第19話 銀髪美少女と赤毛美少女の組み合わせは、あるようであまりない
神殿から出てきた男女が、広場に入ってくるのが見えた。
彼らが国軍の兵士であることは、一目でわかった。
――――精悍な顔立ちに、文句のつけようがない堂々たる体躯、真っ直ぐ伸びた背筋。
彼らが纏う空気は鮮烈で、浮足立っていた新人冒険者達の目を釘付けにするほどの、異彩を放っていた。
俺は、国軍の兵士達の動きを、何気なく目で追っていたが――――その中に混じっていた二人の女性の姿に、目を奪われてしまった。
(綺麗な人達だ・・・・)
――――その姿に、魅入られたように、目を離せなくなっていた。
その二人は、他の軍人とは明らかに雰囲気が違った。
一人は、銀色の髪をきっちりと結い上げた少女だった。
背筋は伸び、横顔はきりりと引き締まっていて、前だけを見つめている。まわりの視線を一身に浴びていても、熱心に見つめている人達に、一瞥も返すことはなく、人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。
華奢だが、やや女性らしさに欠ける身体つきのせいか、少年のようにも見える。
もう一人の亜麻色の髪の少女は、銀色の髪の少女とは、何もかもが対照的だった。肉付きがよくて、顔からは笑顔が絶えない。彼女が振り撒く笑顔と、その笑顔を食い入るように見つめる男達の血走った目が、何とも対照的だ。
そしてこの亜麻色の髪の少女、とても胸が大きい。飾緒(しよくちよ)が、トランポリンをしているがごとく、豊満な胸に揺さぶられていて、思わず俺は、その飾緒の動きを見つめてしまった。――――断じて、胸を見ているわけじゃない。飾緒を見ているのだ。
「あれがリリー・シルト少尉とエリカ・レノア少尉よ」
アンバーが小声で教えてくれた。
「あの若さで、少尉? 少尉って確か、国軍のエリートなんだろう?」
アルカディア軍の軍人の階級は、士官と下士官の、大きく二つに分けられるらしい。下士官は曹兵(そうへい)と呼ばれて、曹長と曹兵の区分しかない。
士官は、佐官と尉官に分かれていて、そこからさらに、大佐と少佐、大尉と少尉という位に分けられている。指揮官は総督が担うので、将官という位はない。
選び抜かれたエリートか、長年経験を積んできた兵士しか、士官にはなれないと、アンサルディさんから聞いている。
「前に話したけど、この国には薔薇七家と呼ばれる名家があるの。シルト家とレノア家も、薔薇七家の一つなのよ」
「そうか。そういえば、前にそんな話をしたな」
最初にアンバーから、この国には貴族や王族のような支配階級はないが、名家と呼ばれる家がいくつかあることは教えられていた。
「薔薇七家は、代々、神殿の守りを任されててね。だから、優先的に階級が与えられることになってるのよ」
二人が男達の前を通る時、男達がそわそわしていることに気づいた。
「・・・・もしかして、そわそわしているのがいたのは、あの子達が原因・・・・?」
「その通り!」
アンバーに満面の笑顔で、目の前に指を突きつけられ、俺は力が抜けた。
「・・・・危険な任務になるっていうのに、なんでこんな時まで、恋愛脳を爆発させてやがるんだよ・・・・」
「むしろ、危険な任務に駆り出される前だからじゃない? ほら、命の危機に瀕すると、子供を残そうとか、そういう本能が働くらしいじゃん?」
「・・・・いや、そういうリアルなこと言うのやめて!」
男達は明らかに浮足立っている。妙に高いテンションで、痛々しいポーズをとる者までいて、まるで遠足前の小学生のようだ。
「・・・・なんだか、遠足に行くような気分になってきた・・・・」
「いいじゃん、いいじゃん、遠足気分で!」
「いや、駄目だろ! 命がかかってるんだぞ!」
目を引くのは、彼女達だけじゃない。よく見れば背の高い美形もいて、今度は女性達の熱い眼差しが、彼に注がれる。
「・・・・あっちのイケメンは誰だ?」
「あれは、エドガルド・ロペス少佐だよ。確かロペス家は、シルト家とは、本家と分家の間柄だったはず」
「美形な一族だな・・・・」
「そうなのよ。薔薇七家は、そろいもそろって美形揃いなのよねえ」
――――もし俺が来訪者という形じゃなく、転生という形でここに来られていたなら、薔薇七家に生まれたかったと、しみじみと思う。そうすれば、俺は念願のイケメンになることができただろう。
その時、軍服を着た一人の男が、シルト少尉に近づいていくのが見えた。
「お、おはようございます、シルト少尉」
彼はおずおずと、シルト少尉に話しかけた。
アルカディアの国民の大半は、俺達の世界の人種にたとえるならば、白系コーカソイドの顔立ちをしている。
その男も、典型的なコーカソイドの容貌をしていた。服装からして、曹兵なのだろう。
がっちりとした輪郭に高い鼻、大きな瞳。身長が高く、肩幅も広い。すべての部品が、イケメンの要素を兼ね備えているのに、なぜかイケメンに見えないという不思議な顔立ちだ。面長すぎること、三白眼で目付きが悪いのに、睫毛が長いというちぐはぐさが、よろしくないのかもしれない。
「俺のこと、覚えてくれていますか?」
シルト少尉は、唐突に声をかけられたことに驚いたのか、一瞬きょとんとした顔をしていた。だがすぐに、微笑を浮かべる。
「おはようございます。ジョン・アレンさんですよね? あなたは自分から志願して、何度も外界調査に参加しているので、覚えています」
「あ、ありがとうございます!」
名前を覚えてもらっていたことがよほど嬉しかったのか、ジョンと呼ばれた青年の顔には、花が咲いたような笑顔が宿る。
「毎年、危険な任務に参加してもらい、あなたには感謝しています。決して簡単なことではないのに、あなたはこの国の人々のために、率先して危険な役割を引き受けようとしている」
「え、ええ、それはもちろん! 俺はこの国のためなら、命は惜しくありません」
嘘付け、その裏側にある、シルト少尉と仲良くなりたいというやましい心が、全身から湯気のように発散されてるぞ。――――思わず心の中で突っ込んでしまった。誰がどう見ても、そのジョンという人物が熱心に外界調査に参加しているのは、シルト少尉と近づくための口実でしかない。
「――――それで、その、シルト少尉」
ジョンは真正面からシルト少尉の目を見ることができないのか、少し俯いて、もじもじしていた。
「はい、何でしょう?」
「よければ、外界調査が終わった後に、俺と食事を――――」
「シルト少尉!」
ジョンが勇気を振り絞って、シルト少尉を食事に誘おうとした、まさにその時、悪意を持って邪魔をするようなタイミングの悪さで、一人の兵士が、二人の間に割って入っていた。
「ロンメル総督が、今回の進路について話し合いたいそうです」
「進路? 昨日、話し合ったはずですが・・・・」
「どうやら、ウォード総督との間に齟齬があったようで、もう一度、調整する必要があるそうです」
「わかりました」
シルト少尉は、話を邪魔されて呆然としているジョンに、目を戻す。
「それでは、失礼します」
「あ・・・・」
シルト少尉は歩きだしてしまう。哀しいかな、ジョンはその後姿を見送ることしかできなかった。
(・・・・盛大にフラれたな・・・・)
シルト少尉が特に何のコメントもなく、気まずそうな表情も浮かべなかったところを見ると、食事に誘われていることにすら気づかなかったのだろう。ジョンが気の毒で、会話もしたことがない人物だというのに、俺は気づけば、哀れみの視線を送ってしまっていた。
すると俺の視線に気づいたらしく、ジョンが凄まじい目つきで睨み付けてくる。
「・・・・何見てやがるんだよ」
「いや、別に」
まずい、フラれて、気が立っている男に絡まれることほど、面倒なことはない。俺は目を逸らしたが、すでに遅いようだった。
「今、こっち見て、笑ってやがっただろ」
ジョンはしつこく、俺に絡んでくる。
「チビのくせして、人を馬鹿にするつもりか?」
無視しようと思っていたのに、チビ呼ばわりされて、言い返さずにはいられなかった。
「うるせえ、俺はてめえみたいな馬面じゃねえよ」
「誰が馬面だ!」
「はいはい、喧嘩はそこまでー」
喧嘩がはじまりそうになると、アンバーが俺達の間に入ってきた。
「その血気盛んな部分は、外界調査で発揮してよ」
「ちっ・・・・」
ジョンは舌打ちして、去っていく。
「それよりもイチロー。あそこにいる子がさっきから、イチローのことをじっと見つめてるんだけど、もしかして知り合い?」
「え?」
アンバー以外に、外界調査の参加者に、知り合いはいないはずだが、と思いながら、俺はアンバーが指差した方向に目を向けた。
「あ!」
外界調査隊の隊員の中に、思わぬ人物を見つけて、俺は声を失った。
「――――おはよ」
なぜか、リデカが外界調査隊の隊服を着て、そこに立っていた。
「なんで、お前がここに――――」
「なに、この子。イチローの知り合い?」
「ああ、そう、この子はリデカ。リデカ、アンバーに自己紹介を・・・・」
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