第20話 俺も魔法が使いたい


 その時また、広場が騒がしくなる。



 神殿から今度も、国軍の兵士達が現れていた。


 まるで軍事パレードのように、彼らは縦列になり、一糸乱れぬ動きで、俺達に近づいてくる。


 一部の軍人は、馬を引き連れてきていた。人間と同じように、馬も、馬用の鎧に身を包んでいる。


 そして、先頭の男が、俺達の前で立ち止まった。


 すると後に続く男女も、少しの乱れもなく、同じ瞬間に足を止め、その機械仕掛けの人形のような動きに、俺達は圧倒される。



「静粛に!」


 場に満ちていた喧騒は、国軍の兵士のその一言で摘み取られた。


 緊張感からか、外界調査隊の隊員が、生唾を飲み込む音が聞こえる。



「揃っているようだな」


 先頭に立つ、精悍な顔立ちの男が、一同を見回す。


「よく集まってくれた、諸君。危険を伴う任務にも関わらず、参加してくれた君達の勇気に、心から感謝する。私は、ジェーク・ロンメルだ。今回、外界調査隊を指揮することになった」


「総督の一人よ。粗相がないようにね」


 アンバーが注釈を入れてくれた。


(あの人が総督――――女神の次に、偉い人か)


 厳めしい顔だと思っていたが、笑うと意外な愛嬌がある人だった。低い声にも優しさが感じられる。総督の地位まで昇りつめる人物となれば、厳しさだけじゃなく、穏やかに人と接する社交性も必要なのかもしれない。


「こちらは、ブレント・ウォード総督だ。今回、私と彼で、外界調査隊の指揮をとることになる。そして私達の後ろにいるのが、君達を導き、守ってくれる士官候補生だ」


 後ろに控えていた兵士達が、誇らしげに胸を張った。


 士官候補生――――将来、この国を背負う優秀な軍人なのだろう。外界調査は、俺達、冒険初心者達の鍛錬の場であるのと同時に、彼ら、士官候補生達の実地訓練の場でもあるようだ。


「今回、外界調査に参加を表明してくれた君達には、すでに女神から、魔装武具が支給されていると思う。一番重要なのは、隊服と一緒に配られた、魔装着だ。服の下に着るだけで、あらゆる衝撃を和らげてくれる、非常に強い防具だ。任務中はいかなる時も、決して脱がないようにしてくれ」


 隊服と一緒に、黒いアンダーウエアのようなものを貸し出されていた。


 布のような肌触りの、柔らかいシャツだったから、アンサルディさんにそれも魔装着だと教えられて、驚いた。


 とても強力な武具とは思えない代物だったけれど、試しにアンサルディさんにバットで殴ってもらうと、まったく痛みを感じなかった。


「他にも、支給品がある。受け取ってくれ」


 ロンメル総督が目配せすると、彼の後方に控えていた兵士達が動き出した。リュックサックのようなものが、外界調査隊の隊員に配られていく。


「支給品の中には、マフラーのようなものが入っていると思う。それは、ゴルゲットだ。首を守ってくれる。それも身に着けておくように。兜もあるが、それを被るのは戦闘時だけでいい」


 リュックサックを受けとり、中を捜してみると、マフラーと言うよりは、ネックウォーマーのようなものが出てきたので、それを身に着けてみる。感覚もネックウォーマーと変わらないが、これにも高い防御力があるのだろう。


 支給品の中には、ヘルメットに似た兜もあった。戦闘中はこれを被り、頭部を守れと言うことだったが、ずっとつけていると息苦しいから、今は小脇に抱えている。


「それから、その中には銀色の石のような物も入っていると思う。それは爆石と言って、敵に投げ付ける爆発物だ」


「ば、爆発物!?」


 何気なく銀色の石を取り出した俺は、それが爆発物と知って、落としそうになってしまった。


「大丈夫だ。よほど強い衝撃を加えない限り、それは落としたぐらいで爆発することはない」


 ロンメル総督と目が合う。大きな声を出してしまったから、ロンメル総督だけじゃなく、他の隊員の注意まで引いてしまったようだ。俺は恥ずかしさを誤魔化すため、笑うしかなかった。


「爆石を起爆させたいときは、それの端にあるピンを抜いてくれ。かなり力を加えないと、ピンは抜けないから、注意が必要だ。爆石に刻まれている文字は、それの威力を表している。数字が小さいほど、威力が小さい。状況によって使い分けてくれ。他にも色違いで、金、赤、白の石があると思うが、金は眩い光で敵の目を眩ます光石(こうせき)で、赤は炎を吹き出す炎石(えんせき)、白は煙幕を吹き出す、煙石(けむりいし)だ。敵の目を眩ませたい時に使う。使い方は、爆石と同じだ。また、それらの魔法道具には時間をセットして、時間差で爆発させる方法もある。ピンの横に、時間をセットできるボタンがあるだろう。それを使い、起爆の時間を決めるといい」


 爆石の数字を確かめる。石の表面に、でかでかとローマ数字が書かれているので、間違えることはないだろう。


「質問、いいでしょうか、総督」


 外界調査隊の先頭に立っていた男が、すっと手を挙げた。


「なんだ?」


「その――――指示を仰ぎたいとき、どちらに仰げばいいのでしょう?」


「私と、ロンメル総督のどちらかに尋ねなさい」


「・・・・・・・・」


 おそらく彼は、ロンメル総督と、ウォード総督のどちらが最終的な決定権を持つのか、と聞きたかったのだろう。だがそれを問うと角が立ちそうな気がして、言えなかったのだろうと推測できる。


(どうやら、指揮系統がはっきりしてないみたいだな・・・・)


 ――――厄介な事態になりそうだと、俺は嫌な予感を抱いていた。今回のような不測の事態が起こりそうな遠征では、指揮官を一人にして、指揮系統ははっきりさせておいたほうがいいのだ。――――でないと二人の意見がぶつかった時に、軍がまとまらず、混乱する恐れがある。


「・・・・・・・・」


 外界調査に参加する他の人達も、そのことに一抹の不安を覚えているのか、微妙な表情をしている。


「他に質問は?」


 だがウォード総督は、この話題は終わったとばかりに、話を進めてしまった。手を挙げる者はなく、質問の時間はあっさり終わってしまう。


「・・・・それでは、話を続ける。今回、初めて外界調査に参加する者達は、外界に行くことを不安に思っていることだろう。中には、来訪者もいるだろうな。だが、心配はいらない」


 ロンメル総督達は薄く笑む。


「安心してほしい。今回の旅には、力強い仲間が同行してくれることになっている。今、彼のことを君達に紹介しよう」


 俺も含め、新人冒険者は首を傾げていた。


 だけど俺達とは対照的に、年長の冒険者は、目を輝かせていた。


「上位神獣も、今回の旅にどうこうしてくれるんですか!」


 それは誰のことなんだ。俺はいつものように、説明役のアンバーに目で助けを求めていた。


「ま、見てりゃわかるって」


 だがなぜか今回だけは、笑うばかりで、アンバーは教えてくれない。


「――――来い、フェンリル」


 また中二病的な名前が、ロンメル総督の口から出てきたことに驚いていると、町がにわかに騒がしくなった。


 外界調査隊を見送りに来ていた観衆が、神殿を見上げていた。


 すると、神殿の向こう側から、何かの足音が聞こえてくる。


 明らかに、人間の足音じゃない。熊――――いや、もっと大きくて、重量がある生き物が、通りを駆け抜ける音だ。地面に振動を感じるほどの、巨大な生き物が。


 その音に引き付けられて、俺の視線は通りの向こうに釘付けになっていた。


「・・・・!」


 そして、神殿の屋根に、その生き物が躍り出る。


 俺達は息を呑んだ。



 ――――陽光を浴びて輝く真っ白な毛並みが、風に揺れている。


 通りの向こうから、軽やかな足取りで走ってきたのは、体高が二メートル以上ある、白い毛並みの狼だった。



「うわあっ!」


 狼が勢いよく突っ込んできたので、新人冒険者は慌てて左右に避けた。真ん中に出来上がった道を、フェンリルは悠々と走り抜け、ロンメル総督の前で、ぴたりと止まる。


「な、なんだ、こいつ・・・・」


 ゲームや、映画の世界でしか見たことがない生き物の登場に、俺はただただ呆然とするばかりだった。

 それの外見はシベリアンハスキーに似ていて、毛並みはシルバー、鼻は高く、目のまわりに、隈取のような模様がある。色素の薄い、宝石のような瞳は遠くを見つめていて、狼らしく、裂けているような口の端からは牙が覗いていた。


 ロンメル総督がフェンリルに手を伸ばした時、巨大な狼が大きな口を開けるのでは、と肝を冷やしたが、ロンメル総督に対しては、巨大な狼は従順で、むしろ顔を撫でられて、気持ちよさそうに目を閉じていた。


「総督! 今回の旅には、フェンリルも同行してくれるんですね!」


「ああ、そうだ」


「やった!」


 ――――大の男が、子供のようにはしゃいでいる。俺は輪の外で、ぼんやりと騒ぎを見つめていた。


「あれはロンメル総督が従える、上位神獣、フェンリルよ」


「上位神獣?」


「女神様に仕える神獣の中で、もっとも強く、町の守護を任されている三体の神獣のことを、そう呼んでいるの。壁内を守ってくれる白狼のフェンリルと地竜トール、そして空からアルカディアを見守ってくれている、大鴉フギン。全部、女神様に仕える神獣よ。普段はめったに姿を現さないけど、こういった大きな行事の時は、女神様が貸し出してくれるの」


「・・・・貸し出して、っていう言葉だと、なんだかレンタル商品みたいだな」


 それにしても、簡単に人間を飲み込めてしまうサイズの生き物と、人間が触れ合っている場面を見ると、なんだかひやひやしてしまう。懐いていると見せかけて、いきなり、ばくりと食べたりしないよな、と考えてしまうのだ。


「安心しなさい。フェンリルが君達を襲うことはない」


 フェンリルにびくついていると、そのことに気づいたのか、ロンメル総督がそう言った。


「彼は女神に従順だ。万が一、暴走することがあっても、この魔法剣で制御することができる」


 そう言って、ロンメル総督は腰に差していた剣を、鞘から引き抜いた。


「総督職に就任すると、その証として、魔法刻印と魔法剣を女神から賜る。これが魔法刻印だ」


 ロンメル総督は袖をまくる。するとその手の甲から前腕にかけて、複雑な模様のタトゥーが刻まれていることがわかった。あれが魔法刻印なのだろう。


「もちろん、ウォード総督も持っている。フェンリルが暴走した時は、私達が魔法剣で鎮めよう」


 その言葉を聞いて、安心できた。上位神獣というが、俺には、モンスターと神獣の違いも、よくわからないのだ。


「上位神獣って夢があるよね。一度は従えてみたい」


 神獣を従えることができる。その言葉は、魔法を使えるという話以上の大きな夢を、俺に与えてくれた。俺も出世すれば、あの獣を従えるようになるのだろうか。


 そんな期待に、胸が膨らんでいく。


「頑張れば、俺も――――」


「人望を集めながら手柄を立てて、女神様に何十年もお仕えして、総督の地位まで上り詰めれば、上位神獣と触れ合える瞬間がくるかもね。神獣を使役する力を与えられるのは、六人の総督だけだから」


「・・・・・・・・」


 たった数行の文章なのに、この世界の出世コースに乗ることが、いかに難しいことなのかを、如実に物語っていた。


 その時の俺のテンションの勢いを、グラフで表すことができるのならば、まるで粉飾決算が露見した会社の株価のようになっていたことだろう。


「・・・・現実は厳しいもんだよ」


「まあ、そう落ち込まないでよ。総督になるのは無理でも、頑張れば、女神様から魔法を賜ることはできるかもよ?」


 期待を裏切られて、落ち込む俺の内心などお見通しなのか、アンバーがにやにやと笑いながら、同時に俺の肩を叩いた。


 反論は思いつかず、項垂れることしかできなかった。


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