第41話 俺なりに作戦を考えてみた


「ようやくついた・・・・」


 俺達はようやく、シルト少尉が囚われている洞窟まで、戻ってくることができた。


 洞窟の前では火が焚かれ、そのまわりで車座になっているビヒモト達の姿が見えた。山の斜面の、見晴らしのいい場所にあるから逆に、焚火の明るさ、そのまわりにいるビヒモト達の姿が、とても目立っている。


 洞窟を占拠して、もうこの付近は安全だと思っているのか、ビヒモト達は火のまわりで騒いでいた。まるでキャンプファイアーのようだ。


 俺達は、藪の影にしゃがんだまま、望遠鏡を使って、しばらくビヒモト達の様子を窺っていた。


「・・・・ネーグリさんの報告通り、野営してますね」


 望遠鏡でビヒモト達の様子を確かめて、ヒルマさんがそう言った。


「・・・・いや、少し数が減ってね? 三十ぐらいしかいねえみたいだぞ」


「洞窟の中にいる連中を含めたら、倍はいるだろ」


「・・・・どうして、ビヒモト達はまだ、あの場所に留まっているんでしょうか?」


 さすがに時間が経ち過ぎている。ビヒモトが、去っている可能性もあった。


「あの場所なら、何かあったときに洞窟の中に隠れることもできるし、高い場所から、矢を射ることもできる。拠点にするつもりなんじゃないかな?」


「そう? 夜は逆に、あの場所は目立つでしょ。それにこっちには、エイレーネ様から貰った最新の武器があるのよ。魔装武器がある以上、長距離による攻撃はこっちが有利なんだから、守りについて考えるのなら、もっと遮蔽物がある場所を選ぶんじゃない? それに、あの場所に残っている人数から考えても、拠点にするつもりだとは思えない。拠点なら、もっと多くのビヒモトがいるはずでしょ?」


 いざとなれば隠れる場所があるとはいえ、居場所を一目で突き止められてしまうあの場所は、潜伏場所としては不適当だろう。


 レノア少尉が言った通り、外界調査隊には、遠くまで矢や弾を飛ばすことができる、魔装弓や、魔装銃というものもあるのだ。


「――――もしかして、シルト少尉があの場所にいるからか?」


 俺はしばらく考えて、その答えに行き着いていた。


「・・・・その可能性はあるわね」


 レノア少尉の声は、わずかに明るくなっていた。


「だけどもしそうなら、リリーはまだ、捕まっていないはずよ」


「どうして、そう言い切れるんですか?」


「リリーを捕まえているのなら、縛り上げて、担いで拠点に戻ればいいだけだもの」


「あ、そうか・・・・」


「地図には、あの洞窟のことも書かれているのよね。崖の下は奥に深くなっていて、複雑に分岐していたはず。リリーはうまく逃げているんだと思う」


 レノア少尉は、一息ついた。



「それで? どうするつもりなの? 地形も含めた作戦なんでしょ?」


 それから、あらためて問いかけられた。


「えっと・・・・単純ですけど、陽動作戦で行こうと思ってます」


「陽動作戦?」


 ジョン達の表情が、険しくなる。


「こっちは六人しかいないんだぞ。どうやって陽動するつもりなんだ?」


「ビヒモトに見つからないように、向こうで話そう」


 俺達はいったん、その場所を離れた。


「ここには、タワの木がたくさんあるだろう?」


 俺はタワの木を指差す。


「そうだけど・・・・それが何?」


「タワの木を曲げて、ロープで地面に固定するのはどうでしょうか?」


 俺はもってきたロープと杭、そして杭をリュックの中から取り出した。


「それをどうするつもり?」


「タワの木は柔らかいんですよね。だから、こうやって――――」


 俺はまず、地面に杭を打ち込む。


 杭が地面に固定されていることを確かめてから、俺は次に、タワの木に近づいた。


「リデカ。タワの木に登って、枝にこれを巻き付けてくれ」


「わかった」


 俺が目で合図すると、リデカは靴を脱いで、タワの木に登っていった。小柄な体格が木登りには有利なのか、リデカはするすると登っていく。


 そして上まで登り切ったリデカは、足の力だけでそこに留まったまま、タワの木の先端の枝にロープを繋ぎ、下りてきた。


「ありがとう」


 俺はリデカと入れ替わり、ロープを引っ張る。タワの木は葉を散らしながらしなって折れ曲がり、俺はロープを、地面の杭に結び付けた。


「・・・・こんな風に、タワの木を何本か曲げて、ロープで地面に固定しましょう。そして枝に、器を括りつけておくんです。器には、小石をいくつか入れておくといいと思います」


 不器用なので時間がかかってしまったが、何とか枝の一つに器を括りつけ、石をセットすることができた。


「そして、いっせいにロープを切るんです。そうすると、タワの木は勢いよく元の形に戻って、幹がしなる勢いで、小石が飛んでいきます。即席の、投石機ですよ。もちろん、ビヒモトがいる場所までは到底届きませんが、ここから誰かが、石を投げたように見せかけることができるはずです。しかも、タワの木が元の形状に戻るときに、大きな音を立てるから、ビヒモト達は、この場所に大勢の人間がいるんだと勘違いして、あの場所から降りてくるはず」


「へええ、面白いですね!」


「試してみますから、少し下がっててください」


 レノア少尉達は下がっていく。


 五人が十分に離れたのを確認してから、俺はロープを外してみる。


 タワの木は跳ね起きるように勢いよく上体を起こし、器にセットされていた石は放り出され、飛んでいった。


 しばらくしてから、石がどこかにぶつかった音だけが返ってきた。


「おおー!」


 サルドゥが目を輝かせる。


「これを、いくつも仕掛けるんです。できるだけ、大勢の人がいるように見せかけましょう。――――俺の作戦、どうでしょうか?」


 俺の頭では、これが精一杯だ。怖々と、俺はレノア少尉達の反応を窺う。


「へえ、考えなしに突っ込んできたのかと思ったら、意外と考えてるじゃねえか」


 サルドゥが笑う。レノア少尉も、微笑んでいた。


「い、いけますか?」


「いいと思うわよ、私は」


「よ、よかった・・・・」


「でも、これだけじゃ弱いぞ。ビヒモトを引き付けられたとしても、見張りが残るだろ? 残りは、どう倒すつもりなんだ?」


 今度は、サルドゥが質問してきた。


「次に、これを使います」


 レノア少尉に認めてもらって、少し勢いづいた俺は、今度はリュックから、ゴーグルを取り出していた。


「多分、洞窟に残ったビヒモトは、あの焚火のまわりに待機するんじゃないでしょうか? ビヒモト達は俺達と同じで、夜目がきかない。本能で暗闇を怖がるはずだから、無意識のうちに、明るい場所に寄り集まると思うんです」


「そうね。きっと、そうなると思う」


「俺達は裏手から洞窟に近づいて、爆石を焚火に向かって投げます。突然暗くなる上に、煙も出るから、視界は最悪です。ビヒモト達は、こっちの動きを捕捉できなくなるはず。その隙に、俺達はゴーグルの暗視機能を使って、ビヒモトに接近し、仕留めます」


「・・・・なるほど、ね」


 レノア少尉の笑みが深くなっていく。


「確かに、色々と考えてるのね」


「・・・・どうでしょう?」


「その作戦、乗ったわ」


 レノア少尉は、強い口調で即答してくれた。


「それじゃ、時間がないんだし、さっさとそれを作りましょ」


「はい!」


 レノア少尉達はすでに、タワの木の幹に穴を開ける作業に取りかかっていた。






「とりあえず、これぐらいでいいかな・・・・」


 一通りタワの木を曲げて、先端を地面に打ち込んだ杭に繋いだ後、俺達は一息ついた。


 予想以上の重労働になったが、何とか夜明け前に達成することができた。


 全員でこの作業に取りかかったが、俺はほとんど、役に立たなかった。俺が一本の木に登っている間に、リデカ達は数本の木に登り、作業を終えていたからだ。


 特に木登りが得意なリデカに大きな負担をかけることになってしまったが、何度も木登りをさせられたわりに、まったく疲れを見せなかった。


「後は、このロープを切って、敵を陽動すればいいわけね・・・・」


 レノア少尉は吐息を吐き出して、俺達のほうに向き直った。


「それで? この後は、陽動部隊と救出部隊に分かれるのよね。誰を、どっちの部隊にする?」


 陽動と、洞窟への襲撃。


 二つの役割を、誰が、どのように担うか、俺はまだ決めていない。どちらも危険な任務だが――――おそらく、陽動のほうが危険度は上だろう。


「・・・・陽動は、危険な役目になるはずです。騒ぎを聞きつけて、ここには大勢のビヒモトが集まってくる。・・・・その大勢のビヒモトの中を、できるだけ長い間、逃げまわらなきゃならない」


 俺は覚悟を決め、顔を上げた。


「俺が陽動役を――――」



「陽動役は、私がする」



 レノア少尉が俺の声を遮って、そう言った。


「あなたは救出部隊に入って。洞窟の中の作りを知っているのは、あなただけなのよ」


「いいんですか? かなり危険な役目ですよ?」


「こういった役目は、経験がある私のほうが向いているはず」


 ヒルマさんの問いかけに、レノア少尉は毅然と答えた。


「そーですかー。じゃ、私も陽動部隊に入ります」


「俺もー俺もー」


「・・・・ずいぶんと軽く決めたわね・・・・」


 俺はかなり勇気を振り絞って、決断しているのに、それに比べて、ヒルマさんやサルドゥの決断はあまりに軽い。命を賭ける作戦なのに、それでいいのだろうか。


「こっちはいらないから、ジョンはそっちがもらっていいぞ」


「虐めかよ!」


「うそうそ、冗談だって」


 こんな状況だというのに、思わず笑ってしまった。


 俺一人だけだったら、緊張で手足がガチガチに固まっていただろうが、リデカ達のおかげで、軽口を返せるだけの余裕を持てている。


「陽動のほうは危険な役目になるから、二対四にすべきじゃないでしょうか。そうすれば、少しは負担が―――――」


「ううん、それは駄目」


 だけど、レノア少尉に強い声で遮られる。


「一番重要なのは、リリーを助け出すことなのよ。じゃなきゃ、危険を冒す意味がない。チャンスは一度、絶対に失敗はできないわ」


「・・・・・・・・」


「ヒルマとサルドゥが心配なら、二人のことは私が必ず守る。だから心配はしなくていい」


 レノア少尉は、きっぱりと言い切った。


「私があなたに望むことは一つ。――――リリーを助け出して」


 レノア少尉の眼差しは、突き刺さるように鋭い。だけどその眼差しの中には、期待があった。


 そうだ、迷ってる場合じゃない。レノア少尉は命を賭ける覚悟で、シルト少尉を助けに来た。――――だったら、優先すべきなのはシルト少尉の救出だった。


「・・・・わかりました。なんとしても、シルト少尉を救出します」


 俺がそう答えると、レノア少尉は満足そうに頷いた。


「それじゃ、ここは私達に任せて、行って」


「はい・・・・」


 俺はリデカとジョンに目配せし、三人で洞窟に向かって走り出した。


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