第28話 砲撃要請

 町の戦線が一時膠着する中、北側の丘の裾野では、マンシュタイン元帥率いる別動隊が、楔型の陣形を組んで突撃を繰り返していた。

 オリバー巡航戦車隊は、スコーピオン超重戦車一両とグローサー・パンター中戦車五〇両の反復攻撃に晒され、全体でおよそ一五〇両いたはずが、先刻後退してきた隊を含め、すでに七〇両近くにまで撃ち減らされている。

 このまま火力と装甲に物を言わせて前進を続ければ、数の差こそあれ、貧弱なオリバー巡航戦車の戦線など楽に突破し、丘の上に留まるブレナム重歩兵戦車隊に手が届くだろう。しかし、フレッドは何度目か分からないため息を漏らし、カールに命じる。

「全車、一旦ゆっくり後退」

 通信手が命令を無線すると、スコーピオンの左右に楔形に広がるグローサー・パンターの戦列が、敵に押されるかのように攻撃をゆるめ、後退に転じる。マリーも逆進レバーを引いて、スコーピオンをゆっくりバックさせた。

 これに喰いつくようにオリバー隊が、砲撃しながら飛び出してくる。自由軍側は、そんな突進を軽くいなしながらしばらく後退を続け、元帥の再度の命令で、全戦車が前進に転じ反転攻勢に移る。瞬く間に巡航戦車がさらに一〇両近く撃破され、残りは六〇両程度となる。もう一度同じことをすれば、目前の敵は五一両からなる自由軍の別動隊とほぼ同数にまで減るだろう。

「――まだ動かないのか?」

 フレッドがペリスコープ越しに丘の方を望む。名将ウェルズリー将軍が鎮座する丘は、裾野とは別世界かのように静まり返っていた。

 スコーピオンを前進させながら、マリーが肩をすくめる。

「全然下りてこないわね、鉄の公爵」

 車長が唸るように首肯した。

「やはり、こんなあからさまな方法では誘い出せんか……」

 心配の声はヘッドホンにも届く。

『こちらの狙いを察しているのでしょうか? 丘で撃ち合いたくないという事情ですとか……』

「そうだろうな。連合王国軍側には、グローサー・パンターの装甲データはないだろうが、斜面下側に位置する状態で17ポンド砲を弾くのは無理と察しているからこそ、絶対に丘上から下りてこない、というのはあるだろう。たとえブレナム戦車だろうと、下りてきさえすれば、オリバー同様囲んで叩いて終わりにしてやるのに、巡航戦車隊を犠牲にしてでもこちらに登頂を強要する気らしい。まったく末恐ろしい冷徹さだ」

 確実にマンシュタイン元帥に打ち勝つためなら、味方巡航戦車一五〇両が殲滅されても構わないと言わんばかりの指揮ぶりは、いっそ冷酷にさえ感じられる。だが、その判断は、指揮官としては一つの正解なのだろう。

 鷲鼻の名将は、フレッドがオリバー隊殲滅の危機を餌に、ブレナム重歩兵戦車隊に平地へ下りてくるよう揺さぶりを掛けているのを完全に看破し、そうする意図を推察した上で、味方を見殺しにしてでも優位な位置で強敵を迎え撃つことを選択しているのだ。窮地に瀕するオリバー隊からは、おそらく救援を乞う無線が嵐のように送られていることであろう。そんな必死のSOSにも耳を貸さず、心を動かさず、ただ鉄塊のごとく丘上に留まり続ける。不動の鉄公爵アイアン・デュークの冷たい決断が、マンシュタイン元帥を焦らす。

「やむを得ん。もう一度だ。通信手、全車ゆっくり後退」

 カールがまたも無線で伝える。繰り返しの命令に、もはや作業のように各々が手早く反応して動く。対するオリバー隊も、馬鹿の一つ覚えで突進してくるが、機を見て元帥が再度前進を命じると、8.8センチ砲アハト・アハトが甲高い砲声を轟かせる。オリバー七両が火を噴きこぼして沈黙し、他に二両が静止した。

 フレッドは部隊に微速前進を命じ、敵を圧迫しながら、丘の方を見やる。が、斜面の上は、秋の木の葉一つ揺らぐ様子はなかった。

『……座っているだけは疲れた』

 寡黙な砲手がついに不満を漏らす。ブレナム重歩兵戦車を丘上から裾野へ誘き出すための餌を、一気に食い尽くさないよう、あまりに強力な14センチ砲は、しばらく沈黙を強いられていた。だが、その忍耐の甲斐なく、オリバー隊が壊滅しても、ブレナム隊は一向に救援に下りてこない。トリガーハッピーにとっては、引き金に触れることすらできず、その我慢の効果も見えず、さぞ不満の溜まる時間だっただろう。

 車長は、そんな戦友の文句に苦笑しつつ、頭を掻く。

「シモンには申し訳ないが、もう少し試してみよう」

「また下がるの?」

 マリーが振り返って問う。

「いや、このままの速度で前進を維持。別の方法で、丘上が安全だと思っている敵の目を覚まさせる」

 操縦手は、どういう意味? と首を傾げた。フレッドは、疑問に答える代わりに、足元に向かって叫ぶ。

「通信手。航空偵察小隊本部と砲兵連隊本部に連絡。丘上のブレナム重歩兵戦車の位置を特定し、砲撃せよ」

 カールはすかさず反応し、後方の廃村に控える二つの部隊へ無線を飛ばす。

 しばらくすると、緩慢な戦車同士の砲撃音に覆いかぶさるように、偵察ヘリの大きな羽音が聞こえてくる。




 暗灰色ドュンケル・グラウに塗装されたアドラー偵察ヘリは、晩秋の澄んだ空を身軽に舞い、黄金に染まる木々の合間より元帥率いる別動隊と敵巡航戦車隊を見下ろしながら、最短ルートで丘上を目指す。小隊本部が命令を受けてから8分後、アドラーは木々色づく丘の頂上に居座るブレナム重歩兵戦車の一団を発見した。

 連合王国軍の戦車兵も、ヘリの存在に気が付いたようで、こちらを指さし、慌てて戦車の中へ姿を隠す。そんな様子を見下ろしながら、アドラーは、東西に細長く伸びる丘の頂上に対し、機体の左側面を向けて空中で静止する。すでに一度目の偵察で、敵に対空装備がないことは確認済みのため、それなりの低高度で斜めに見下ろす。

 操縦手の後ろに乗る偵察手が、機体側面に大きく取られた窓を覗きながら、頭上のローターブレードが発する爆音に負けじと咽喉マイクをつまんで叫ぶ。

「砲撃指揮所、こちらアドラー1アインス。火力要請。座標224ツヴァイ・ツヴァイ・フィア-030ヌル・ドライ・ヌルKommenコメン(送れ)」

『アドラー1アインス、こちら砲撃指揮所。火力要請了解。直ちに砲撃を開始する。Kommenコメン(送れ)』

Jawohlヤヴォール(了解)。速やかに射線上より退避する。Endeエンデ(通信終わり)」

 一旦通信機で無線発信を切り、機内有線にして前の座席に呼びかける。

「上昇20メートル」

 ヘッドホンをした操縦手がJaヤーと返事し、レバーを操って機体を真っ直ぐ上昇させた。そして、指定の高度に到達した直後、二人のヘッドホンに砲撃指揮所からの無線が入る。

『初弾発射!』

 偵察手は窓に張り付き、眼下の敵を見張る。

『……だんちゃーく、今っ!』

 瞬間、丘が噴火したような火炎と土ぼこりが上がり、すぐに爆轟が機体を揺らす。強烈な衝撃波に味方ながら肝がつぶれる。当然、噴煙の狭間から確認できた敵側の被害は、甚大であった。

「初弾命中! 同一諸元、効力射!」

 偵察手が咽喉マイクを掴んで叫ぶと、間を開けず第二声が届く。

『効力射発射! ……だんちゃーく、今っ!』

 二度目の大噴火。活火山の火口の上にいるかのようなスリルを味わいながら双眼鏡を覗けば、一発目を運よく避けた敵戦車も沈黙させたことを確認する。偵察手は、元帥の戦術的な意図を汲んで、さらなる砲撃要請を出す。

「次弾、座標修正224ツヴァイ・ツヴァイ・フィア-031ヌル・ドライ・アインスKommenコメン(送れ)」

 ――着弾による噴煙が、要請通り、頂上より北側の斜面へ移動した。

 ザラマンダー重自走砲連隊は、ベテラン砲兵士官たるオットー・ミュラー大佐指揮の下、偵察ヘリの誘導通りに21センチの大口径榴弾を送り込み続ける。大質量の鋼鉄と爆炎の嵐は、鉄の意志で動かない敵将を、物理的に圧迫し始めた。

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