第17話 元帥と公爵

Halloハロ?(もしもし?) ああ、私だ、マンシュタインだ。……そうか、無事撃退したか。搬出の方は……? 分かった。しかし、油断は禁物だ。まだ金塊は金庫に収まっていない。輸送中も引き続き気を引き締めて頼む」

 スーツ姿の元帥は黒い受話器を静かに置く。そして、一つ息をつくと、社長室の脇のソファに向けて微笑んだ。

Sorryゾリ toトゥ interruptインタラプトッ yourユア storyストリ.(お話の最中に申し訳ない)」

 元帥からプロイス語訛りで話しかけられ、軍服の紳士は穏やかに、気品の漂う発音で返す。

「No problem. It didn’t take long for a cup of tea to get cold.(お気になさらず。紅茶が冷めるほど長くはありませんでした)」

 フレッドは破願して、ソファに歩み寄る。そして、賓客・・たる捕虜の前に、足を組んで座った。

「良い茶葉を取り寄せられず、申し訳ない。スコーピオン・グループは未だ世界からは孤立しているもので……。お詫びという訳じゃないが、せめて今宵は、これで酔って欲しい」

 英語でしゃべりながら、強烈なピート臭漂うスコッチのグラスを掲げる。印象的な鷲鼻をかいて、鉄公爵アイアン・デュークこと、ブレナム公アーサー・ウェルズリーは、同じ酒の入ったグラスを仰いだ。

「……ラフロイグは、やはり強烈ですね。Although, not too bad(だが、悪くない)」

「お口に召したのなら幸いだ」

 そう言って、グラスの底を天に向けて仰ぐ。それから空になったグラスに水瓶を傾け、グラスに水溜まりを作ると、緑色の瓶の栓を抜き琥珀色の液体を注ぎ入れる。そして薬のような個性的な香りを楽しみながら、熱い液体を喉へ流し込む。

 ブレナム公は、満足気に一杯を堪能する元帥を見つめて尋ねた。

「何か祝杯ですか?」

 マンシュタイン元帥はグラスをローテーブルに置いて、肩をすくめる。

「ご想像にお任せしよう」

 と言いながら、口角は自然と上がってしまった。

 ブレナム公は、客であるものの捕虜であるという微妙な立ち位置を弁え、それ以上の追及は避けてグラスを乾かす。

 フレッドと同じように若干の水と十分なウィスキーを注ぐと、足を組んでグラスを揺らした。

「聞くところによると、元帥は戦争があまりお好きでないらしい。プロイス国民からはもちろん、敵の将軍――私も例外ではないが――、それに敵国の政治家や市民からも敬意とともに畏怖されるほど稀有な軍事的才能と品格の持ち主なのに、どうしてです?」

 唐突な問いに、フレッドはグラスを左手に持ったまま、右手で前髪をかき上げる。

「その……いわば他者が言うところの品格故ではないかな。そんな高尚なものを持っているつもりはないが、昔から争いごとは嫌いでね。まあ、理不尽がはびこるのはもっと嫌いだが」

「確かに理不尽はよろしくない。……ああ、なるほど。それが今、戦う理由ですか。“争いごとが嫌い”なあなたが」

 まあ、そんなところだ、と実際の経緯はともかく本音の一端を吐き出し、頭を掻く。鉄公爵アイアン・デュークは笑顔でその様子を見つめた後、不意に視線を逸らし短く嘆息した。

「私にしてみれば、戦場は栄光を掴む場だ。ブレナム公爵家の先祖たちが代々そうしてきたように、私もこの大陸で栄光を掴みたかった……。それが北アフリカでは終わりにケチがつき、戦後にようやく上陸できた欧州では二度元帥に敗れ、ここミュンヒェルンへ“引っ越し”することになってしまったわけです。正直、私は元帥が羨ましい。あなたの才能と今の立場なら、戦場の栄光も栄誉も欲しいままでしょう」

 フレッドは、はっと笑うと、肩をすくめた。

「そんなに羨ましいなら、代わって欲しいくらいだ。同じ鋼鉄の箱でも、戦車より金庫の方が性に合っててね」

 公爵は、元帥の言葉に思わず低い声で笑った。両者ともにグラスを傾けると、少しの間をおいて、今度はフレッドが口を開く。

「ところで、どうしても聞きたいことがあるんだが……」

「適法な尋問であれば、いくらでもどうぞ」

 おどけた仕草で両手を広げる鉄公爵アイアン・デュークに、フレッドは苦笑を浮かべる。

「別に尋問する気はないさ。ただ、シュトゥルムガルトの戦いで、連合王国軍とガーリー軍が合衆国軍に協力した訳を知りたいんだ。私のささやかな・・・・・奇襲計画を、根本から叩き潰した戦略的奇襲だった。戦場で、戦闘が始まった後に、期せずして四倍の敵に対峙することになったと分かった瞬間は、正直ぞっとしたよ。私が見落としたのか、情報隊が掴み損ねたのか、或いはあなた方にとっても奇襲的な援軍要請だったのか、知りたくてな」

 ブレナム公は一度うなずくと、快く話し出す。

「少なくとも私にとっては、寝耳に水でした。連合王国軍占領軍総司令部はずっと、自国軍以外の落ち度を要因とした第三者の占領地域における反乱――もとい元帥のおっしゃる解放戦争に対し、兵も弾も全く差し出す余地はないという方針だった。それが10月半ばになって突然、20日に援軍としてシュトゥルムガルトへ出撃するよう、私に命じてきたのです。急な方針転換に思わず訳を尋ねましたが、正直申し上げて、総司令部もあまり事情を把握できていなかったようだ」

「総司令部なのに?」

「その通りです。何しろその命令は、首相から一方的に伝えられたものだったのです。私が総司令部で聞いたやや曖昧な話としては、大統領から首相に直接、スコーピオン自由軍によるシュトゥルムガルト駐屯地への攻撃計画の存在を伝えられ、これが合衆国軍占領軍をいよいよプロイスから消し去る恐れがあるものだとした上で、分割占領の連鎖的崩壊を防ぐべく部隊を出してほしいと電話で依頼されたそうだ。ああ、この電話は高度に機密化されたもので、並大抵の諜報機関では傍受できなかったでしょう」

 気遣いを装う紳士の言葉のうちに棘を感じ、フレッドはかすかに眉をしかめる。

「ただ、首相が分割占領の連鎖的崩壊の現実化を危惧して同意したとは思えません。その危険性は以前から承知していましたし、我々は独自に対策を施していた。それが一転して、あれだけ否定していた援軍派遣を決定したのには、噂程度ですが、反共政策で両国が足並みをそろえる何かしらの確約が交わされたとか、核兵器等の重大な軍事技術や情報の提供を引き換えに受ける約束をしたとか、そうした背景があるようです」

 フレッドはグラスを傾けると、首肯した。

「まさか首相も、約束を交わした相手が直後に憤死するとは思ってなかっただろうな。新大統領が約束を守ってくれればいいが」

 憤死の原因にして大統領選を操る黒幕が、唇の右端を吊り上げて冷たく笑う。このとんだ笑みには、ウィットに富むブレナム公も、全ての事情を知る訳ではないが、さすがに引きつった表情を浮かべる他なかった。

 元帥は口角を戻し、話を続ける。

「ガーリー軍の方は何かご存じで?」

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