第12話 黄金列車

 黄金ゴルトの輝きは、いつの世も人を魅了する。それは実利を超えたロマンの面でも、極めて実利的な面においても変わらない。

 平和戦線に先立つプロイスの自治的支配者であった第三帝国も、黄金を喉から手が出るほど求めた。その欲望の強さは、人類史に刻むべき凶悪さであった。アーリア人の優秀さを信じて疑わなかったちょび髭の一味は、一方的に敵と見なしたユデ人の私有する金銀財宝を簒奪し、極めて優秀らしいアーリア人の生存圏を拡大する聖戦・・の戦費にあてたのだ。その黄金強盗は、自国内に留まらず東欧にも及び、特にユデ人の多かったポーラントでは徹底した簒奪が行われた。しかも、結局そうして調達した戦費を有効に活かすこともなく、戦況が悪化してくると、現地で貯め込んでいた黄金をプロイス本国へ引き上げ始めた。運搬方法は様々だったが、中でも大規模な輸送となったのが、鉄道輸送である。強力な機関車が蒸気を吐き散らしながら、冷たい鉄のレール上を滑って、大地が沈むような量の財宝を運んだのだ。しかし、さらに敵軍が本国まで侵攻してくると、いよいよ黄金列車は逃げ場を失い、それでも敵にくれてやるものかと、苦肉の策としてトンネル内に厳重に封をされ埋められたそうだ。こうして封印された黄金列車は複数存在するとまことしやかに囁かれている。


 そして、それらの噂を聞きつけたスコーピオン・グループ総帥マンシュタインは、第三帝国が東欧のユデ人より簒奪した黄金の……言ってしまえば再簒奪を図ったのである。

 スコーピオン・グループとしても、実利的に山のような金塊が必要なのだ。自社製通貨のスコーピオン・ターラーを、国外との取引用に金本位制に基づき発行するために、相当量の黄金の保有が必須なのである。

 しかし、戦後の廃墟より立ったばかりの平和戦線やスコーピオン・グループに、そんな黄金の蓄えはない。そこで、総帥は第三帝国が富裕なユデ人や占領地より収集したという、総量の計り知れない莫大な埋蔵金に注目し、平和戦線領域内を徹底的に探索している。これが黄金を求めた狩猟、ゴルトイェーガー黄金狩り作戦なのだ。


 常識的に、簒奪された個人の財産を再簒奪する行為が正当化される理由は全くないように思えるが、フレッドは予めそうした批判を封じるべく手を打っていた。


 スコーピオン自由軍の最高司令機関たる統合司令部が直接主導する特殊作戦ゴルトイェーガーは、第一義に、第三帝国が簒奪した金銀財宝の返還事業であるとしたのだ。ただし、フレッドは、発見された財宝の正当な所有権者が不明な場合は、公共の用に供すると続けた。公共の用とは、すなわち、金銀財宝、特に金塊をスコーピオン社の所有財産とし、金保有高を増やし、国外取引における金本位制に基づくスコーピオン・ターラーの流通可能量を増大させ、資源を輸入し、スコーピオン経済圏の発展拡大と、解放戦争の進展につなげる、ということだ。平たく言えば、持ち主が分からない金銀財宝は、平和戦線が不当と主張する悪魔的な占領支配から市民を解放し、人権を擁護するために使う、という意味である。

 これを聞くと、なるほど持ち主不明の財産を、仕方ないので公のために使うと言うのであれば、合理的だと思えるだろう。スコーピオン・グループは形式上、私企業である一方、平和戦線が筆頭株主であるという点では、事実上の国有企業とも言える。そのグループの指令塔で通貨発行も担うスコーピオン社が、所有者不明の財産を公共の目的で有効に使う、というのは一見筋が通っている。

 ただ、グループ総帥は、自由軍が収集した財宝の所有権の証明は、第三帝国が簒奪する以前の所有権者本人か、その配偶者または一定範囲内の親族が自己の責任においてすること、と条件を付した。……一個人が、そんな立証をするのは容易ではない。簒奪者たる第三帝国が、マメに誰から収集したかリストを作っていたかもしれないが、戦後の混乱の中、そんな紙切れ・・・とうに散逸しているだろう。しかも、簒奪の被害にあったのは、大半がユデ人だ。身ぐるみ剝がされた後、強制収容所に放り込まれ、多くが死没している。親類縁者がわずかながら生き残っていたとしても、ほとんどの場合、故郷は焼け野原であり、所有権を主張するに足る証拠を提出するのは現実的に困難な場合が多いはずだ。

 以上の小難しいフレッドの言い分を簡潔にまとめると、第三帝国の簒奪した金銀財宝を本来の持ち主に返すためにゴルトイェーガー作戦を行います、ただし、自分のものだと言うならご自身か近親者が証明してください、できなければ市民の自由と公正を実現するため、スコーピオン経済圏の発展と解放戦争の遂行用に使います、ということだ。さらに踏み込んで社長の本音を表すと、ぶっちゃけ返す気はないです、我が社で有効に使います、となる。


 ユデ系プロイス人の大貴族であった参謀総長エリーゼ・フォン・アイゼンシュタイン上級大将は、先祖代々経営してきた銀行の財産と一族の巨万の富を丸ごと第三帝国に簒奪されるという悲劇的な受難を経験しているため、元帥の半ば詐欺的な・・・・ゴルトイェーガー作戦の説明に、内心では納得し得ぬものを抱えていた。何しろ自身や一族の財産が、いずれスコーピオン社の金庫にほとんど強制的に納められる可能性があるのだ。それでも、元部下、今は上官のとんでもない詭弁・・・・・・・・に従って、参謀総長としての職務を黙々と遂行していた。この我を捨ててスコーピオン経済圏発展を目指す元帥命令に服従する姿が、内心言いたいことがある部下や市民たちを、黙らせたと言っても過言ではない。……或いはフレッドは、元上司の生真面目な性格を理解した上で、そうなることを計算に入れていた可能性もある。仮にそうだとすれば卑劣極まりないが、そんな手段まで許容してしまう冷徹さこそ、死線をくぐり抜けることを余儀なくされた者の哀れな思考なのかもしれない。


 もっとも、いざ目的の黄金列車らしきものを発見した現場の工兵らは、正義感など頭になく、純粋に宝探しに心を奪われていた。花より団子、正義より金――後者の方がより真実味があるかもしれない。

 第七次ゴルトイェーガー隊に召集された戦闘工兵たちは、懐中電灯を片手に蒸気機関車の脇を歩いてゆく。トンネルの天井からは凍る寸前の水が滴る。一行は、上から襲い掛かる凍てつく雫に時折震え上がりながら、足元でバラストの砂利を賑やかに踏み鳴らす。軍靴で小気味よい音を立てながら廃トンネルの奥へ進んで行くと、機関車に接続された大きな炭水車の後ろに、密閉された木製貨車の行列が現れた。

 先頭を歩いていたユーティライネン少尉は立ち止まり、固唾を飲んだ。そして、軍曹⤵⤴、と呼びかけ、一両目の貨車を指し示す。行って開けてこい、という命令を察し、隣に控えていた軍曹が一人歩み出て、貨車の目の前に立つ。しかし、左右にスライドして開けるのであろう貨車の扉には、巨大な南京錠がかかっていた。軍曹は左右の金属製の取っ手にかかる頑丈な錠前を一瞥すると、迷わず腰のホルスターからワルサー拳銃を引き抜き、右の取っ手の根元に向けて数発撃ち込んだ。木製の扉に埋め込まれた取っ手は、柔らかい根元を銃弾で瞬く間に破壊され、すぐに根無し草となって逆に錠前に吊るされる。軍曹は拳銃をホルスターにしまうと、両手で錠前がぶら下げる取っ手を引く。開かれた扉の奥を覗こうと、工兵らが一斉に貨車の中へ懐中電灯を向ける。と、数倍の光が跳ね返ってきて自分たちの目を焼いた。

 苦悶の息がトンネルにこだまする中、少尉の、あがせ! との号令が力強く反響する。それを聞き取って兵士たちが懐中電灯を消すと、ユーティライネン少尉の手元だけが光り輝く。少尉は固唾を飲んで、軍曹が開けた貨車の中を今一度照らした。


 廃トンネルに厳重に隠されていた貨車の中。懐中電灯の灯りに厳かにこたえた輝きに、その場の全員から感嘆の声が漏れた。

 半ばに開かれた貨車から、金色の光が漏れ出したのだ。

 ――これが、これこそが、黄金列車……。

 眼前の光景に圧倒され、誰となく呟く。すると、次の瞬間、トンネルの入り口の方から、不吉な怒号が反響してきた。

 一転して工兵らが顔色を青くする中、ユーティライネン少尉は動揺なく一つ息をつくと大声で命じた。

「ぼっとしでる暇ねえっぺ! 敵にられる前に、っぢまわねえと!」

 キリッとした表情とミスマッチな堂々たる訛りっぷりは、緊迫した状況にも関わらず、部下たちの強張った心を解きほぐし、適度にリラックスさせるものであった。




 このエアフルトにおけるゴルトイェーガー作戦は、正式には第七次ゴルトイェーガー作戦と銘打たれており、これまで六度に渡って行われたどの作戦よりも大がかりで、その分成果と危険が想定されていた。

 すでに六か所で六回実施された同作戦は、四度埋蔵金の獲得に成功し、スコーピオン社の金庫に金塊の小山を作ることに成功している。しかし、第六次ゴルトイェーガー作戦までは、木の根元に埋められた金を拾い集める、という程度のもので、木の下に埋まっているには多いが、スコーピオン社の需要を満たす量には程遠かった。しかし、エアフルトでの第七次ゴルトイェーガー作戦で狙った獲物は、先頭から最後尾まで数百メートルを超える貨物列車に満載された金塊であり、今までの作戦とは比較にならない規模である。

 一方、狩場となったエアフルトという街は、シュトゥルムガルトの戦いにおける自由軍の劇的勝利に感銘を受けた地元レジスタンスらが、占領支配していたオロシー社会主義連邦軍を実力で退け、平和戦線につい先日加わったばかりのところであり、現在、平和戦線の実効支配領域とオロシー連邦軍による占領地域との境に位置している。つまり、財産の私的所有を否定する主義の割に欲深いオロシー人たちが、架空の境界のすぐ向こうで虎視眈々と攻撃の機会をうかがっているのだ。そんな緊迫した状況下で黄金列車を封印から解くとなれば、強欲なオロシー軍がエアフルトの再占領と、黄金の正真正銘の再簒奪のために雪崩れ込んでくるなど、今日の次の日は明日というくらいに当然のことである。


 だからこそ、マンシュタイン元帥は十分に備えさせていた。

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