第16話 一方的に、同棲を決められました


 その後、治安維持部隊の詰め所に連れて行かれた俺達は、そこで報告を待つことになった。


「・・・・どうして、町に戻ってきたんだ?」


 待っている間、俺はリデカに問いかける。


 誘拐犯から逃げ続けるために、森に潜伏することを選んだはずなのに、どうしてリデカは、ここに戻ってきたのか。


「・・・・森の中に入った後に、もしかして、あの男達があなたのところに行くんじゃないかって、気になったの。だから、様子を見に行くことにした」


「・・・・そうだったのか・・・・」


 人助けをできたと、勝手に思い込んでいた。それが自己満足だったことを思い知る。


 人助けで一番重要なのは、その後のフォローなのだろう。金銭的、精神的な問題はもちろん、弱い人達を食い物にする連中ほど、うんざりするほどしつこくて、厄介なのだから。


「でも、よく俺の家にたどり着けたな。第一地区のこと、まだよく知らないんだろ?」


 リデカの話だと、森の中で暮らしていたところを、誘拐され、無理やりここまで連れてこられた、ということだった。第一地区の地理など、よくわからないはずだ。


「イーチロ―が渡してくれたメモを、道を歩いていた人に見せて、どっちに向かえばいいのかを聞いた。みんな親切で、丁寧に教えてくれた」


「そうか、よかった・・・・――――って」


 聞き捨てならない部分に気づいて、俺はリデカに向き直る。


「俺の名前、イーチロ―じゃなくて、イチローだ」


「イチ―ロー」


「違う、違う! 棒が無駄に一本多いんだって」


「イチロー君。フルヤ・イチロー君はいる?」


 その時、待合室に、男が入ってきた。治安維持部隊の、隊員のようだ。

「あ、はい! 俺です!」


 俺は勢いよく立ち上がる。


「誘拐犯は全員、捕まえたよ。君達に、面通しを頼みたいんだけど、今、いいかな?」


「も、もちろんです」


「それじゃ、こっちに来て」


 隊員に手招きされ、ある部屋に案内される。


 そこで待っていると、手枷、足枷を嵌められた男達が、隊員に小突かれながら、入ってきた。


 間違いない、俺の家に入り込んできた、あの四人組だ。取り押さえられる時に抵抗して殴られたのか、顔や腕が、紫色に腫れ上がっている。


 俺は目が合うことを恐れたが、男達はすっかり意気消沈していて、俺に突っかかってきた時の威勢はどこにいったのか、項垂れた頭を持ち上げることすらなかった。


「彼らで間違いない?」


「・・・・ええ、間違いありません」


「そうか、ありがとう。・・・・牢に入れておけ」


 男達は連行された。


「・・・・あの人達はどうなるんですか?」


「神殿の刑務所に送られるよ」


「え? 刑務所が神殿の中にあるんですか?」


「そうだよ。不思議なことかな? 女神様のお膝元が、一番守りが固いんだ。脱獄なんて絶対無理だから、刑務所を造るには一番いい場所のはずだ」


「それは――――そうかもしれないけど――――」


 この国で一番崇高な場所と、一番凶悪な場所が一緒の建物の中にあるというのも、不思議な話だ。


 とはいえ、誰も違和感を感じていない様子なので、別に分けるべき、という俺の考えのほうが、この世界では常識から外れているのだろう。


「安心して。今まで、刑務所から囚人が脱走したことは、一度もないんだ」


 神殿は魔法の力で守られているのだから、魔法が使えない人間が、突破できるはずがない。


「そ、それじゃ、もう大丈夫なんですね?」


「ああ、もう大丈夫だよ。彼らの裁判は、数日後に開かれることになるだろうね。もしかしたらその時に、出廷してもらうことになるかも」


「そ、そうですか・・・・よかった・・・・」


 ようやく、安全が確保されたと実感することができて、全身から力が抜けていく。


「あの人達に、仲間がいる可能性は?」


 そこでリデカが口を挟んだ。


「ああ、それは調査中だ」


「・・・・・・・・」


「不安かい? でも、安心して。誘拐犯に仲間がいる可能性を考えて、念のために、君達には別の住居を用意するよ」


「私は、イーチロ―と一緒に住みます。だから住居は一つでいいです」


「えっ」


「えっ」


 俺は固まり、隊員も目を丸くしていた。


「一緒に住んでいたほうが、どちらかに何かが起こっても、対処できると思いますから」


「ああ、そういうことか・・・・」


 ラブコメでは定番の流れの、好意を爆発させて、可愛い女の子が家に押しかけてくるパターンかと思った。でもリデカには合理的な考えしかないらしく、横顔にはラブコメのラの字もない。


(・・・・あれ? というか、俺の意思は無視?)


 同居という選択は、双方の意思を確認してからするものじゃないだろうか。なのに、リデカはまったく俺の意思を問わずに、勝手に押しかけてこようとしている。


 それに、男と同居することになるのに、危険も感じていない様子だ。


(・・・・いや、この子が俺を脅威に感じるはずがないか)


 曲芸師のような身体能力に、屈強な男を蹴り飛ばす脚力。小柄で細く見えても、おそらく体脂肪率は異様に低いはず。


 ――――長年体力測定に関わってきたアンサルディさんに、圧倒的な貧弱と認定された俺ごときに、危険を感じるはずがなかった。


「わかった。それじゃ、二人で暮らせる広さの家を選んでおくよ。家が決まったら案内するから、しばらくここで待ってて」


 治安維持部隊の隊員はそう言って、詰所の奥に入っていった。


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