第13話 降下猟兵

 トンネルの手前にある廃駅の脇で、自由軍の特殊軽歩兵――降下猟兵たちが、ホーム先端部の廃線上に構築した土嚢の裏から一斉に顔を出す。そして、雑草の絡まったレール上を数キロ先から騒々しく駆けてくるオロシー兵らを、S.StG45(45年式スコーピオン突撃銃)こと、アンタレス突撃銃の照準器越しに覗く。

 無駄に騒がしいオロシー兵に怜悧な視線を注ぐ精鋭歩兵らの指揮官、シュナイダー中尉は、土嚢沿いの部下の後ろで腕を組んで立ち、夜闇の中、目を開ききって、迫り来る敵を見つめていた。不意に傍らに控える副隊長に尋ねる。

「装甲部隊は?」

「依然、状況に変わりありません」

 そうか、と嘆息交じりに呟くと、頭を振って再び目前に意識を集中する。

 と、オロシー兵の絶叫に交じって、乾いた音が数発聞こえてきた。おそらく敵の誰かが発砲した音だろうが、彼我の距離はまだあまりに遠く、銃弾は当然到達しない。

 ――今の、命令もないのに無駄撃ちしたな? ……オロシー軍の規律は緩んでると見える。我が方の降下猟兵の落ち着き具合と、えらい違いじゃないか。

 中尉は冷静を保つ自身の配下の精鋭ぶりに満足し、鉄兜シュタールヘルムを被り直す。その鉄帽は、一般歩兵たる装甲擲弾兵と微妙にシルエットが異なり、色も暗灰色ドゥンケルグラウでなくエリートを象徴する漆黒であった。彼の部下たる降下猟兵も皆、同じ漆黒のシュタールヘルムを、土嚢から覗かせ、静かに突撃銃を構え、忠実に命令を待っている。大半が元軍人だが、中にはレジスタンス上がりもいる。戦場の経験値では元正規兵に劣る彼らも、平和戦線派が掲げる大義のため、厳しい訓練に耐えて、今前線にいる。それぞれが熱い情熱と、錬成された冷静さを身に宿し、迫り来る敵を静かに見つめていた。


 その土嚢の一角で、カニの目のような測距儀を覗いていた兵士が、大声で報告する。

「敵との距離、1100アイン・タウゼントメートルメータ!」

 シュナイダー中尉はすかさず、後方へ肩越しに指示を出す。

「迫撃砲分隊、攻撃開始」

 下士官が敬礼すると、後ろへ振り返り、前線の背後に並べられた四門の迫撃砲の指揮を執る。号令の下、迫撃砲の筒に弾が半装填される。

Feuerフォイエル!(撃て!)」

 下士官の号令一下、四門の迫撃砲が一斉に火を噴いた。砲弾は大きな弧を描いて夜闇を飛び、突っ込んでくるオロシー歩兵の先頭を正確に捉える。

 1キロ先で真っ赤な爆炎が上がり、土砂と人だった物が四方へ吹き飛ぶのを照らし出す。中尉がそれを眺めていると、四発分の爆発音が顔面にぶつかってきた。思わず顔をしかめつつ、訓練通りの高精度な着弾に、にやりと口角を上げる。

 迫撃砲分隊は、なおも迫ってくる敵に対し照準を調整し、第二斉射を放つ。また敵先頭を吹き飛ばすと、再度調整して第三斉射、第四斉射とテンポよく迫撃砲弾の嵐を降らす。

 そして、敵との距離が300メートル以内になったと報告がなされたとき、ついにシュナイダー中尉は、暗灰色ドゥンケルグラウの戦闘服に包まれた右腕を、夜の凍てつく空気を切るように上げ、白い息で命令を叫びながら振り下ろした。

「軽歩兵、Feuerフォイエル freiフライ!(各個に撃て!)」

 射撃姿勢で静かに待っていた降下猟兵たちが右手の人差し指を引く。直径7.92ミリの鉛の暴風雨が数百メートル先の敵の顔面を容赦なく貫いた。サブマシンガンのようなアンタレス突撃銃の連射は、射程内に踏み込んできた敵の前線を、玉ねぎの皮を剥くように一枚、また一枚と剥いていく。そして、降下猟兵たちの背後で、続けざまに四門の迫撃砲が火を噴いて、団子になって駆けてくるオロシー歩兵の頭上に降り注ぐ。それでもなお、爆炎をくぐって後続のオロシー兵たちが、Урaaaaaウㇽㇽラアアアアア!!と雄叫びを挙げながら迫ってくる。

 だが、自由軍の火力は、次第にオロシー軍の突撃を圧倒し始めた。アンタレス突撃銃の驚異的な連射力と、絶えず正確に撃ち込まれる迫撃砲の炸裂に、オロシーの数に物言わせた前進の足が徐々に鈍り出したのだ。




 敵を上回る兵力で正面から押し切るつもりであったオロシー軍側指揮官の大尉は、寡兵の不利を覆すスコーピオン重工の技術力と自由軍の想像以上の練度の高さを目の当たりにして、たまらず作戦を一部変更した。

「三・四小隊、敵側面へ。他の部隊は作戦通り敵正面へ全力で突撃し続けろ。側面迂回から、敵の注意を逸らすのだ」

 圧倒的な兵力で正面からごり押すことをあきらめ、逆にこれを囮として百名弱の歩兵で敵側面を突く作戦に出る。

 しかし、二個小隊が、激しい砲火の脇に広がる夜闇へ静かに駆けだすと、不意に真っ白なライトに照らされた。突然の光線に、思わず全員が目を閉じ立ち止まる。その中で小隊長らが、薄くこじ開けた目を手でかばいながら光源を探す。と、ホーム脇にそびえる廃駅舎の二階から、強烈なサーチライトを当てられていた。そして、プロイス語の怒号が聞こえたかと思うと、その建物から、電動のこぎりに似たけたたましい音が鳴り響く。

 ――機関銃MG42だ!

 そう気づいた次の瞬間、彼らはただの肉塊となって、エアフルトの台地に崩れ落ちた。


「敵は駅舎を要塞化しており、こちらの側面機動に対応している模様です」

 大尉の副官が、機関銃の嵐の中から受けた無線の報告を伝える。大尉はばつの悪そうな顔で嘆息した。

「側面迂回は織り込み済みということか……。所詮はレジスタンスと思ったが、腐ってもマンシュタイン元帥の軍隊というわけだ」

「いえ、そもそも今日の相手は、先日のレジスタンスとは違うようです。特徴的なヘルメットの形状を見るに、降下猟兵の類かと」

「ほお? なるほど。中央の精鋭歩兵を送り込んで来たのか。黄金の簒奪を、たとえ仲間と言え、地元民兵ごときに任せる訳にはいかんのだろうな。疑り深く、強欲――いかにもユデ人らしいな、マンシュタインは」

 先日世間を賑わせた記事に悪乗りする上官に対し、副官は微妙な表情を向ける。が、大尉は特段気にせず続けた。

「三・四小隊の状況は?」

「損耗激しく、すでに無力化されたと言わざるを得ません」

「……全体の損耗率は?」

「現時点で、おそらく10%ほどかと」

「損耗が想像以上に早いな……。もう予備戦力を投入するべきだな」

「同意します。ただ、問題はどこに投入するか、です。側面機動は敵に読まれていますし、駅舎を攻略しようにも、第四小隊からの報告によれば、近づくことさえ困難なほど要塞化されている様子です」

 自由軍降下猟兵は、オロシー軍の襲来を予想し、駅全体を要塞化していた。ホーム先端部の廃線を横切るように土嚢を積み、アンタレス突撃銃と迫撃砲を配置して、その左端をサーチライトとMG42汎用機関銃で固めた廃駅舎で守っている。しかも、機関銃に撃たれながらもたらされた報告によれば、二階のマシンガンに加え、駅舎一階の入り口や窓にもうず高く土嚢が積み上げられ、アンタレス突撃銃が容赦ない弾幕を張っているそうだ。一方、逆の右端は切り立った崖が天然の要害として聳え立っており、一切通行できない。つまり、側面迂回をするには駅舎のある左側に行くしかないのだ。シュナイダー中尉は、敵の選択を制約できる、実に良いポイントに強固な防御陣地を構築していた。

 オロシー軍の大尉は頭の中で、血しぶきとともに各所より点々と報告された敵の前線の状況を繋ぎ合わせ、自由軍の防御陣地の手強さをようやく理解する。それから、予備戦力の最も効果的な使い方を思案し、口を開いた。

「側面迂回はあきらめよう」

「第三・第四小隊の救出は?」

「おいおい、君も軍人なら弁えたまえ。すでに無力化された部隊の兵士に何の価値がある? それの救出にまた別の命を懸けるなど、無駄なことだ」

 大局観や倫理観は皆無だが、戦力の限られる無情な前線においては残念ながら正論とも言える意見に、副官は素直に、そうでした、と首肯する。

「側面迂回を断念されるのなら、予備はどちらへ?」

「敵の背後だ」

 副官が驚いて、大尉の横顔を見つめる。

「背後ですか? 側面に回ることもできないのに、どうやるのです?」

「たしかに駅舎は要塞化されてるようだし、あそこから撃てる範囲内を行くのは自殺行為だ。だが、こういう場合はたいてい、駅舎から見えないところまで迂回してしまえば、敵の裏をかける」

「と、言うと?」

「駅舎は丘の中腹にある。敵はここを前線に設定するべく要塞化しているから、戦力も意識も、駅舎周辺に集中しているだろう。だからこそ、こちらは駅舎など無視して、大きく丘の麓まで迂回し、そのままトンネル入口付近の下側まで進んで、一気に斜面を真っ直ぐのぼるんだ。そうすれば、敵の背後へ容易に進出できる。あとは、前後で挟んで、あの忌々しいサブマシンガンもどきや迫撃砲を黙らせ、機関銃をつぶすだけだ」

「丘の麓は、エアフルトの市街地が近すぎませんか? レジスタンスが待ち伏せているかもしれません」

「そのキワを攻めればよい。何も住民が眠る街中を突っ切る必要はない。目の前の駅は、戦中こそ活発に汽車が来たかもしれんが、戦後は廃止となり、駅周辺も人がまばらとなった。その様は、つい先日までここを占領していた我々が、一番よく分かってるであろう?」

 上官の言葉に、副官はうなずいた。

「そうですね。同志の作戦に従います」

 大尉は一つ首肯すると、予備部隊の隊長を呼び寄せた。

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