第11話 発破!

 11月11日、日が地平線の下へ早々と逃げ去り、冷たい風が吹き出して、雲の濁流が星々を覆い隠した夜。

 暗灰色ドゥンケルグラウの戦闘服に身を包んだ一団が、エアフルト近郊の廃駅周辺に集まっていた。その数ざっと三百人はいる。

 ホーム先の廃線上には、煌々と灯りがたかれ、仰々しい重機の群れが織りなすアームやバケットの演舞を周囲に影絵で刻んでいる。それを客席で鑑賞するように、そばには六輪駆動の巨大な電動軍用トラックのアーマイゼが整列していた。視線の先には、山肌が、廃止された線路を塞ぐようにそびえて見える。その斜面に向かって、ショベルカーがアームを何度も振りかざし、土を掻き出していく。数々のサーチライトに照らされる中、次第に斜面は削れ、壁のように垂直に成形されてゆく。

がっで! それでいい!」

 訛った女性の声が響くと、ショベルカーがアームを止める。そして、レーヴェ重戦車を流用した電動の車体が、履帯の音だけを響かせ後退する。

 代わりに、アームの先に太い針を携えた別の重機数量が前進し、その針を土の壁に突き刺して、複数の穴をうがち出す。その背後では、工兵たちがアーマイゼに群がり、爆薬を荷台から下ろし始める。

 その様を、一人の少女が、銀色のミディアムヘアを冷たい夜風に乱されながら、最後方より見守っている。その横に控える下士官の男が、少女を横目で見下ろす。

「土壁を破壊するのに、本当にあそこまで爆薬がいりますか? 参謀総長からも繰り返し確認されていたようですが」

 現場を仕切る少女が、透き通る水色の目で見上げた。

「内部ン図、見ながったか? 事前ン説明にいながったっけ?」

 白磁の陶器のようにキリッとした容貌の北欧美少女から、異国語調にべたべたに訛ったプロイス語が恥ずかしげもなく飛び出してくる。何度聞いてもギャップに慣れず、工兵軍曹は思わず耳の穴をほじってから、首を傾げた。

「遅れて参りましたので、聞き逃したかもしれません」

 正直、該当部分の説明には間に合っていたのに、訛りが酷くて分からなかった可能性も捨てきれなかったが、一応上官へ配慮し、ぐっと飲み込む。

 はるばるスオミラントより自由軍に志願したエッラ・パンティ・ユーティライネン少尉は、気にしないようなそぶりで笑うと、北国特有のやわらかな早口で話し出す。

「んっなら仕方すがたねえな。前もってやっだ電磁波レーダー探査ンよれば、土壁ン向ごうにコンクリートの壁があっでな、これを突破するんに必要な量ってことだっぺ」

 男は緊張した面持ちで耳を傾けていたが、結局、小隊長の口が閉じてから五秒後に、ようやく内容を理解して言葉を返す。

「レーダー探査というと、技術顧問が最近開発したというやつですか。ピエヒ技師……ああいや、ピエヒ上級大将の実績と天才は、確かに疑う余地はありませんが、それでも土に向けて電磁波を照射することで、見えないものを可視化するなど、まるで魔法のようです。先例がほとんどない最新技術ですが、果たしてどこまで信用できますかね?」

 男は特段マリア・ピエヒを疑っている風ではないが、一般人からすれば、にわかには信じがたい発明も時にある。が、著名な物理学者を父に持つユーティライネン少尉は、見る目があった。

が直接聞いた限り、理論上は十分納得なっどくできた。んっで、そのレーダー解析画像見ると、10センチ以上の厚さあづすのコンクリ壁が、土ン向ごうにある」

 男は半信半疑といった様子で目を薄め、肩をすくめた。

「戦中から工兵をやってますから、それなりに物理には精通してるつもりでしたが、それでも私は素人なんでしょうな。お二人の世界には、まったく理解が及びません」

「問題ねえっぺ。だって、今目ン前で動いでるバウムバッテリーの原理は何も分がらん。原料も原理もまっだく分がらん。バウムバッテリーの技術は、重工の最高機密に指定すれだけども、端から技術顧問の天才理解できるんは、たぶん本人以外ね。いだとしても、ヴィーン工科大学ン助教授やったっちゅう空軍大将ぐらいだっぺ。すんな意味分がらんバッテリーを、たちは足としてもう頼りにしでる。今更、地中探査レーダーっちゅう新規技術登場したぐれえで不審ン思うんは、ある意味おがしい話だっぺ」

 男は耳を傾けしばらくしてから、苦笑を浮かべた。

「なるほど、それはもっともですな」

 その時、工兵伍長が駆け寄ってきて敬礼する。

「少尉。爆薬の装填、完了いたしました」

 ユーティライネン小隊長は一つ首肯すると、訛った口調で命令を下す。

すう員安全がく保! 電線こごに!」

 伍長は今一度敬礼すると、総員退避と叫びながら部下たちを土壁から遠ざける。皆が駆け足で退避を始める中、数名の兵士が、爆薬の信管に繋がった電線を持って慎重に歩いてくる。そして、電線の先は、小隊長の手元に置かれた起爆装置へ届けられ、少しの静電気も起こさぬよう細心の注意をもってスイッチに取り付けられた。

 伍長が再び駆けてきて、小隊長に敬礼する。

「総員安全確保、完了しました!」

 ユーティライネン少尉は一つうなずくと、T字型のハンドルを、手元の起爆装置に差し込んだ。

「発破!」

 自身で号令した後、素早く二回ハンドルをひねる。

 刹那、長く伸びた電線の中を稲妻が走り、土壁に埋められた爆薬の信管に火をつけた。

 山が崩れる轟音が鳴り響き、大地が揺れ、正面の夜闇に土煙が舞う。工兵らがその茶色の霧の先を注視していると、一陣の強風が土埃を吹き去った。

 視界が開けたその先には、どこまで続くか見当もつかない漆黒の大穴が覗いていた。が、少尉を先頭に一団が近付き、懐中電灯を照らすと、その闇の奥に、煤けだった蒸気機関車の丸顔が鈍く輝いた。

 軍曹が息を呑む。少尉も、噂でしか聞いたことがなかった存在を目の前にして感嘆した。

本当にあるどはねえ……。廃トンネルに埋められだ、黄金列車」

「いえ、少尉。機関車は確認しましたが、その荷物まではまだ分かりませんよ」

 軍曹が自身の興奮を抑えながら諭すと、少尉は、あ、ああ……と声を漏らす。

「んっだな。んっでも、あげな分厚いコンクリ壁で覆うんは、黄金ぐれえだっぺ」

 開ききった瞳孔の先には、コンクリート片が、山を崩す爆破に耐えトンネル入口の縁に垂れ下がっていた。それはさながら、第三帝国の怨念がつまった鍾乳石のようだった。

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