第21話 この世界では、銃よりも弓が強いらしい
――――そうして、外界調査ははじまった。
巨大な大門が、巨人の口のように開かれていく。破れそうな心臓を抱えながら、俺は瞬きもせずに、徐々に全貌を見せていく「外界」を、食い入るように見つめていた。
そして、門が完全に開かれ、重々しい音が途切れた。
目の前に広がっていたのは、風景画の世界からそのまま抜きとられたような、長閑な草原地帯。広大な大地を埋め尽くした緑の絨毯と、その敷地に、木々がまばらに点在している。
そして、彼方に見える森まで、まっすぐ伸びる一本の道。未舗装の道は蛇のように、滑らかに隆起する大地を這い、蛇腹をくねらせて、吸い込まれるように森の中に消えていた。
戦闘の騎馬が進みはじめ、外界調査団は一つの生き物のように、ゆっくりと進行方向へ歩みはじめた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だから、肩の力を抜いて」
緊張でばきばきに固まった足を、なんとか動かしていると、俺の歩き方をおかしく思ったのか、アンバーが話しかけてきた。
「き、緊張なんかしてねえさ。膝の震えは武者震いだしィ」
「ふーん」
アンバーはにやにやしながら、俺の肩を抱く。俺は話を逸らそうと、必死になった。
「そ、そういや、外界調査隊はいくつかの部隊に分かれてるんだよな?」
「うん、大きく分けると、突撃部隊、盾部隊、弓部隊、補給部隊、そして歩兵部隊の五つに分かれるね。説明しなくてもわかると思うけど、一応説明すると、突撃部隊と歩兵部隊が近接戦、弓兵が遠距離からの攻撃をする部隊で、盾兵は守りを担当する部隊ね。最初の四つは国王軍で構成されていて、歩兵部隊のみ、冒険者が配置されるの。それぞれ女神様から、部隊用の魔装防具を支給されてるよ」
「部隊用の魔装防具・・・・」
「支給されるのは、突撃部隊なら魔装剣で、弓部隊は魔装弓と魔装銃だね。盾兵が持ってるのは、魔装盾だよ」
「重そうな盾だな・・・・」
盾部隊と思われる人達は、警官隊が使う、ライオットシールドに似た盾を背負っていた。ライオットシールドのように薄く、鉄製の盾よりは軽そうだが、その分、平均的な男性の全身をカバーできそうなほど大きいので、旅の間、あんなものを背負って歩き続けるのは、大変だろう。
「あれ、重そうに見えるけど、実際に持ってみると、めちゃめちゃ軽いのよ」
「そうなのか?」
「よく見てよ。確かに大きいけど、厚みはほとんどないでしょ? 実際に戦闘になった時に、役に立たなかったら、意味がないじゃない。女神様はそこらへんをきちんと考えて、武具を作ってくださっているのよね。イチローも盾部隊の人と仲良くなったら、持たせてもらったらいいよ」
確かに、魔装盾は薄っぺらい。まるでプラスチックの板のような、驚きの薄さだ。
盾は重いもの、という思い込みがあるからだろうか、盾と呼ぶことを躊躇うようなその薄さを見て、少し不安になる。その薄さのせいで、創作世界で目にする盾の格好良さは微塵もなく、ダサいと感じていた。
「あんなにぺらっぺらで、盾として使えるのか?」
するとアンバーは笑う。
「それは、自分の目で確かめてみるといいよ。びっくりするからさ」
「びっくり・・・・?」
アンバーはにこにこするだけで、答えてくれなかった。
「そういやさっき、魔装銃とか言ってたな。なんで銃を持っている人まで、弓部隊に入れられてるんだ? 銃部隊を作って、分けるべきじゃない?」
弓部隊の大半は魔装銃を持っていて、弓を背負っている人のほうが少数だ。なのに部隊名が弓部隊なんて、納得できない。
「同じ遠距離系の武器なんだから、弓でも銃でもどっちでもよくない?」
アンバーの大雑把な認識に、愕然とさせられる。
「そもそも銃を作る技術力があるなら、なんで銃で統一しないんだ? 銃のほうが使いやすいだろ?」
「それは、銃だと、攻撃力が弱いからに決まってるじゃない」
「銃が弱い・・・・だと・・・・?」
アンバーの口から出てきた、またまたとんでもない言葉に、俺は二度目の衝撃を受けていた。
小型の武器の中で、もっとも強い殺傷力を持つ銃に向かって、攻撃力が弱いから、などと言い放つ人間は、俺が出会ってきた人達の中では、アンバーがはじめてだ。お前は漫画に出てくるような戦闘民族か、という突っ込みが浮かんだが、口にはしなかった。
「弱いでしょ。だって私が食らっても、平気なぐらいだもん」
「いや、死ぬだろ! お前ゾンビかよ!」
「死なないよ。魔装防具を身に着けていればね」
アンバーに言われて俺は今、自分が、女神様から支給された魔装防具を服の下に身に付けていることを思い出す。どうやらこの魔装防具は、銃弾からも身体を守ってくれるようだ。
「戦闘中は銃弾も飛び交うことになるから、ちゃんと兜を被ってよ。じゃないと死ぬよ」
「あ、ああ・・・・でも、本当にこの魔装防具は、銃弾を通さないのか?」
俺に与えられた魔装防具は、シャツのような薄いものだけ、この薄さで、とても銃弾を防げるとは思えなかった。
「信じられない? 安心してよ。ちゃんと銃弾が通らないことは、もう実証済みだからさ」
「・・・・実証済み?」
「私もまだ、冒険者になりたての頃にさ、今のイチローと同じ疑問を持って、魔装防具を着て、弓部隊の友達に、至近距離から銃で撃ってもらったんだよ。ちょっと衝撃があったけど、全然大丈夫だったよ」
「・・・・・・・・」
――――アンバーが、明るく笑って話していることが信じられない。俺だったら、たとえ一千万もらったとしても、そんな危険な実験の被験者になろうとは思わないだろう。
アンバーの場合、お金をもらったわけでもなく、好奇心という単純な要素だけで、そんな大それたことをやってのけたのだ。
「・・・・お前って、本当にすごいよな・・・・」
「私、よく知ってるでしょ? 何でも聞いてよ!」
俺の、すごいの言葉を誤解して、知識方面について褒められたと勘違いしたアンバーは、嬉しそうに笑った。
とにかく、魔装防具で全身を守っていれば、安全なのだろう。銃弾を防ぐほどの防御力ならば、たいていのことからは守ってくれるはず。
「他に気になることはある?」
聞かれて、俺は視線を動かす。
「あの檻は何に使うんだ?」
なぜか数人の兵士が、巨大な檻まで運んでいた。猛獣を閉じ込められそうな大きさの檻だ。
「外界のモンスターを捕獲するための檻だよ。生態調査に役立てるの。捕獲したモンスターは、調査後に元の場所に戻すんだって」
「へえー・・・・」
「まだ何か、聞きたいことがある?」
「・・・・いいや、もう十分だ」
色々な情報を教えられて、頭がパンクしそうだ。
アンバーは、ちらりと、少し離れた場所を歩いているリデカを一瞥する。
「・・・・リデカちゃんって、大人しくて、あんまり喋らないね。緊張してるのかな?」
「あいつはいつも無口だよ。あまり喋らない」
「ふうん。すっごく可愛い子だよね。私、話しかけていい?」
「別に、俺に許可取る必要ないぞ。むしろ、積極的に話しかけてやってくれよ。あいつ、ここに来たばっかりだし、意外と引っ込み思案だから、まだ俺以外に友達ができてないみたいなんだ。無口で、野良猫みたいに警戒心が強い面倒なタイプだから、なかなか距離が縮まらないと思うけど、アンバーの無遠慮すぎる性格なら、きっと無理やり心に入っていけると思う」
「誰が無遠慮だ!」
「うっ」
脇腹にチョップを食らって、俺の口から、空気が抜けるような音が吐き出された。
「じゃ、話しかけてこよっと」
アンバーは俺の隣を離れて、リデカの横に並ぶ。
「リデカちゃん、あらためてよろしくね」
「・・・・よろしくお願いします」
リデカはたどたどしいながらも、ぺこりと頭を下げた。
俺が思った通り、アンバーは強引で細かいところを気にしない性格で、引っ込み思案なリデカにぐいぐい近づいていく。
リデカのほうも、別に嫌がっていないようだ。
二人の様子を微笑ましく思いながら、俺は二人から離れた。
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