帰路 スターリー・スカイ
文明の隔絶された荒野には、軽トラックのストロボ以外の光はない。暗闇を切り裂くように光を当てても砂地ばかりが見える景色の中、俺はアクセルを踏み続けていた。
荷台で揺れる遺物の山が刻むリズムは、助手席のパウロを眠らせる子守唄に変わった。俺は例の耐塵コートをパウロの膝に掛け、空調を快適な温度に保った。砂漠の夜は寒いのだ。
エンジンとヘッドライト、それと空調機能。ボロボロだった軽トラックを改造したのは、その三点だけだ。俺たちが初めて拾った遺物で旅に出ようと決めてから、それ以上の改造はお互い避けていた。車体が負荷に耐えられない反重力エンジンやオートドライブシステムは使わず、最大時速を少しだけ引き上げるエンジンを搭載する。ガソリンの節約のため、最大速度を滅多に出すことはないが。
パウロから遺物探索に誘われた日、俺は
この稼業によって得た金は、他の参加者と比べると少ないかもしれない。それでも、義務教育を終えたばかりの子どもには十分すぎる小遣いだった。刹那的に満たされ、また稼業に戻る。ライフワークにするには不安定だが、悪くない生活だ。何より、気の合った親友が隣に居る。
「ミロク、もう着く?」
「あー、まだ。寝てていいよ」
「今日は色々あって疲れたでしょ? ちょっと休憩しようよ」
「恥ずかしいから蒸し返すな!」
ブレーキを踏み、ゆっくりと車体を停車させる。砂以外何もない小高い丘が軽トラックに勾配を生み、貨物をわずかに傾けさせた。
リクライニング機能のないシートは硬く、ここで眠るのは最適とは言えない。だから俺は背伸びをし、そっとパウロの様子を伺う。アイツはとっくに覚醒していて、俺の話を聞きたがっていた。
「……なぁ、これは悩みとは関係ないただの質問なんだけどさ」
「なにー? 難しくないことなら答えるよ」
「明日世界が滅びるとしたら、どう思う?」
突然死した旧文明のように、俺達が住む文明が何らかの手で蹂躙されるかもしれない。そして、それが遠い未来である保証はないのだ。
「ミロクらしい悩みだぁ……」
パウロはニヤニヤと笑った。俺が少しムッとした表情になると、アイツはふっ、と笑いを収める。
「いいんじゃない? 明日滅んでも……」
「なんで!? お前、さっき『寿命まで生きる』って……」
真意を理解できず狼狽える俺を見て、パウロは大笑いした。涙を流しながら腹を抱えて笑い、パウロは息も絶え絶えに次の言葉を紡ぐ。
「だって……だってさぁ、人の命は永遠じゃないんだよ。で、人生に未練がある人ってまだやり残したことがあるわけだよね? 後悔とか、そういう感じで……」
「まぁ、そうなるな」
「それなら、滅んでも未練はないんだよ。だって、今日がびっくりするほど楽しかったから!」
「お前、明日は明日で『人生最高の一日だった!』って言わない?」
「たぶん言う! でも、そんな最高の一日で世界が終わるなら、別に明日滅んでもよくないかなーって!」
パウロは、俺に軽トラックのライトを消すよう言った。ストロボのような光源が弱まり、辺りは闇に包まれる。俺はパウロに言われるがまま外に出て、空を見た。
一面に広がる星空だ。漆黒の闇はいつの間にか群青に変わり、ほうき星が今、空に散った。
遠くに見える文明の光の下では、この星空は霞んでしまうだろう。俺はぼうっと空を眺めながら、背中から砂地に倒れるように腰を下ろした。
「もし明日世界が滅びるなら、またその300年後くらいにひょっこり生きてた人が同じ星を見るんだよ? それなら、滅んだ甲斐があるじゃん!」
それらしい事を言いながら同じように寝転がるパウロは、大きく伸びをしてリラックスしている。俺は無数に浮かぶ言葉を慎重に選びながら、静かに口を開いた。
「俺は、そうは思わないよ」
「えー、なんで?」
「居住区の外には、きっと、この空なんかより綺麗な景色がいっぱいあるだろ? それ見るまでに死ぬのは、なんか嫌なんだよ」
パウロは意外そうに目を細める。俺自身も、自分の口から出た言葉が信じられなかった。
「明日世界が滅びたら、俺はきっと後悔するよ。お前ともっと一緒に旅したいから……」
「……そっか! ついに旧文明の文化に興味持ってくれたんだね!?」
違う、とは言いきれず、俺は笑った。この様子だと、世界はまだまだ終わらないのかもしれない。
風が吹いた。
空を走るクジラのようなシャトルは、立ち止まる俺たちを抜き去るように居住区に向かっていく。実物のクジラは見たことがないが、資料に載っている巨大な骨から想像できる大きさに見合った比喩だ。
「なぁ、パウロ。クジラの骨、見に行きたくない?」
「……ガソリン代、いっぱい稼ぎますか!」
スタッフド・パスト 狐 @fox_0829
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