第20話 元・エース機甲師団

 ボナパルトは首を横へ振った。

「少なくとも、それこそ昨年の黒の森作戦の直後くらいまでは、規律を保っていた。そもそも、それ以前の第二機甲師団と言えば、知っての通り、ノルマンディー上陸作戦後、パリスに一番乗りで入城し奪還を果たした精鋭部隊で、栄誉あるガーリーの解放者だった。相応に士気も練度も高く、それに応じて規律も厳格に守られていた。しかし、今年に入ってから、再度ガーリーに侵攻してきたマンシュタインの装甲師団に追い立てられる中で、ベテラン兵を大勢失った。元銀行家が“西部戦線の覇者”に化ける養分にされたのだ。空いた穴は、戦後、ろくな教育も戦闘経験もない素人たちによって補充された。敗戦国を占領するだけなのだから、軍隊も戦場も分からないようなど素人の新兵でもいいだろうと、上は判断したのだろうな……。実際、今の師団で、現在の反乱以前に戦闘経験が――マンシュタインと戦った経験があるのは、私やベルモンなど数十名しかいない。要は、今の第二機甲師団は、数十人の軍人と、約二万人のピクニック気分の悪童から成っているのだ。師団長として精一杯の努力はしているつもりだが、悪童の数が多すぎる」

 なるほど、とランヌ大尉はうなずく。

「軍上層部の怠慢を、押し付けられたようなものですね。そのようなところに、この私を着任させた元帥に、可能であるなら文句を言いたいところだ」

「大尉。そのような発言は、冗談でも慎むべきだ。私も上層部に対して思うところがないわけではない。だが、兵士を前にして師団司令部の人間が、総司令部や元帥に対し批判がましい言動を取るなど、ますます規律を崩壊させるものだ。軍隊の秩序はあくまで上意下達であって、我々はそれを率先して守るべき立場にあることを忘れてはならない」

「以後気を付けます。ですが、地面に伸びて寝ているような連中が、今の会話を聞いているとは思えませんよ」

「それでもだ、大尉」

 将軍に真正面から見つめられ、やっと作戦参謀は黙ってうなずいた。

 将軍がブラウンヘアをかき上げ、嘆息する。

「そろそろ酔っ払いのクズどもを起こせ。東へ急がねば」

 ランヌ大尉が意外な表情で見つめてくる。

「東へ? カールスルーエへ向かう前に、ザールブリュッケンの惨事を引き起こした兵士を探して裁くべきでは? そうしなければ、規律の保ちようがないと思いますが」

 ボナパルトは歯噛みして、首を左右に振った。

「先ほど言った通り、正直なところ、第二機甲師団は無法者の集まりだ。そんな中で正義を振りかざし、虐殺の引き金を引いた兵を処刑しても、士気が低下するだけだし、むしろ正論であるはずの私への逆恨みが募り、指揮系統に支障をきたす危険性さえある。犯人探しは、勝ってからじっくり憲兵隊にお願いする。今はそれより、沸騰した士気を保ったまま、ガーリー軍占領地の奪還を果たすべく、速やかに軍を進めるべきだ。マンシュタインも予期せぬ場所からの攻撃に驚いていることだろうから、敵の態勢が整う前に、奇襲効果を持続させたまま、最速で進撃したい」

 作戦参謀はしばし黙考し、やがてうなずいた。

「確かに今の私たちの最大の強みは、奇襲に成功したことです。それを十二分に活かすということであれば、戦術上、疑問の余地はありません。カールスルーエへ、そしてその先へ急ぎましょう。自由軍めが迎撃態勢を完成させる前に」

「閣下。ザールラント北部の占領地域か本国から、先に補給を受けておいた方が良いのではありますまいか? 昨晩の火災で愚かなことに、武器弾薬や物資を相当量焼失してしまいましたし、先はまだ長いですぞ。物資不足で敵地に孤立することは避けませんと」

 副官の指摘に、ボナパルトは苦い表情を浮かべる。ザールブリュッケンの大虐殺は、プロイス市民への被害のみならず、街を焼き払った火災が自軍の物資をも燃やしてしまうという自業自得な損害をももたらしていたのだ。作戦期間中、装甲部隊を満足に動かすだけのガソリンや、満足に戦闘するだけの弾薬、それに満腹で戦えるだけの糧食が、侵攻一日経たずして、不足するかもしれないと懸念される事態に陥っていた。

 計画では、第二機甲師団はザールブリュッケンを奇襲後、敵の態勢が整わぬうちに、直ちにバーセン地方の主要都市カールスルーエへ向けて進撃する予定である。侵攻ルートに当たる地域における占領統治の再生と、補給路の再構築は、第二機甲師団でなく、現在ザールラント北半に退避している占領部隊や本国からの増援が、先陣を切る“エース機甲師団”の後方に進出して担うこととなっていた。つまり、第二機甲師団はしばらく無補給かつ半ば敵地に孤立した状態で前進し、後から補給路が完成することで、カールスルーエ奪還後に初めて補給を行い、その後も継続してバーセン地方を南へ侵攻するという手はずになっていたのだ。なお、自由軍第一装甲師団との会敵は、カールスルーエでの補給後になると見通されていた。

 その作戦の前提が、端から、未熟で愚かな兵士たちの火祭りによって覆ってしまったのである。たしかにベルモン中佐が暗に主張する通り、前提が崩れた以上、当初の奇襲作戦に固執せず、一旦腰を据えて準備を整えてから侵攻を再開した方が現実的かもしれない……。

 しかし、ボナパルト将軍は最終的にNonノンと首を横へ振った。

「多少無理をしてでも前進する。兵の士気、と言うより殺意だけはあり余るほど高いし、これをザールブリュッケンでくすぶらせておくのは下策だ。奇襲効果で敵が動揺しているうちに、カールスルーエまで行ってしまおう。見たところ、この辺の敵――独立装甲擲弾兵連隊とやらは、ろくな武器を持っていないようだし、侵攻も補給路の確保も、計画よりスムーズに進むだろう。だから心配は無用だ」

 いささか楽観論に聞こえなくもないが、将軍に言い切られ、副官はもはやうなずく他なかった。

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