第42話 最弱なりに、戦ってみる
そして俺達は、ビヒモト達が占拠している洞窟の手前までやってきた。
物陰から、ビヒモト達の様子を窺う。火が生みだす光の中で、踊るビヒモトの影は、まるで悪魔の姿に見えた。
何とか、ここまで、敵に見つからずに接近することはできた。
だけど、今の段階で近づけるのは、このラインが限界のようだ。俺はリデカと目配せし、レノア少尉が行動を起こす瞬間を待った。
そして、ビヒモト達が騒ぎだす。
物陰から、地面に伸びたビヒモト達の影が、忙しく動きまわっている様子を観察した。
彼らの声に混じって、木の葉が散るような音や、石が壁にぶつかるような音が拾えたので、レノア少尉がトラップを発動してくれたのだろう。
しばらく待っていると、大半のビヒモトが、山道を駆け下りていった。こちらの狙い通り、崖下へ、様子を見に行ったようだった。
急に静けさが襲いかかってくる。
様子を窺うと、火のまわりに集まったビヒモト達の影が見えた。彼らはこちらに背中を向け、崖の下を睨んでいる。
(いい具合に、火のまわりに集まってくれたな)
また狙い通り、ビヒモトは暗闇の中、無意識に明るさを求めたようだ。
俺達の位置から確認できるビヒモトの数は十体、その全員が、火のまわりに集まっていた。
俺は、幸運に感謝する。
――――爆石を、あの焚火の中に投げ込むことができれば、ビヒモト達を一気に蹴散らすことができるからだ。
(今のうちに、洞窟の中に入らないと)
――――今が、絶好のチャンスだ。
「・・・・行くぞ、リデカ、ジョン」
暗視ゴーグルとマスクをつけて、リデカとジョンに視線を送る。二人とも、すでにゴーグルを装着して、準備を整えていた。
「イーチロ―。ここからじゃ、焚火まで距離がある。飛び出してから、投げるしかないよ」
「わかってる」
ここからでは、たとえプロの野球選手だったとしても、焚火に爆石を投げこめないだろう。
見つかることを覚悟で飛び出し、ビヒモトが驚きで動けずにいる間に、爆石を投げる。――――その方法しかない。
心臓が、ばくばくと音を立てる。この作戦に失敗したら、俺はともかく、リデカやレノア少尉まで――――そこまで考えて、俺は頭を横に振った。
(馬鹿なことを考えるな! 今は、そんなことを考えてる場合じゃないんだ! )
もともとチキンな性格であることが災いして、手足が強張っていた。動かなければ――――動かなければならないのに、爆石を持った腕が、石のように動いてくれない。
「く、くそ・・・・!」
「お、おい、この土壇場でビビりになるのはやめてくれよ! もう作戦ははじまってるんだぞ!」
「わ、わかってるよ!」
虚勢を張りながら、ジョンを見る。
――――ジョンの腕や足も、がくがくと震えていた。目は泳ぎ、焦点が合っていない。
「お前もビビってんじゃねえか!」
「お、俺のは武者震いだしィ!」
「――――貸して、イーチロ―」
リデカの手が、俺の手から、爆石を奪っていった。
そして、俺の横を、リデカの小柄な身体が駆け抜けていく。
「あ・・・・?」
気づいた時にはもう、リデカの後ろ姿は、ビヒモトの輪の中に入っていた。
ビヒモト達は、すぐにリデカに気づいていた。
彼らは、彼らの言語で何かを叫んでいたが、その前に、爆石が投げられる。
「耳を塞いで!」
すぐさま身を翻して、リデカが叫んだ。
「・・・・っ!」
俺達は慌てて耳を塞ぐ。
耳を塞いでいても、凄まじい爆音は指の隙間から入り込んで、鼓膜を痛め付けた。目を閉じていても、ビヒモトの大きな身体が爆風に乗せられて、飛んでいく気配を感じた。
爆風が収まったのを感じて、俺は怖々と、瞼を開けた。
爆石で舞い上がった砂埃が視界を塞いでいるせいで、全体図は見えなかったが、かろうじて、爆石で抉られた大地と、そのまわりで倒れているビヒモト達の姿を確認できた。
「・・・・!」
呆然とする俺の耳に、剣戟の音と、怒鳴り声が飛び込んできた。
すでに、リデカとジョンの姿は、俺の近くにはない。リデカやジョンが、生き残ったビヒモトと交戦中のようだ。
だがその姿は、砂塵に隠されて見えない。
(ぼうっとしてる場合じゃない! 俺も戦わないと!)
俺は剣を握りしめる。
だが情けないことに、まだ手が震えていた。
(くそ、思った以上に視界が悪い!)
ゴーグルの暗視機能のおかげで、闇の中でも、物の輪郭は見える。
砂埃は分厚く、敵味方がどこにいるのか、把握することを困難にしていた。ゴーグルとマスクのおかげで、目や喉を痛めずにすんだ分だけ、俺達のほうが、ビヒモトよりは有利だが。
「・・・・っ!」
不意に誰かに足を握られて、俺は跳びあがりそうになる。
視線を下すと、おそらく爆発に巻き込まれたのだろう、半死半生のビヒモトが倒れていた。そのビヒモトは、そんな状態でも俺の足を握り、ナイフで足首を切ろうとしている。
「・・・・っ!」
胸の中で恐怖が爆発し、身体が勝手に動いていた。
ビヒモトの首に、剣を振り下ろす。
返り血が顔に降りかかり、刃が肉に食い込む感触、骨に当たった固い手ごたえが、腕を電流のように駆け抜けていた。怖気で全身が総毛だつ。
ビヒモトは呻き声を上げながら、痙攣し――――そして、動かなくなった。
「はあ、はあ・・・・!」
ビヒモトが死んだことを確認して、俺は急いで立ち上がり、狂ったように袖で顔を拭う。
――――はじめてのモンスター討伐は、ゲームや映画のようなスタイリッシュな要素は一欠けらもない、泥臭いもので、そして怖気立つような気持ち悪さだけを、手の平に残した。
返り血が口の中に入ったらしく、鉄の味がして、指先はまだ、みっともなく震えている。俺は、震えが止まらない手の平に視線を落とした。
(これは、命の奪い合いなんだ! 迷うな! 迷えば、俺も仲間も死ぬ!)
拳を固く握り、俺は自分を叱咤する。
(リデカを守って――――シルト少尉を助けなきゃ――――)
動けない敵を仕留めるという、情けない勝利だったが、それでもその勝利が、俺の中の意識を決定的に変えていた。
「・・・・!」
砂埃の向こう側に、人影が写る。
身長と体格からして、ビヒモトで間違いない。敵は背中を向けていて、まだ、俺に気づいていないようだ。
俺は剣を逆手に構え、忍び足で影に近づいていった。
「・・・・っ!」
腕が届く距離まで近づいたところで、俺はビヒモトに飛びかかり、首に腕を回した。そして喉にあてがった剣を、力一杯横に引く。
血の線が横に流れ、返り血がまたも、俺の顔を汚した。
ビヒモトは俺を振り払うと、喉を抑えたが、溢れ出る血は止まらず、仰向けに倒れて、動かなくなった。
「な、何とか、二体仕留めたぞ・・・・」
最初の爆発で、少なくとも火のまわりにいた数体のビヒモトは、即死したはずだ。そして半死半生だった一体と、もう一体を仕留めることに成功した。
――――だが、最初に確かめたビヒモトの数には、洞窟の中にいたビヒモトの数が含まれていないため、あと何体が付近にいるのか、俺にはわからない。
「・・・・っ!?」
考えることを優先し、動きを止めていたのがまずかった。
背後から伸びてきた太い腕が、俺の首に絡み付く。
あっという間に羽交い締めにされ、首を絞められていた。
「が、はっ・・・・!」
凄まじい腕力で喉を絞められ、呼吸ができない。いや、それどころか、首の骨が軋んでいる。
(まずい、このままじゃ――――)
必死になって手足をばたつかせるが、ビヒモトの丸太のような二本の腕が、俺のか弱い抵抗でどうにかできるはずがなかった。
――――意識が、遠のいていく。
「・・・・!」
俺は最後の力を振り絞って、剣をビヒモトの腕に突き立てる。
ビヒモトが怯み、腕の拘束が緩まったので、その隙に俺は膝を折って、座り込むような格好で、ビヒモトから逃れていた。
「うわあああ!」
そして身体を回転させ、ビヒモトの首に、剣を突き立てる。
血飛沫が、視界を赤く染めていった。ビヒモトは目を見開いたまま、横に倒れていった。
「はあ、はあ・・・・」
危なかった。――――首を守る魔装鎧がなかったら、俺は首を折られていただろう。
「げっ・・・・!」
だけど俺には、休む間も与えられない。
新たに現れたビヒモトが、俺めがけて突進してくる。
「く、くそ・・・・!」
真正面から飛びかかってくるビヒモトに、勝てる気がしない。女神から魔装武器をもらっていても、俺の力なんて、暗闇に乗じることでかろうじて、勝てるかもしれないという程度なのだ。
「こうなったらもう一回、爆石で・・・・!」
予備の爆石で敵を吹き飛ばそうとも考えたが、リデカとジョンがどこにいるかわからない状態では、爆石を使えないことに気づく。
「ど、どうすれば・・・・!」
動揺する俺の目の端で、何かの影が動いた。
また、ビヒモトが現れたのか。
そう考え、身構えたが――――側面に現れた影は、俺じゃなく、俺を追いかけるビヒモトに向かっていく。
そして、ジャンプした。
「・・・・!」
小柄な影と、ビヒモトの影が交錯した瞬間、赤い何かが花咲いた。
そしてそのビヒモトは、自分が血で汚した大地の上に横たわる。
「リデカ!」
「イーチロ―、無事?」
「・・・・ああ、何とか生きてるよ」
リデカが俺を、助けてくれたようだ。
「こっちは四体仕留めたぞ! まだ残ってるか!?」
煙の幕を破って、今度はジョンが現れる。
「・・・・残りのビヒモトは・・・・」
「あらかた、倒したと思う」
砂埃はようやく収まり、見晴らしがよくなっていた。視界が晴れたことで、足元に転がっているビヒモトの死体に気づいて、俺は息を呑む。
――――その数、二十体以上。
最初の攻撃で即死したビヒモトを含めても、俺達三人だけで、かなりの数の敵を倒せたようだ。――――いや、ほとんど、リデカとジョンの手柄なんだけど。
「イーチロ―、急ごう。早くしないと、爆発の音を聞いてビヒモト達が戻ってきてると思うから」
「お、おう!」
リデカの言葉で、俺は自分を取り戻すことができた。
「俺が入口を見張る。早くシルト少尉を引き上げるんだ!」
「わかった!」
ジョンを入口に置いて、俺達は洞窟の中に駆け込んだ。
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