第22話 元帥昏倒

「我が第二機甲師団のモットーは、神速である。ここザールブリュッケンより、カールスルーエまでの距離は約140キロ。通常の機甲師団であれば、最大一週間かかる道のりだ。諸君、心しろ。“天翔ける孔雀”は三日で踏破する。落伍者は置いていく。死ぬ気でついてこい。以上。全車、Enオナ avantヴォン!(前進!)」

 ボナパルト将軍が無線機を置くと、師団の縦列の先陣を切って将軍の戦車が走り出す。スポーツカーのようにエンジンを高鳴らせ、もうもうと排気ガスを吐き出し、青緑色のマレンゴ重戦車が風を切って疾駆する。宣言通りの容赦ない加速と快足に、部下たちも慌ててエンジンをふかし、必死に後を追う。ボナパルト将軍はキューポラより顔を出し、かすかに背後を振り返った後、前方へ向き直る。行く手は、なだらかな上り坂だが、森林などもなく農地が開けていた。戦車部隊が全速力で駆け抜けるにはうってつけの地形だ。

「操縦手、そんなものか? もっと出せるだろう」

 車長の煽るような言葉に、操縦手は笑いをこぼし、左右履帯のギアをさらに上げて加速する。神速を尊ぶボナパルトの愛馬マレンゴは、最高時速50キロと、世界の量産重戦車の中では群を抜いて最速を誇る。量産されていないものまで含めると、マンシュタイン元帥の新たな相棒となったスコーピオン超重戦車の最高時速70キロが王者となるが、あれは世界に一両しかないし、色々変態的過ぎるので同じ土俵に置くべきではないだろう。

 ともかくそんな快足重戦車と、それ以上の速力を持つパリス中戦車を中核とする第二機甲師団は、世界の機甲部隊の中でもトップクラスの俊足を誇ると言っても過言ではない。ただし、ボナパルト将軍にはある懸念があった。

 ザールブリュッケンからカールスルーエまでの道程約140キロのうち、機甲師団が全速力で走れるような平野部はおよそ90キロ。あとの50キロは、難地形の中を突破する必要がある。

 一つ目がプファルツの森。プロイスのラインラント・プファルツ地方南部とガーリー本国にまたがる広大な山岳森林地帯だ。隘路の上、勾配が多く、さらに見通しの悪い山の森の中を、40キロにわたり横断しなければならない。熟練した戦車兵だって抜けるのに緊張する場所を、素人だらけのこの師団でやってのけなければならない。しかも、たとえ不意を突いたとはいえ、敵が黙って通してくれるとは限らない。

 二つ目が、バーセン地方の中心都市、カールスルーエを目前としたライン川西岸の低湿地帯ラオターニーデルング。無数の小川が毛細血管のように流れる泥濘地で、正直戦車部隊としては迂回できるのならしたい地形である。しかし、奇襲効果を活かすためには、多少のリスクを追ってでも可能な限り一直線で、最短ルートで進みたい。部下の練度が気になるところではあるが、ボナパルト将軍は、落伍者を容赦なく沼地に放置していく覚悟で、湿地帯10キロの横断を決めていた。

 この行程140キロを、三日で踏破すれば、間違いなく戦車部隊の運用戦史上、奇跡的な例として残るだろう。“天翔ける孔雀”は、そんな夢想を抱きながら、部下を叱咤し師団の先頭を疾駆する。

 ひとまず11月12日は、ザールブリュッケンより60キロをひた走り、第一の難所プファルツの森手前の町を瞬く間に占領して夜を越した。

 なお、同日夜遅く、ミュンヒェルンの統合司令部で、参謀本部より提出された第一装甲師団の移動計画を確認していたマンシュタイン元帥は、唐突に、ガーリー第二機甲師団がプファルツの森の西端に到達したと情報総監から報告を受けると、思わず叫んだ。

「出鱈目を言うな! 今朝、ザールブリュッケンを出立したというのに、そんなところにいるはずがなかろう!」

 これは当然の言葉だった。60キロ移動するのに、普通の戦車師団なら、数日はかかる。だからこそ、ロマーヌ・エロー上級大将から証拠の写真を見せられた時、三十六時間以上寝ていなかった元帥は、ついに泡を吹いてぶっ倒れたのだった。






 11月13日の夜明け前。ガーリー軍第二機甲師団は、町の物資を奪えるだけ奪い腹を満たすと、青緑色の戦車を中心に数キロに及ぶ一列縦隊をなして町を出て、闇に満ちたプファルツの森へ踏み入っていく。

 これら略奪という戦争犯罪と、移動という軍事作戦の全貌は、昨夜、急遽送り込まれた自由軍情報隊の諜報員のカメラに収められていた。同時に、第二機甲師団の物資と移動に関する報告が、極秘回線でミュンヒェルンの情報総監府にもたらされ、その後直ちに作戦全体をコントロールする参謀本部に連携された。

 元帥は気を失ったように寝たまま……と言うより、気を失ったままだが、事前に統合司令部で決定していた計画――Operationオペラツィオーン Heraヘラ(ヘラ作戦)に基づき、参謀総長は作戦の第一段階の実行を指示した。元銀行家に過ぎないアイゼンシュタイン上級大将は、頼りになる上官がいつ目を覚ますのか、内心気がかりで仕方がなかった。が、勤め先の銀行を潰され徴兵された後、同じようなプレッシャーに長らく元部下たるフレッドが晒されていたのだということに、今更ながら気が付くことにもなった。

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