第27話 前進連隊

 ティーゲル・ドライと同じ懐かしの丸頭の砲塔より上半身を晒しながら、ブリュッヒャー大佐は味方歩兵の軽快な連射音に囲まれ、笑顔を浮かべる。

「音が軽くて迫力はイマイチだが、これほど頼もしい連打はないな。惚れ惚れする!」

 他三名の乗員の笑い声がヘッドホンに届く。周囲に響き続ける連射音は、敵歩兵の断末魔とセットであり、車長は恐れることなく堂々と砲塔より頭を突き出すことができた。普通、周囲の敵歩兵の制圧が完全でなければ、狙撃が怖くて車長はハッチを開けることさえしない。しかし、容赦ない突撃銃の弾幕の音を聞けば、敵歩兵がことごとく駆逐されたであろうことは容易に想像できる。

 車長がペリスコープの非常に狭く限られた視界ではなく、直接自分の目を使って全方位を自在に確認することで、敵戦車の発見も早くなる。

Haltハルト!(停止!) 十一時半の方向、敵パリス中戦車。弾種、徹甲」

 オールバックの赤髪を風に撫でさせながら、ブリュッヒャー大佐が咽喉マイクをつまんで指示する。すぐさま丸頭が、スコーピオン同様の甲高い電装駆動音を立てながら旋回する。自然、車長の体も回り、敵戦車に正対する。強力な105ミリ砲を持つガーリーの大型中戦車が、建物の間で、午前の陽光に青緑の塗装を輝かせた。しかし、優美な砲塔上に人影はない。付近の歩兵の援護を失って貝になっているのは明らかだ。そして、貝に目はないのである。

『装填完了』

Feuerフォイエル!(撃て!)」

 号令を発するや否や、12.8センチの大口径砲が火を噴いた。一本の管のような砲から、巨大な徹甲弾が真っ直ぐ飛び出す。そして、影で息を潜めていたパリス中戦車の息の根を、業火によって断った。

 続いて左後方から後続のレーヴェの咆哮が轟き、逃げ出そうとしたもう一両のパリスを、すかさず沈黙させる。

「いいぞ! 連隊本部も前進する。各車、我に続け。Vorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)」

 競い合うように前進する連隊の各小隊に負けじと、ついに連隊本部が敵戦線へ突入していく。一個小隊が五両で編成されているのに対し、連隊本部は三両しかない。敵からすれば、戦線のウィークポイントだ。しかし、先頭に立つ連隊長の覇気と、搭乗員の能力は尋常なものではない。

「一時方向、パリス。Feuerフォイエル!」

 大佐の命令に、砲手は微調整の後、すぐ引き金を引く。咆哮を上げ、巨大な12.8センチ砲が狭い砲塔内で後退する中、砲手が自身で怪しいとあらかじめ睨んでいた小屋の影から、爆炎が巻き起こる。

「目標撃破! 次弾、徹甲弾!」

 ブリュッヒャー大佐の声を聞く頃には、すでに装填手は、当然に徹甲弾を装填し始めていた。砲手は左足のペダルを踏んで砲塔を十時へ振り直し、敵のいそうな藪へ照準を合わせる。

「装填完了」

「十時方向。Feuerフォイエル!」

 一秒の間もなく、車長の言葉通りに砲弾は発射され、狙っていた藪より火柱が立つ。

「撃破! 次弾装填!」

 連隊長車に乗るベテラン戦車兵たちは、車長の命令を最速で実行するべく、指示を常に先取りして、狭い砲塔内で体と脳を働かせ続ける。“前進隊長”の戦車は、周囲の戦車とは明らかに桁外れな早さで攻撃を繰り返し、敵戦線にピンポイントで深くふかく食い込んでゆく。

 連隊本部の止まらない前進は、すぐに敵戦線の奥深くまで入り込み、横一線だった敵前線に、針が刺さったような細長い亀裂を生じさせた。敵はあっという間に入れられた深い傷に驚き、戦線の内側へ無理やり入り込んできた敵を押し戻して、前線を横一線の形へ復旧させるべく、近くの戦線から密かに一部の戦車を移動させる。

 だが、この移動を見逃す前進連隊ではない。

 ――Vorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)

 キューポラから顔を出し、異常な突進を続ける連隊本部の背中と、敵の前線裏の動きをしっかりと追っていた小隊長たちが、一斉に突撃を命じた。

 獅子たちは、戦力が移動しわずかに薄くなった敵前線へ、獰猛な牙を振り回し、王者の雄叫びを挙げながら突っ込んでゆく。あちこちで爆轟を轟かせ、敵右翼の一部を一瞬で200メートル以上後退させる。

 敵は自由軍の部分的な突出に度肝を抜かれつつ、無防備に数百メートルも晒された側面へ素早く回り込み、攻撃を仕掛けようとする。普通の部隊ならば、弱点たる側面を攻撃されれば前進は困難となり、味方他部隊との連携が取れず壊滅されるだろう。それ故無闇な突出は忌避するが、闘志が振り切れたRegimentレギメント Vorwärtsフォアヴェルツ(前進連隊)にそんな常識は通用しない。

 各小隊長の放つVorwärtsフォアヴェルツッ!!(前進!!)の号令が、連隊の突出部より左右へ津波のように一気に広がっていく。隣の小隊に負けるな! と檄と火花が飛び散る。12.8センチ砲と履帯の音が町中を埋め尽くし、パリスもマレンゴもシャークも意表を突かれ、全て撃破されるか、大幅な後退を強いられた。無論、突出部側面へ攻撃を試みた部隊もまとめて――。各レーヴェ小隊が味方に遅れを取るなと血眼で前進し、結果として数キロに及ぶ連隊の戦線全体が猛烈なスピードで押し上がっていく。この小隊単位で根付いた貪欲な攻撃精神と競争意識こそ、旧第七装甲師団の時代以来、前進連隊の脅威的な“前進”を実現する要となっていた。


 味方の前進に触発されたのは、レーヴェ小隊だけではなかった。戦車と同じ色の野戦服を着た歩兵たちも、慌てて前進する。

 とは言え、装甲兵員輸送車プーマははるか後方で待機しており、突撃銃を構えた装甲擲弾兵たちは、建物内の敵歩兵を掃討しながら徒歩で進むほかない。これを約千名で、幅数キロ、奥行き数百メートルにわたってやっていかなければならないのだ。可能な限り急ぐが、どうしたって鉄騎の異常な進軍速度には間に合わない。さしもの“前進隊長”ブリュッヒャーも、歩兵の遅れを気にして、連隊に今以上の突出を控えさせ、戦線維持を優先するよう命令を出した。

「我々の前進に驚いているようでは、まだまだ一流の装甲擲弾兵とは言えないな」

 ブリュッヒャーが少し不満げにため息をつき、敵歩兵を警戒して砲塔内に身を屈め、頭上でキューポラのハッチをスライドさせて引き下げる。その直後、キューポラの斜め後ろ側で小銃弾が弾ける音がした。間一髪の回避に、思わず後頭部をなでて、苦笑を漏らす。

 速成の自由軍において、戦車兵より訓練課程が少なくて済む装甲擲弾兵には、軍隊経験のない者が、戦車部隊より多く採用されていた。結果、元第七装甲師団所属のベテランが多い装甲部隊に比べ、装甲擲弾兵は戦場慣れや練度で劣り、基本を超えた動きには即応できないようだ。

 かと言って、いかに戦車兵らに実力があろうとも、やはり歩兵を差し置いて前進するのは危険だし、そもそも圧倒的な兵力差がある中、歩戦協同を無視するなど、不利を自ら増やすだけである。前進隊長は冷静に自制しつつ、荒く嘆息し、奥歯を噛み締めた。

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