第45話 大冒険の後は疲れる


 そうして仲間達の助けで、俺達は拠点にしていた洞窟まで、戻ることができた。


「シルト少尉! ご無事でよかったです!」


 シルト少尉の元気な姿を見ると、憔悴していた隊員達は、一気に活気を取り戻していた。


 シルト少尉はあっという間に、隊員達に取り囲まれ、俺やジョンは外側に弾き出されてしまう。


「心配をかけて、申し訳ありません」


「いえ、ご無事ならそれでいいんです!」


 感極まって、泣いている女性隊員もいる。


(本当によかった)


 ――――救出できてよかった。


 本当に良かったと思う一方、結局は、ロペス少佐や他の隊員に迷惑をかける結果になってしまったことに、罪悪感を覚える。


(ロペス少佐達は、大丈夫だろうか・・・・)


 ――――ロペス少佐が、まだ、戻ってきていない。


(疲れた・・・・)


 だがそれらの煩雑な不安も、限界まで蓄積された疲労感に押し流され、思考力がまともに働かなくなっていた。無事に帰還できたという安堵感が逆に、疲労をより重くしている。


「イーチロ―?」


「・・・・ちょっと休んでくる」


 ふらふらしながら、俺はシルト少尉達から離れようとした。


「レノア少尉のおかげですね!」


「違うわ。・・・・フルヤ君やリデカちゃん達のおかげよ。少人数で陽動できる作戦を、フルヤ君が考えてくれたの」


 何気なく背中で会話を聞いていた俺は、レノア少尉の口から、突然出てきた自分の名前に、肩が強ばっていた。


「それにヒルマやサルドゥ、アレン君の力がなかったら、助け出せなかった」


「・・・・フルヤ君って言うのは・・・・」


「彼よ」


 怖々と、俺は振り返る。


 隊員達の視線が俺に集中していて、身体が固まった。


「ありがとうございます、イチローさん」


「イチロー君の手柄ですね!」


 シルト少尉と、ヒルマさんが笑いかけてくれる。


「え、あの、その――――」


 ――――目立つのは苦手だ。特に今みたいに、視線の集中砲火を浴びると、緊張で声を出すことも難しくなる。


「お、俺はすべきことをしただけですから――――疲れたので、ちょっと夜風を浴びてきます!」


 俺は急いで、その場所から逃げ出した。


「ふう・・・・」


 洞窟の外に出て、座れそうな場所を見つけると、腰かけて一息つく。


 リデカもついてきて、俺の隣に座った。


「疲れてるんでしょ。眠ってていいよ。見張ってるから」


「・・・・いや、いいよ。ロペス少佐が戻ってくるのを待ってる」


 全員が無事に帰ってこなければ、この救出作戦には意味がない。


 どれぐらいの間、そこにいたのだろうか。


 気づけば俺はうとうとして、目覚めと眠りの境目を、彷徨っている状態だった。


「ロペス少佐!」


「・・・・!」


 誰かの声で、船を漕いでいた頭がガクッと落ちる。


 それで、目が覚めた。


 リデカもいつの間にか眠ってしまっていたらしく、俺の肩から頭を持ち上げて、目を擦っている。


「無事だったんですね、よかった・・・・!」


 ヒルマさんの声だ。


 俺達は急いで立ち上がり、声が聞こえるほうへ向かった。


「ビヒモトは巻いた。ここまで来ることはないはずだ」


 ――――戻ってきたロペス少佐は、全身が血で赤く染まっている状態だった。みんな、ロペス少佐が戻ってきたことに安心しつつ、その姿に怯んでいる。


「怪我をしたんですか? だったら、手当てを――――」


「返り血を浴びただけだ」


 一体、何体斬れば、あれだけの返り血を浴びることになるのだろうか。


 駆け付けてくれたロペス少佐の、神がかった動きを思い出すと、数えきれないほどの敵を斬ったのだろうと想像できる。


「他の隊員も全員無事だ」


 ロペス少佐の後を、銃や弓を持った人達がついてくる。


 ――――全員、怪我はないようだ。安堵感でまた、膝から力が抜けそうになった。


「兄さん!」


 洞窟から、シルト少尉が出てきた。険しかったロペス少佐の顔も、妹の元気な姿を見た瞬間だけは柔らかくなり、安堵の色が見えた。


 でもそれは一瞬のことで、すぐに厳しい表情に戻ってしまう。


「レノア、ポルヴァリ、サルドゥ」


「は、はい!」


 名前を呼ばれた三人は、糸で引っ張られたように背筋を伸ばした。


「命令に背いて、リリーを助けに行ったのは、お前達だけか?」


 空気が凍り付いた。


「・・・・俺もです」


 ジョンが怖々と、前に出る。


「お、俺も行きました」


 俺とリデカも、名乗り出た。


「・・・・そうか。話がある。全員、こっちに来い」


 ロペス少佐は歩きだす。


 俺達は項垂れたまま、後をついていった。






「・・・・結果はどうであれ、お前達は命令に背いた」


 しばらく歩いて、振り返ったロペス少佐は、俺達に向かってそう言った。


「うまくいったからよかったものの、失敗して、他の隊員が巻き込まれる可能性もあった。――――それだけのことをしたと、わかっているか?」


 ――――わかっている。結局最後は、ロペス少佐達の助けで命拾いすることになった。何かを一つ間違えば、あるいは運が悪ければ、全滅する可能性もあった。


「場合によっては、降格もあり得る。その覚悟はあったのか?」


「・・・・わかってる」


 レノア少尉は、声を絞り出すように答えた。


「・・・・私が、みんなを誘った。責任は、全部私にある」


「レノア少尉!」


 前に出ようとしたヒルマさん達を、レノア少尉は押さえた。


「・・・・俺は自分の意志で行きました」


 レノア少尉にすべて押しつけることはできないと、俺も前に出た。


「うっ」


 するとレノア少尉に、脇腹を軽く小突かれる。


「今は黙ってて」


「だけど・・・・」


「お前は下がっていていい、イチロー」


 そう言ったのは、ロペス少佐だった。


「お前とレノアでは、立場が違う。お前は雇われた身だが、レノアは軍人だ。どんなに不満でも、私情を捨て、部隊のことを一番に考えるべきだった」


「だ、だけど、レノア少尉が処罰されるなら、俺も処罰されなきゃおかしいはずです!」


「処罰されないとは言ってない。管轄外だと言いたかっただけだ。冒険者の直接の上官は、総督にあたる。だから俺に、お前の処罰を決める権利はない」


 冒険者で、雇われ兵士の俺と、軍人のレノア少尉では、指揮系統が違い、処罰を決める人間も違うということらしい。


「待ってください、兄さん」


 今度は、シルト少尉が前に出た。


「・・・・リリー、お前は呼んでないぞ」


「元はといえば、私のミスが原因です。・・・・エリカが降格なら、私も同じように降格してください」


「・・・・庇っても、レノアの処罰がなくなるわけじゃない」


「わかってます。私も同じ罰を受けるべきだと思っているだけです」


 ロペス少佐とシルト少尉は睨み合う。


 長い睨み合いに負けたのは、ロペス少佐だった。目を反らし、溜息を吐き出す。


「・・・・安心しろ。この場で、罰を下すつもりはない。・・・・俺が、どうこう言える立場じゃないからな」


 強張っていたジョン達の肩から、力が抜けていく。


 でもそれを牽制するように、ロペス少佐はまた、目付きを鋭くする。


「誤解するな。俺では、どんな処罰が妥当なのか、判断できないというだけだ。・・・・身内が絡んでいる問題だから、俺には公平に判断できない」


「兄さん・・・・」


「この問題はアルカディアに戻ってから、総督達に任せることにする。今日はもう、休め」


 ロペス少佐は、歩き出そうとした。


「・・・・だが、礼は言っておきたい」


 話は終わったと思っていたが、また、ロペス少佐の声が聞こえた。振り返ると、ロペス少佐と目が合った。


「リリーを助けてくれたことを、感謝する」


「兄さん・・・・」


 ロペス少佐はシルト少尉の肩を叩いて、歩き出す。


 そのまま一度も振り返ることなく、ロペス少佐の背中は見えなくなってしまった。


 姿が見えなくなると、気が抜けて、俺は肩から力を抜く。ジョン達も同じような状況で、目が合うと、乾いた笑いが口から零れてしまう。


「・・・・エドガルドって、素直じゃない。フルヤ君にお礼が言いたいなら、付け加えるみたいに言わずに、真正面から言えばいいのに」


「あの不器用な感じがいいんじゃないですか!」


「・・・・なんか、気が抜けた」


 ジョンの肩は下がっていた。


「みなさん、本当にありがとうございました」


「いえ、いいんですよ。シルト少尉のためなら、俺はどこまでも助けに行きます。たとえそこが地獄でも、怖くはありません」


「・・・・実際はめちゃめちゃビビってたけどな」


「うるせえよ、てめえは黙ってろ!」


 笑い声が弾ける。


「ほんっと――――疲れたよ・・・・。もう洞窟に戻って、休もうよ・・・・」


「ああ、そうしよう」


 ジョンとサルドゥが動き出し、ヒルマさんとシルト少尉、リデカが後に続く。


 俺も動き出そうとしたところで、誰かが隣に並んだ気配があった。


 首を動かすと、レノア少尉の姿が目に入ってきて、緊張する。


「・・・・ありがとね」


「えっ」


「・・・・あなたのおかげで、リリーを助けることができた」


 レノア少尉は真っ直ぐ前だけ見て、呟くように言う。


「・・・・俺の力なんて、微々たるものです。レノア少尉達の陽動がなきゃ、きっと作戦を成功させることはできなかった」


 それに、元はと言えば、俺のせいでもある。俺がもっと戦えていれば、シルト少尉にだけ、負担をかけることはなかったのだ。


 レノア少尉は、微笑んでくれる。


「借りができたね。――――この恩は、必ず返すから」


 俺の肩を軽く叩き、レノア少尉は歩き出す。


 レノア少尉の足音が聞こえなくなった後も、俺はしばらくその場所に立ち、夜空を見上げていた。


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