物音が届く。


「こっちです……!」

「あ、あの。やっぱり警察とか呼んだ方が」

 予想以上にただならない空気を察して怖じ気ずく僕に、女の子は「今さら、なにを言ってるんですかっ」と怒った顔を向けてくる。

「そんなことしてたら、間に合わなくなっちゃうかもッ」

 確かにその可能性は否めない。こうしている間にも、悲鳴のような声が聞こえてくる。それと同時に、僕の勇気もみるみる間に目減りしていく。もう嫌だ。行きたくない近づきたくない。


 行って、僕になにができる? せいぜい、「もう止めてあげてください見逃してください」と財布を差し出し、ジャンプして小銭まで渡し、土下座するくらいのことしかできないだろう。殴られなかったらラッキーだ。


「……! 止まってくださいッ」

 僕の手を引く女の子が、声を潜めて足を止めた。建物の影に隠れながら、その奥の様子を伺う。

「あそこです!」

「あぁあ着いちゃった……」

 回れ右して逃げたい気持ちと戦いながら、女の子にならって奥を覗き込む――と。


 そこでは、女性と身体の大きな男が、向き合っていた。

 女性はすらりとした、妹である女の子とはタイプの違う綺麗な人だ。鮮やかな赤のジャケットがやけに似合っており、その手にはなぜかべこべこの金属バットが握られている。

 たいして、男は大柄な身体をすっかり縮め、コンクリート地面に這いつくばっている。顔面は蒼白で、ガタガタと震えながら女性を見上げていた。


「良かった、間に合ったみたい!」

 女の子が、ほっと胸を撫で下ろしながら言った。

「いやいやいや。ちょっと待って」

 なにがなにやら分からない僕を、女の子が不思議そうに見上げる。

「どうかしましたか?」

「いや、どうしたもこうしたも。状況がさっぱり分からないんだけどもっ?」

「問題ありません、すぐ分かると思います」

 きっぱりと言い切る少女に、「そ、そうかなぁ」と僕は疑いの声を上げた。向こう側で、女性が怒鳴る。


「全くふざけやがってよぉっ! うちの可愛い妹に唾つけようとしやがって、ゴミ虫の分際でふざけんじゃねぇぞっコラ?」

「つ、唾つけようとなんて……ただ、そろそろ暗くなるから、送ろうと思っただけで……」

「送り狼なんて今どきはやんねぇんだよカスがっ! 盛りのついた畜生がよぉ。てめぇの尻にコイツぶちこんでやろうかァアッ!?」

 あぁほんとだなんとなく状況がわかったぞ?


 女性は金属バットをガンガン地面に叩きつけながら、男を威圧している。どう考えても、ピンチなのは女の子の姉ではなく、あの男だ。


「なんなんだよ君のお姉さんはっ?」

「妹想いが多少過ぎるところのある姉なのですけど……」

「いやそういうレベルの話じゃないしッ」

「ちょっとやんちゃな過去がありまして。例えば、お気に入りらしくいつも着ているあのジャケット」

 そう、女の子が女性をひらりと手のひらで指す。

「もとは白かったんですけど、過去の抗争で数多の返り血を浴び、あの色に染まったという伝説が。おかげで、一部では『赤ジャケット嬢』という二つ名が」

「なんだよそれ怖い赤ずきんちゃんみたいなの」

「でも、それさえ気にしなければ、普段は優しくてちょっとシャイで、素直で可愛いところもあるんですよ?」

「気になるよどうしたって気になるよ。優しくてちょっとシャイな女性は、普通あんな怒号を他人に浴びせないよっ?」

「異性からギャップあるよね、って言われるタイプって言うか」

「ギャップはあるかもだけど、良いギャップじゃないでしょそれ」

 あぁもう話していてもなにがなんだか。


「ていうか、なんで僕のこと呼んだわけっ? お姉さん絶対無事でしょアレ」

「いえ、このままだと姉が暴行罪で捕まってしまうのではと心配で……いてもたってもいられず」

「それ……今さらじゃない? てか、捕まった方が良いんじゃない?」

「なんでそんな酷いことを言うんですか? 物事には、ちゃんと原因っていうものがあるのに」

 美少女にまたうるりとした目で見つめられると、どうにも弱ってしまう。


「原因、って」

「……彼、わたしの大学の同期なんですけど」

 女の子は形の良い眉をきゅっとハの字に寄せ、まるで祈るように胸元で手を組んだ。

「一緒にグループ課題やってて。わりと真面目で可愛いタイプっていうか」

「はぁ」

「ちょっとからかったら楽しそうだなって思って。最近、暗くなるのはやくて怖いなぁ家まで歩くからなぁって言ってたら、じゃあ送ってあげるよって彼が――」

「原因ッつーか元凶!」

 思わす地団駄を踏む僕に、少女は「しっ」と人差し指を立てる。

「お姉ちゃんに気づかれたらどうするんです」

「そう言ったって……そもそも、アレをどう止めろって……」


 僕らが話している間にも、女性と男はまるで、もぐら叩きのようなことを続けていた。女性がバットを地面にガンガン叩きつけ、その度に男が悲鳴をあげながら逃げ回っている。叩きつけられる度に、バットの形がめこりと変形していくのを、僕は背筋が寒くなるような思いで見つめた。


「あなた、サバイバルゲーム帰りなんでしょう? だったら、エアガン持ってますよね。この背負ってる中?」

「え。なんで、そんなこと」

 この近くにサバイバルゲーム場があることも、そもそもサバイバルゲーム自体も、知っている人はそう多くない。メジャーかマイナーかで言ったら、マイナーな遊びなのだ、サバゲというものは。


「お姉ちゃんが、最近興味をもったみたいで。おしゃべりに付き合ってたら、わたしもちょっとだけ詳しくなっちゃったんです」

「へ、へぇ……。僕のはちなみに、エアーコッキングっていう」

「そういうオタク知識はどうでも良いんですけど。とにかくそれで、早く撃っちゃってください」

「撃っちゃって、って」

 なにを言い出すのかと、僕は愛銃の入った布ケースを慌てて抱き締めた。

「そんなことしたら、僕こそ警察に捕まるじゃんッ」

「なんで嫌がるんですかっ? サバゲオタクなんて、どうせ隙あらば物陰から一般人を撃ってみたくてウズウズしてるような危ない人種でしょう!?」

「風評被害甚だしいッ! そういう偏見が、いつだってオタクを生きづらくするんだっ! 謝って! 世のサバゲ好きのオタクたちに謝ってッ」


 取っ組み合いをしているうちに、ケースから中身を出されてしまう。黒く長い銃身。弾は帰る前に取り出したはずだが、それでも間違いがあったら危ない。慌てて取り返そうと手を伸ばすと、女の子もそれを僕に押しつけてきた。


「さぁ! 早く早くっ」

「早くって……だいたい、お姉さんのこと撃ったところで、結局標的がこっちになるだけじゃ」

「なに言ってるんです」

 途端、女の子は目をぱちくりとさせて僕を見た。

「大切なお姉ちゃんを撃たせるわけ、ないじゃないですか」

「え、だって……」

 あんなに、撃て撃てと言っていたから。

 首を左右に振った彼女は、心外とでも言いたげな顔をし、改めて騒ぎの方に視線をやった。

「撃っていただくのは、男の方で」

「なんで罪のない被害者を撃たなきゃならんのっ!?」

「取り敢えず、現状打破にはなるかなって」

「現状と一緒に人として大事なモノも打破しちゃうからっ! てかもう君も大概だなッ」


 全く、美少女だと思って鼻の下を伸ばしてしまったのがそもそもの間違いだった。このままでは、僕が捕まるか、それともあのべこべこのバットでホームランされるかのどちらかだ。

「悪いけど。僕、帰るから――」

 愛銃を抱き締めて、くるりと回れ右したときだった。暗くなりはじめていた空が、急激に陰る。


「――なにやってんの」

 少しハスキーな女性の声が真後ろから聞こえ、僕はぎちりと身体の動きを止めた。

「なんかうるさいと思ったら、こんなところで」

「お姉ちゃん!」

 女の子が歓声を上げる。ぎぎぎとゆっくり首を回すと、つい先程までガンガン叩きつけていたバットを肩に担いだ女の子の姉が、こちらをじとりと見つめていた。


「ど、どぉも……」

 へらへらと頭を下げ、さっと視線だけ周囲に走らせると、例の被害者の男性は脱兎のごとく走り去っていた。良かった。もう悪いやつに捕まるんじゃないぞ。

「……この男は?」

 ハスキーボイスが、女の子に訊ねる声を聞いた僕は、身体を強ばらせた。――他人の幸せを祈っている場合ではなかった。人柱が逃げたせいで、標的が僕に移ってしまったじゃないか!


「このひとはねぇ」

 女の子が、一見無邪気な笑みを浮かべ、口を開く。

「通りすがりのサバゲーマーさんだよ!」

「なにその間違ってはないけどものくそ怪しい紹介っ!? もっと! もっとなんかあるじゃんっ」

 案の定、女性は訝しげな目で僕をじろじろと見始めた。待って怖いバット反対の手に持ちかえないでお願い。


 だらだらと嫌な汗をかきながら見返していると、女性の目がくわっと見開かれた。

「こいつは……っ」

「は、はひっ!?」

 女性が勢いよくこちらに手を伸ばしてくる。もう駄目だ。僕は迫りくる衝撃に耐えるため、悲鳴を上げることも諦めてさっさと意識を手放しかけた――が。


「こいつ、わたしが欲しいやつじゃん……! すごいすごい、触ってみても良いっすかッ?」

「……へ?」

 きょとんとする僕の目の前で、女性が伸ばした手をわきわきさせながら、キラキラと僕の目と、手元のエアガンを交互に見つめている。

「あ……は、はい……どうぞ……」

「あざっす! うっわー! かっこいーっ、エアコキだぁぁすっげーっ!」

 まるで子どもみたいにはしゃぐ女性をぽかんと見つめる僕に、美少女がぽそりと言った。

「ね。だから言ったでしょう?」

「……確かに」

 「素直で、可愛い」。

 更に、女性はハッとした顔でこちらを見ると、途端に顔を赤くした。

「あ、その。さーせん……わたし、サバゲって最近興味あって……でも、一人で参加するのも、なかなか踏ん切りがつかなくて」

 ――きた。「ちょっとシャイ」。

「あの、あの。もし良かったらなんすけど。ご都合の良いときにでも、あの、もしイヤじゃなければ。……一緒に、ゲーム参加してもらえませんか?」

 ぅうんッ「優しい」は正直よく分かんないけどっ、相手の都合や気持ちを確認した上で頼めるよいこかーっ! 長身の綺麗系女性の無自覚上目づかいとか最高かーッ! これがギャップかぁぁぁああっ!!


 不思議とこうなると、さっきまで恐怖の象徴だった赤いジャケットすらお洒落に見えるし、ぼこぼこのバットも、うん、なかなか素敵なアクセントだねっ!?


 どうやら僕の赤い糸は、美少女ではなく、このギャップ萌え女性と繋がっていたらしい。

「よ、喜んでッ!」

 満面の笑みで答える僕に、女性は歓声を上げて無邪気に喜び。


 ――約束のゲーム参加後、つつがなく問題なくあっさりと付き合った僕らだったけれど。早くお付き合いを進めようと先走る僕は、思った以上にシャイだった彼女にしょっちゅう赤いマットへ沈められることになり。彼女のジャケットを更に深い赤へと染めることになったのは、また別のお話。(おわれ)

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