第25話 ヴァルキューレの騎行

「車両損失がたったの六両だとは思えない酷い状況だ! ただでさえジリ貧だった物資が、わずか六両の損失で致命的な域に突入しようとしているっ!!」

 またも山あいの町より物資を強奪し、一宿一飯の恩知らずとなったボナパルト将軍は、側近たちに対し怒りを露にした。

「マンシュタインは優れた戦術家である以上に、恐るべき戦略家だ! 私たちの最もして欲しくないことを、的確にやってくれる――。全く元銀行家とは思えない……大した軍人だ!」

 苛立つ将軍をなだめるように副官は肩をすくめる。

「まあ、“銀行家”とはそんなものでしょう。我々とは信仰・・が違いますし、彼らは晴れている時に傘を貸し、雨が降ると傘を返せと言ってくるような人種ですからな。憎たらしいのは自然のことでしょう」

 作戦参謀は多分に偏見を含んだベルモン中佐の発言に、無言で右眉をしかめた。そして万年変わらぬ左の無機質な白仮面に触れつつ、冷静な意見を述べる。

「ザールラント近辺の敵の装備は大したことはないと踏んだ上での強行軍でしたが、今となっては、この前提に誤りがあったように思います」

 将軍と副官が作戦参謀の顔を見やる。

「どういう意味だ?」

 ボナパルトに続きを促され、ランヌは将軍の碧眼を真っ直ぐ見つめ返す。

「今日の攻撃を見るに、敵の兵器はありふれたパンツァーファウストなどではなく、より強力なパンツァーシュレックに類する対戦車ロケット弾である可能性が高いです。パンツァーファウストはロケット弾を使用しないため、射程距離は最大でも100メートル程度です。しかし、今日攻撃を受けた直後に放った斥候が、敵のいた痕跡らしきものを認めた地点は、いずれも撃破車両から直線距離で300~500メートルほど離れていました。パンツァーファウストではまず考えられない射程距離です。プファルツの森に潜んでいる敵は、パンツァーファウストより射程が長く、装甲貫徹力にも優れる対戦車ロケット弾を使用していると見て間違いないでしょう」

 将軍が苦い表情でうなずく。作戦参謀はさらに続けた。

「加えて、兵器だけでなく兵士も問題と思われます。パンツァーシュレックなどは、民兵でも簡単に扱えるパンツァーファウストと異なり、専門の訓練を受けていなければまともに運用することは難しい代物です。重量もあるため射撃前後の移動にも手間と時間がかかります。そんな代物を敵兵は山に登って使いこなしているのです。しかも、軽装の斥候でも簡単には辿り着けないような切り立った崖の上から攻撃を行っているとのことですからね……。今日攻撃してきた敵は、対戦車ロケット弾を使いこなす専門的な訓練を受けた戦車猟兵であると同時に、険しい地形を踏破して困難な作戦を実行できる山岳猟兵のようでもあります。素人民兵を寄せ集めて作ったに過ぎないはずの独立装甲擲弾兵連隊とやらに、そのような極めて練度の高い強者たちがいるのか、私は疑問です」

「つまり、田舎者の即席の義勇兵などではなく、中央より派遣された精鋭の特殊部隊がこの森に潜伏している可能性が高いと?」

 作戦参謀は黙って首肯した。ボナパルト将軍の口からため息が漏れる。

「敵の兵器ばかりか、兵やその練度も見誤っていたわけか」

 無機質な仮面が無言で首を縦に振る。と、将軍を挟んで反対に立つベルモン中佐が口を開く。

「敵は我々の侵攻ルートを予測し、待ち伏せしているのでしょうな。それならば、斥候を先行させ、敵のいそうなところを全て確認してから本隊を進めるほかないでしょう。多少遅れはするでしょうが、撃破車両で道を塞がれて、大渋滞するよりかはましです」

 副官の言葉に、将軍はうなずいた。

「そうだな。敵も降って湧くということはできまいし、必ず前もって潜伏しているはずだ。今日の攻撃でいそうな場所の見当はついたし、本隊が通る前に排除してしまえば、二の舞にはなるまい。……作戦参謀はどう思う?」

 ランヌ大尉はかすかにうつむき、素肌に浮かぶ右目と、白い仮面に埋まる左目を細める。それから数拍の後、怪人の顔が将軍を見上げた。

「そうですね……。敵が降って湧かない限り、それでよろしいと思います」

 ボナパルトは参謀の妙な言いようにかすかに眉をひそめる。神経質なマンシュタインなら即座に問い返しそうだが、結局その“ライバル”は眉間に皺を寄せる以上のリアクションはしなかった。

「マンシュタインの策は枠にはまっている。マンシュタイン・パターンなどという言葉が存在すること自体、軍人として失格だ。敵に対策されやすく、自らの手は少ないということだからな。明日は良い日になる。高利貸しに、軍人の何たるかを教えてやろう」

 真っ直ぐさ故か、側近の前でも素直に敵将を褒めてしまうフレッドとは対照的に、孔雀は敵をあえて見下すことで味方を鼓舞する。ガーリーの偉大な軍人皇帝にならった言動に、副官は素直に頬を紅潮させ、参謀は顔の半分が無機質なままであった。


 将軍が威勢の良いことを言い放ってから夜が明け、侵攻は四日目に突入する。

 糧食は現地調達分、もとい略奪分を含めても底をつきかけており、ガソリンに至っては侵攻ルート上のガソリンスタンドを全て空にしてもなお不足し、とうとう一個歩兵中隊分の装甲車両を道端に捨て置かざるを得なくなった。腹の減った状態で車両を降ろされ、徒歩を強要される事態が師団内で発生したことで、まだ車両に乗れている兵の士気も急激に落ち込んでゆく。ボナパルト将軍は士気の低下に歯止めがかからない状況に焦りつつも、内心では、そもそもザールブリュッケンで火を放ったお前らのせいだろう、という憤りを覚えていたが、そんなものはおくびにも出さない。……おそらく孔雀でなく大蠍なら、毒の二つや三つは吐いて、すでにめぼしい犯人を処刑しているだろう。まあともかく、ボナパルト将軍は山あいの風に茶色の髪を流しながら、士気の低下した部隊を鼓舞し、プファルツの森を突き進んでいく。

 昨晩話し合ったように、本隊に先んじて入念に偵察を行い、敵がいないことを確認してから、戦車の縦列を進める。偵察に抜かりはなかった。行きつくことが困難な険しい崖の上まで調べた。たしかに敵はいなかった。

 が、本隊の進発から四十分で、縦列先頭付近が一度目の攻撃にあい、それによる一時間半の大渋滞が解消された三十分後、二度目の攻撃に再び師団は立往生する。

 工兵隊による撃破車両の処理を待ちながら、砲塔内の車長席にうずくまり、ボナパルト将軍は舌打ちした。

「十分前にいなかった敵が、なぜいるんだ!?」

 右拳が装甲の内側を叩く。若い将軍の荒れ模様に、思わず乗員らが振り返る。ボナパルトははっとして、すまない、と短く吐き出し、静かに頭を抱えた。

 ――攻撃のある十分前まで、周辺に敵はいなかったはずだ。それにも関わらず、どこからともなく重装備の対戦車ロケット弾を担いで現れて、崖の上へ運んだのか? ……よほど擬装に長けていて、発見できなかったのか? はたまた、こちらの偵察兵が通り過ぎた後に天から降って来たのか?

〈敵が降って湧かない限り、それでよろしいと思います〉

 昨晩の作戦参謀の言葉が、不意に脳裏に飛来する。

 ――まさか本当に……? しかし、どうやって? ヴァルキューレを味方にしたとでも言うのか?

 その時、将軍のヘッドホンが、車外からの無線に震えた。

『師団長。こちら第二偵察小隊。上空に不審機を確認。形状は、翼を有する飛行機ではなく、いわゆるヘリコプター型。シュトゥルムガルトの戦いで目撃された偵察ヘリより大型です。攻撃地点付近より飛び立ち、現在、東へ移動中。おくれ』

 ボナパルトは口元をゆがめ、通信機器にかけられた無線機を取り口に押し当てる。

「第二偵察小隊。こちら師団長。報告の不審機は敵機で間違いないか? おくれ」

『師団長。こちら第二偵察小隊。敵機と断定はできず。ただし、状況的に敵機である可能性は高いと思われます。おくれ』

「第二偵察小隊。不審機に対する偵察を継続せよ。当該機に敵の戦車猟兵が搭乗しており、我が方の行く手へ空輸する可能性がある。敵戦車猟兵が不審機より降下した場合は、まずその戦車猟兵を排除せよ。おくれ」

『……師団長。了解しました。通信終わる』

 将軍は髪を掻きむしりながら、無線機を戻す。それから砲塔の天井を仰ぎ見た。

 ――そうか、マンシュタインめ! ヴァルキューレを召喚することに失敗した代わりに、自ら作り出したのか!

 士官学校出身の生粋の軍人たるボナパルト将軍は、銀行出身の異端の軍人マンシュタイン元帥による独創的かつ前代未聞の作戦を直感するも理解に苦しみ、現実を神話に置き換えてとらえる他なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る