第46話 マジでこれからどうしよう?



「――――ビヒモト達が、確実に包囲網を狭めてきている」


 翌日、生き残った隊員を一か所に集めて、ロペス少佐はそう言った。



 死刑宣告を下されたように、隊員の顔は、血の気を失っていた。じっとりと濁った沈黙が、重しのように肩にのしかかってくる。



「・・・・連中が撤退することを望んでいたが、ウォード総督の遺体を見つけてもまだ、捜索が続いていることから、もうその望みが叶うことはないようだ」


「・・・・まさか、魔法刻印を持っている人を捜してるんですか・・・・?」


 一人の隊員の呟きが、波紋を投げ、ざわめきが大きくなった。



「おそらく――――そうなんだろう」


 ロペス少佐の答えは、迷いを含んでいた。



「どうしてですか? 魔法刻印が譲渡できることを、ビヒモトは知らないはずですよね?」


「理由はわからない。だが連中は、ウォード総督が魔法刻印を持っていることを知っていた。なら、魔法刻印を譲渡できることを知っているという可能性も、低くはないはずだ」


 そもそも魔法刻印というもの自体、ビヒモトは知らないはずだった。


 なのに、ビヒモトは魔法刻印の存在を知っていた。ならば、その先にある、魔法刻印の力や譲渡の方法まで、知っていてもおかしくない。


「や、山越えのルートは・・・・」


 最後の希望に縋って、ジョンが質問した。


 だが、ロペス少佐は首を横に振る。


「駄目だった。どこも切り立った崖で塞がれている。道具がなければ崖を登れない」


「そんな・・・・」


「・・・・連中の狙いは定かじゃないが、今もなお、捜索を続けていて、その手が、俺達が隠れているこの場所まで迫っていることは事実だ。――――だから、決断する必要がある」


「決断・・・・」


 不安を含んだ声が、大気を泳ぐ。


「――――このままここに潜み、ロンメル総督が戻るまで、見つからない可能性に賭けるか、それともここを出て、包囲網を突破するために戦うか――――もうそのどちらかしか、残っていない」


「――――」


 隊員達が緊張し、息もできなくなっている気配が伝わってきた。


「――――やはり、戦うしかありません」


 重たい沈黙を、シルト少尉がその言葉で打ち破った。


「戦う・・・・といっても、こちらは数が・・・・」



「奇策を講じて、ビヒモトの封鎖を突破し、ロンメル総督と合流するか、アルカディアに戻るしかありません。――――それ以外に、生き残れる道はないでしょう」


「・・・・・・・・」



 言うは易く行うは難し――――だがそんなことは、シルト少尉も、百も承知だろう。それだけ、俺達は窮地に立たされ、賭けに出る道しか残されていないということだ。


 ――――ビヒモトには、確かに知能がある。少なくとも、アルビーと呼ばれた、あの2Pカラー野郎は、間違いなく頭がいい。



(・・・・だが、それを利用できないか?)


 ふと、そんな考えが頭をかすめた。



 ビヒモトは頭がいい。高い身体能力のことを覗けば、地形を利用し、側面から挟み込む戦法や、指揮官が高台から戦況を見守り、指示を出す方法など、人間が実際に使っていた戦法も多い。


 ビヒモトの知能が高いから、人間と戦法が似てくるのだろうか。


 だがそれは、裏を返せば、俺達がビヒモトの行動を予測できるということだ。知能の低いモンスターだと馬鹿にしていたから、出遅れた。知能が人間並みに高いということを踏まえた上で作戦を立てれば――――可能性はある。



「・・・・火を使ったらどうでしょう?」


 俺が突然、口を開いたことに驚いたのか、一同の目が瞬いた。



「火?」


「はい、ビヒモトを誘い出し、火で囲いこんで、殲滅するんです」


「そんなことをしたら、私達まで火に飲まれるわよ」


「そうならないように敵を誘導し、火が回りやすい場所に追い込むんです」



「おいおい、いい加減なことを言ってんじゃねえぞ」


 だけどそんな俺に、ジョンが突っかかってきた。


「そううまくいくわけねえじゃねえか。お前は最近こっちに来たばかりの、戦いの素人だろ」


「そりゃそうだけど・・・・」



「いえ、可能性はあるかもしれません」


 俺が反論する前に、シルト少尉が口を開いた。


「確か、イチローさんは来訪者でしたね?」


「は、はい。そうです」


「来訪者の彼には、私達とは違う視点があるんだと思います」


「そうね。私もそう思う。実際、リリーを助けに行った時の作戦は、面白い発想だと思ったわ。きっと、生まれた時からアルカディアの平和に浸っていた私達とは、根本的に発想力が違うのよね」


 レノア少尉が口添えしてくれる。


「ぜひ、意見を聞かせてください」


 何気なく自分の意見を言ってみただけなので、重要な立場にいるシルト少尉に、とても重大な意見のように扱われると、少し緊張する。俺はジーンズで手の平の汗を拭ってから、口を開いた。



「この近くに、草原があります。あの場所に、ビヒモト達を誘い込むのはどうでしょうか?」


「そうそううまく、誘導できるか?」


「勝利後のビヒモトの様子を見ました。すっかり油断して、死体から物品を盗んでいました。おそらく今も、こちらの戦力が少ないことを知っていて、残党狩りをするだけ、と考え、気を抜いているはず。俺達は、怯えた逃亡者を演じればいい。そうすればあいつらは、狩りを愉しむ気分で追ってくるはず」


「それは、人間の考え方だろ。あいつらに通用すんのかよ」


 ジョンの考えはもっともだ。


 だが、そこに今回の戦いの突破口があると俺は思っている。


「ビヒモトと実際に遭遇して、気づいたんだが――――あいつらは、やけに人間っぽい。人間に対応する戦略が使えると思うんだ」


 以前、誰かが言っていたことだが、ビヒモトはまるで人間のように戦略を練り、人間のように、はっきりとした指揮系統で動いている。


 俺自身も、そう感じていた。指揮官の命令に従って動き、しかし、戦いが終わると命令など忘れて、死体から物品を漁る浅ましさ。


 その浅ましさのおかげで、残党狩りが遅れて、俺の命は助かったわけだが、今、冷静になってあの時のことを考えると、ビヒモトは行動のみならず、仕草や、笑い方まで、妙に人間と似ているのだ。


 ビヒモトに、人間に似た部分があるのだとすれば――――それは利用できる。


「ふざけんなよ、あいつらはモンスターだぞ。俺達と一緒にするんじゃねえ」


「私は、ビヒモトには確かに、人間と似ている部分があると思っています」


「あ、そうですね。俺もそう思います」


 シルト少尉が俺の意見に同意すると、さらりと意見を撤回するジョン。その手の平返しと媚売り、いっそ清々しくて嫌いじゃない。



「ビヒモト達は知能が高く、人間のように、相手の思考を読んで行動するんでしょう。だから生半可な罠じゃ、あいつらは引っかからない。――――でも、人間に行動が似てるってことは、俺達でもビヒモトの行動の先を読むことができると思うんです」



「・・・・考え方が似てるから、ですか?」


「そうです」


 最初は文句を言っていたジョンも、今は唸りつつ、真面目に話を聞こうとしている。


「こちらが、怯える逃走兵を演じれば、奴らはきっと追ってきます。ただの残党狩りです、深くは考えないでしょう。追ってくるビヒモトは、きっと隙だらけのはず」


 人間の歴史は戦争の歴史だ。ざっと四千年ぐらい、ひたすら殴り合い、殺し合いを続け、その過程で様々な戦術、戦略が生みだされてきた。歴史から学んだ戦術が、ここでも役に立つかもしれない。


「人間に対する戦略、か・・・・」


 敵をモンスターとは思わず、人間だと思い、それぞれが作戦を出せば、一つぐらいはいい方法が見つかる――――と思っていたが、なぜかシルト少尉達の表情は暗いままで、目を伏せてしまった。



(・・・・やっぱり、安易な考えすぎたか)


 こんなことは、今さら、俺が指摘することでもなかったのだろう。


 俺は急に恥ずかしくなり、誤魔化しの笑顔を浮かべる。


「すみません、やっぱり、こんなやり方じゃ無理ですよね、あはは!」


「いえ、あなたの意見は、とても興味深いと思っています。・・・・ですが、私達の国では、人間に対する戦術が発達していません」


「え? ――――あ」


 そこでようやく俺は、アンバーがアルカディアは数百年もの間、平和だったと言っていたことを思い出した。


「・・・・もしかして、過去に人間同士の戦争を経験したことがないんですか?」


「揉め事が起こることはありましたが、私達の世界には、女神という調停役がいます。自分の利益のためだけに、大勢の人を巻き込むような戦争を起こそうとした人達は、女神の裁定により排除されました。だからアルカディアでは、大勢の人を巻き込んだ戦争が起こったことは、一度もありません」


「そ、そうだったんですか・・・・」


 シルト少尉達が難しい顔をしている理由がわかった。


 ――――戦略以前に、彼らは人間同士の戦争を学んでいないのか。


(もしかして、今回のことに関しては、俺のほうがよくわかるのか?)


 神の不在のために、戦争ばかり繰り返してきた俺達の世界と、女神という神が、はっきりと目に見える形で存在している代わりに、戦争とは無縁だったこの世界。――――どちらがいいのかと言えば圧倒的に後者だが、今、この時点においては、戦争の世界にいた俺のほうが有利だ。


「あなたの意見を聞かせてほしい。――――どうやって、ビヒモト達を罠にかけるべきだと思いますか?」


 俺は深呼吸して、頭に浮かんだ作戦を、組み立てていく。



「――――俺が囮になります」



 意を決して、俺がそう言い放つと、シルト少尉達が息を呑んだのが伝わってきた。


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