第19話 ザールブリュッケンの大虐殺

Anアン dieディー Freiheitフライハイト!   12. Nov. 1945(1945年11月12日)》

〈ガーリー軍侵攻 ザールブリュッケンで大虐殺〉

『 黒の森作戦より一年が経った昨日11月11日の夜中、ガーリー軍は平和戦線による平和的な呼びかけを無視し、卑劣な侵攻を開始した。ただ自由と公正を求める我々を一方的に悪と断じ、ボナパルト将軍率いる第二機甲師団がライン川支流を越え、己が欲を満たさんために、産炭地域ザールラントの中心地たるザールブリュッケンを急襲した。

 同市における被害の全容は明らかになっていないが、近傍諸都市から繰り返し巨大な爆発音が確認され、一晩中赤々とした火炎が街より上がっているのが認められたことから、ガーリー軍による筆舌に尽くしがたい非情な攻撃と虐殺が行われたことは火を見るより明らかである。また、ザールブリュッケンより辛うじて脱出してきた住民は、涙ながらに次のように訴えた。『ザールブリュッケン独立装甲擲弾兵連隊は一人残らず、立派に命果てるまで郷土防衛の任務を果たした。対して、ガーリー軍はそのような立派な若者たちの郷土愛や使命感をあざ笑うように、連隊を殲滅した後、逃げ遅れた女子供を凌辱し虐殺し、金品を略奪した上、家という家に火をつけて、盗んだ酒を喰らっていた。奴らは人じゃない。人にあんなことはできない。ガーリー軍とボナパルトは悪魔だ!』

 ザールブリュッケン憲兵管区に隣接する地域では、各管区憲兵司令部より市民に対し避難命令が発されている他、同地域の独立装甲擲弾兵連隊にはそれぞれ臨戦態勢が、自由軍統合司令部より命じられている。全てはガーリー軍の不当な侵攻から、市民を守るための措置だ。第一攻撃目標となったザールブリュッケンでは、想像を絶する大虐殺が発生した模様である。ガーリー軍襲来にあたっては、軍務にない市民は速やかに退避し、独立装甲擲弾兵連隊の勇敢な兵士らは一歩も退くことなく各々の責務を果たされたい。スコーピオン自由軍は断じて兵士の命を軽んじないが、降伏した場合、人道も法も知らない未開のガーリー軍は、本来守られるべき捕虜を不法に殺害する可能性が極めて高い。それもただ殺すのではなく、地獄のような苦しみと辱めを伴うおぞましい殺戮だ。郷土防衛の勇士たちは、徹底的かつ激烈な抵抗をもって、の非文明に対し文明的な正義の有りようを示して欲しい!

 昨晩のうちに、スコーピオン自由軍第一装甲師団に対し非常呼集がかけられ、卑劣なガーリー軍に正義の鉄槌を振り下ろすべく中央陸軍も行動を開始した。同師団の本格的な作戦開始までは、特にガーリー国境沿い諸都市の市民は、常に管区憲兵司令部の避難命令に即応できるよう備え、独立装甲擲弾兵連隊の全兵士は、郷土防衛の責務を全うされたい。我々の日常を取り戻すため、愛する人々と、愛する郷土を守る覚悟を、人ならざるガーリー軍に教えてやるのだ。Fürフュア Freiheitフライハイト undウントゥ Gerechtigkeitゲレーヒティッヒカイト!(自由と公正のために!)

 なお、国際社会に対しては、ザールブリュッケンの大虐殺に対し、法の下の公正に基づき、ガーリー共和国陸軍第二機甲師団師団長フィリップ・ルクレール・ボナパルト少将らを、民間人を虐殺した戦争犯罪人として当然処断するということを――あえて申し上げる必要はないことと思うが――あらかじめ確認願いたい』




 ザールブリュッケン南方のザール川の岸、長大なマレンゴ重戦車の影に佇むボナパルト将軍が、今朝の平和戦線機関紙の即席ガーリー語翻訳を読み終え、ぞんざいに紙片を副官へ回す。アンリ・ベルモン中佐が、プロイス語を解する下士官が将軍の命で即座に訳したメモを読む。数分かかって読み切ると、嘆息とともに作戦参謀へ手渡す。

「酷い言われようですな」

 将軍に同情するように言うと、当の本人は地面を蹴ってまくし立てた。

「だが、当然、敵からはそう見えるだろう。私は、許されざる虐殺と破壊の限りを尽くした第二機甲師団師団長ボナパルト少将だ。たとえ、実際は命がけで暴走する部下を止めようとしていたとしても、他所から見れば“悪魔”と呼ばれても仕方がない。事実、私には無法を働く部下を止めきれなかった上官としての責任があるし、ギロチン台に登る覚悟はできている」

 作戦参謀ルイ・ランヌ大尉は、顔の左半分を覆う白い仮面を触りながら、メモより目を上げる。

「このままでは、ガーリー軍はプロイス市民の敵に留まらず、世界の悪役ですね。対して、スコーピオン自由軍は、ザールブリュッケンでのおぞましい“人道に対する罪”を裁こうとする正義の騎士です。この記事を読めば、最近のガーリーの動向に疑心暗鬼で、かつ人道を愛する合衆国や連合王国の政治家や主要メディアが平和戦線に同調する可能性がありますし、好戦的なガーリー国民でさえ軍に憤りを感じる恐れがあります。ガーリー共和政府とガーリー軍が、国際的にも、国内世論的にも浮いてしまう危険があります」

「この記事の内容は、当然マンシュタイン元帥が監修しているはずだ。特に記事の最後、三重に連合軍を皮肉る文章など、本人の筆だろう。彼の狙いには、味方を鼓舞するだけでなく、戦場のはるか後方、諸外国のメディアや政治家を誘導して、反戦の民意を高めさせたいということが事実あるのかもしれない。優れた戦術家であるに留まらず、大胆不敵な戦略家でもあるとは、全く羨ましい限りだよ」

 ボナパルト将軍はそう吐き捨てた。典型的な前線指揮官である将軍に対し、作戦参謀は首を縦に振った。

「たしかに戦争を終結させるために、何も野戦は必須ではありませんからね。敵国内で厭戦世論を高めることでも、戦争は終わらせられます」

 将軍は頭を掻いて、わずかに首を縦に振った。それから気だるげに顔を上げると、二つの碧眼が朝日に包まれるザール河畔の光景を眺める。

 ライン川の支流は、早朝の白い日の光を浴びてダイヤモンドのように輝き、対岸のガーリーの街の姿をかすませる。目を細めて、自分たちのいるこちら岸に焦点を合わせれば、己の部下たちが、虐殺に満足した様子で豚のように転がって寝ていた。将軍は胸に痛みが走るのを感じ、眉間に皺を寄せる。その脇に立つ副官も、嘆息とともに目を閉ざす。そんな二人の反応を見て、師団に着任して間もない作戦参謀は尋ねた。

「第二機甲師団の規律がこのように悪いのは、以前からなのですか?」

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