第24話 奇襲

「ボナパルト将軍、期待してたが、言われてるほどの名指揮官じゃないな」

 14日の朝、昨日と変わらず平和なプファルツの森をのろのろ前進しつつ、二十歳そこそこの戦車兵が呟く。将軍と同じマレンゴ重戦車に乗り、キューポラのふちに腰掛けながら似合わないタバコをくゆらす。

「なにせ、戦闘以前に、移動に手間取ってやがる。自分で三日でカールスルーエに着く、遅い奴は置いてくとか言ってたくせに、二日でやっと半分とちょっと進んだだけだ。これでどうやって今日中にカールスルーエに到着する気だ? とんだ嘘つきだな」

 車長の言葉に同調するように、車内であざけ笑いが起こる。が、操縦手だけは困惑した声を上げた。

「車長、次の指示を……」

「あ? 真っ直ぐ」

 気のない声で応じると、その通りに戦車が前進する。が、次の瞬間、45トンの車体がぐらりと右へ傾く。車長はキューポラからずり落ちかけながら、止まれ、止まれ! と叫ぶ。操縦手が慌ててブレーキをかけると、車長は肩で息をしながら怒鳴りつけた。

「またか、この下手糞が!! 何やってやがる! 毎度毎度殺す気か! あとちょっとで横転するところだったぞ!! いい加減、操縦手らしく操縦くらいまともにやったらどうだ?!」

 しかし、操縦手は車内以外ほぼ何も見えない空間から、やはり姿の見えない車長に向かって抗議する。

「だ、だって車長が、真っ直ぐ行けと」

「勾配があっただろう!?」

「私からは見えないんですよ! それを踏まえて指示するのが車長の仕事でしょう?!」

「貴様! 俺に盾突く気かっ!」

「今まで抑えてきましたが、文句があるなら、まずご自分の仕事を完璧になさったらどうです?! 私は操縦手として、車長の命令を忠実に実行しているだけだ! 私に責任はない!!」

「それが上官に対する態度か!?」

「何が上官だ! 落ち度のない操縦手を責める前に、役目を果たしたらどうです!? あなたが無能なりに上官だと言い張るなら、いいでしょう。私は部下らしく、今からストライキします。車長が心を入れ替えるか、車長が入れ替わるまでね!!」

 何を抜かすかっ! と車長がキューポラ上で拳を振り上げ怒号を上げる。と、戦車の大渋滞の前方から、見慣れた姿が駆け寄ってきた。

「今度は何だね? なぜ止まっている? この戦車の後ろが数キロ詰まっているんだぞ。早く進むんだ」

 アンリ・ベルモン中佐が青二才の車長に下から大声で呼びかける。と、車長は砲塔の上から叫び返した。

「操縦手に悪態をつかれました! 彼は上官に従順でない! 軍法会議を求める!」

 ベルモン中佐は呆れかえって嘆息する。

「いいから、今は前へ進むんだ。今日中にカールスルーエに到着するという閣下のスケジュールを崩すつもりかね?」

「そんなの土台無理でしょう!」

 車長の嘲笑に、ベルモン中佐は眉をひくつかせ、Quoiクワ?(なに?)と唸る。

「今日中につけるはずがない! 中佐殿は、我々が足を引っ張っているかのように言うが、計画自体に端から無理がある! ボナパルト将軍はマスコミと政府が持ち上げただけの虚栄の英雄だ! 今、生意気な操縦手から車長交代を求めてストライキを宣言されているが、俺は将軍交代を求めてストライキしたい!」

 戦後に軍に加わったばかりで、まともに戦場も知らない青二才の生意気過ぎる態度に、将軍の長年の副官は絶句し、何ら反応も示さず別の問題が発生ているところへ歩いていく。

 態度だけは元帥並みのど素人車長は、ベテラン中佐の反応を勝手に勝利と捉え、キューポラ上で腕を組みふんぞり返る。

「さあさ、俺もストライキだ! 足元には生意気な口だけの操縦手、上には風船のような空っぽの“英雄”――どちらが先に折れてくれるかな?」

 そう言って高笑いした刹那、激しい爆轟が轟き、森の朝が赤く燃えた。


 反射的に地面に伏せたベルモン中佐が、頬に熱を感じながら、恐る恐る顔を上げる。と、真横では、口だけ達者な車長は愚か、マレンゴ重戦車さえ原形を留めておらず、ただ真っ赤な火柱がよく晴れた空に向かって立ち昇っていた。

 ――ついに敵がきたか!?

 再び爆発音が轟く。咄嗟に耳を塞ぎ大地に顔を押し付ける。それからまた少しずつ顔を上げると、今度は前方に見える後続の重戦車が火を噴きこぼしていた。車体前方のハッチを押し開け、火だるまの乗員が断末魔を切れ切れに上げながら、山道へ零れ落ちてくる。救いたくとも、真っ赤な火は装甲服を突き抜け、肌は赤くただれ落ち、今にも骨が見えそうだ。ベルモン中佐が歯噛みしていると、直に絶叫も止んだ。

 あとに残されたのは静寂と、山あいの狭い道を塞いで燃え上がる二両の元戦車である。おそらくは敵の一瞬の奇襲だったのであろう二度の爆轟で、失った戦車はたった二両だが、第二機甲師団が受けたダメージはそれに留まらなかった。

 その二両の火を消し止めた後、40トンを超す戦車の残骸を二つ、戦車兵総出の人力で真横から押し、なんとか道の端に押しやり、ぎりぎり戦車一両が通れるスペースを確保してから、後続の部隊を慎重に通過させる――ほんの二両の損失により、計画に対し五時間の遅れと、相応分の物資不足という甚大な被害を被ったのである。

 しかも、五時間の遅延を抱えて縦列がようやく進み出した矢先、再び新たな二両の損失と四時間半の遅延、そして、相応分の物資不足を発生させる攻撃を受けた。姿の見えない攻撃に、ボナパルト将軍が苛立っている間、隊列の他の箇所でも同様の被害が発生し、結局侵攻四日目、夜明け前から日没後までの第二機甲師団の移動距離は、昨日の十分の一以下の2キロ程度に留まった。

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