第29話 猛獣使い

Vorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)」

 戦線左翼、南の町では、ブリュッヒャー大佐が、歩兵の前進がようやく追い付いたのを確認し、再び苛烈に号令を下した。

 待ってましたと、鉄獅子たちが、火を噴いて勢いよく前進する。今度は歩兵も、負けじと建物を攻略して進んでゆく。旧式のライフルや対戦車ロケットで武装した敵歩兵を、物陰から一人ひとり排除してゆき、快適になった空間を、レーヴェ重戦車が颯爽と前進し砲撃する。全ての車長がキューポラから顔を出し、常に敵より早く、常に最速で敵を発見し、次々と撃破してゆく。

 猛り狂った猛獣による怒涛の攻勢に、貧弱なシャーク中戦車はもちろん、対抗し得る火力を持つパリス中戦車やマレンゴ重戦車まで、たじたじである。一応留まって反撃する戦車もいるが、大半は一目散に逃げだしたり、すでに炭化していたり、至る所で醜態を晒し始める。とても第二次世界戦争に勝った・・・軍隊とは思えない惨めさだ。


 占領軍の兵士たちは、襲い掛かってくる強敵を前に、弱腰であった。本音では、彼らの戦争は5月に終わっているのだ。マンシュタイン元帥が解放戦争を高らかに宣戦布告したところで、連合軍からすれば、そんなもの占領地域での反抗の一つに過ぎないのである。だから、兵士たちは、かくも本格的な戦闘を想像していなかったし、望んでもいなかった。そもそも二万弱の敵に対し、八万の味方がいるのだ。大した危険もなく、すぐに終わって帰って遊べると、ほとんどの兵士が本気で思っていた。

 だが、プロイス人にしてみれば、このシュトゥルムガルトの戦いは、己と己の祖国を賭けた、まさに死に物狂いの一戦である。解放戦争の初戦ではあるが、ここで敗れれば後はないということを、全将兵が十分に分かっていた。だから決死の想いで敵に食らいつき、持てる全ての力と知恵と技術を尽くして、“侵略者”に立ち向かう。

 北側の丘は、戦場慣れしたベテランが多く、砲火の中、冷徹な名将同士が無言の駆け引きを行う理知的な戦場だが、元レジスタンスが非常に多い装甲擲弾兵が駆ける南側の町は、愛国心や情熱で燃え上がり、異様な熱気に満ちている。無論、戦車上のベテランから度々発されるVorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)の掛け声が、さらに熱気を膨らませているのは言うまでもない。そして、そんな真っ赤に染まる町の前線に、占領軍側の気色は一切なかった。二国分の圧倒的な物量と、敵に対抗できる火力と、自称“質の高い”兵がいても、全てが敵に飲まれていた。


 占領軍側の反撃がますます弱くなったのを感じ取り、ブリュッヒャー大佐は口笛を吹いた。

「もう一度やるぞ。連隊本部各車、我に続け。Vorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)」

 精鋭の三両が速度を上げて突出し、次々と敵戦車を撃破してゆく。あまりに唐突な前進だったため、横にいた歩兵を完全に置いて行ってしまうが、気にしない。迅速果敢に決断し、一度前進すると決めたら躊躇なくやり通す、遅れた味方は必死に付いてこい――それが前進隊長アレクサンデル・エーミール・フォン・ブリュッヒャー大佐なのだ。

 一瞬振り返れば、期待通り背後で、左右にいた戦車小隊が、連隊長たちを追いかけるように攻勢を強めている。不敵な笑みを浮かべ、前へ向き直ったその時、レーヴェの傾斜した車体正面が、九発近い敵弾を受けた。折り重なる跳弾の音に驚く。一度に受けるには、あまりに多すぎる。

 大佐は喉が引きつるのを感じつつ、咽喉マイクを強く掴む。

Haltハルトッ!(停止!)」

 予想だにしない命令に、操縦手が慌ててブレーキをかける。続く二両も、その場で停止する。

 と同時に、二〇発以上の砲弾が隊長車を襲った。

 たまらず闘将も踏みつけていた車長席から飛び降り、砲塔内へ身を隠すが、かえって内部の凄まじい音響と揺れをダイレクトに喰らう。だが、全て精強な正面装甲やサイドスカートで弾き飛ばしたようで、戦車には何のダメージもない。脳震盪のような気持ち悪さを味わった乗員らも、目をしばたたいて、何とか不快感から立ち直る。しかし、またも嵐のように敵弾が鋼鉄の壁を打ち叩く。

 ブリュッヒャー大佐がキューポラのペリスコープから、前方を見やる。

 道の左右には家屋や生垣がすまし顔で並び、一見敵戦車が潜んでいるようには思えない。だが、また猛烈な衝撃に脳みそを揺さぶられながら、はっきりと確認した。ありとあらゆる物陰から、105ミリや120ミリ大の火が噴き出したことを。

 ――待ち伏せかっ! 敵も学んだな!

 初めのように、連隊本部が切り開いた縦深の側面へ回り込んでくるだろうと予測していたが、これが外れた。敵は失敗から学び、即座に新たな対応方法を編み出していたのだ。

 ――これだけの短時間、しかも混乱した前線で、これほど柔軟に対応できるとは……ボナパルト将軍、去年、俺たちがものにできなかった相手なだけある。やはりただ者ではないな。

 長く伸びる縦深側面でなく、連隊本部三両という突撃の先頭、点のような針の先端に、ピンポイントで火力を集中されたことで、ブリュッヒャーは想定より早く、かつ強力に前進を止められた。

 当代随一とも言われる闘将の心に、何糞っと火が付く。だが、彼は闘争心で状況を見失うほど野性的ではない。

 その場に踏み止まりつつ、見えない敵に12.8センチ口径の徹甲弾を冷静に浴びせてゆく。後続の二両も同じように、敵戦車がいそうな物陰や茂みへ、手当たり次第に大口径弾を叩き込む。時に炸裂しない砲弾がただ土をえぐる虚無感を得て、時に敵の装甲に弾かれる音を聞き、時に大爆発の火柱を見上げる。段々と三両の砲撃は、敵の居場所を絞っていき、火柱の上がる数が多くなり始める。

 そして、敵が退こうか、退くまいか迷い出しそうなタイミングで、突撃銃とパンツァーファウストを振り回し、手榴弾を放り投げる装甲擲弾兵と、咆哮を止めないレーヴェ小隊が両脇へ姿を現す。連隊本部が足止めされている間にも、味方は着実に前進を続け、すでに合衆国・ガーリー両軍の戦線を各所で突破し、敵に再び大幅な後退を強いていたのだ。

 装甲擲弾兵の対戦車火力と他のレーヴェの到着に気が付いたのか、姿の見えないガーリー軍による攻撃は止んだ。ブリュッヒャー大佐としては、今すぐにでも追いかけてケツを蹴り上げてやりたいところだが、連隊長として、それから事実上、戦線左翼を預かる身として、深呼吸して心を落ち着かせる。こまめに無線交信をし、味方が南北に伸びる横隊の直線上に完全に揃うのを待つ。


「あくまで今日の任務は、敵右翼の圧迫だ。敵陣を突き抜け、背後まで駆け抜けたい気持ちは俺も同じだが、ここは少しペースを落とす。装甲擲弾兵の体力も考えにゃならんしな。それと、今の内に小隊ごと交代で、弾薬の補給と、必要があればバッテリー交換を。それで俺たちも熱を冷まそう」

 連隊長が、勇ましい旧知のベテラン大隊長を諭す言葉は、久々の戦場に興奮が収まらない自分へも向けられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る