第23話 鋼鉄の獅子

 ティーゲル・ドライに似て非なる重戦車、百獣の王の名を背負うレーヴェ七五両が、黄金に染まる丘の裾野を過ぎ、川沿いの町を目指し、開けた平原を爆進していく。

 丘にいる連合王国軍からは、確実に見つかっているであろう。だが、丘からは十分な距離を取っており、仮に撃たれたとしても、側面装甲で弾き返すことができる。ブレナム公もそれを理解しているのか、丘からの攻撃はまったくなく、獅子たちは堂々と戦場の端を横断してゆく。

 重戦車連隊には、他の車両も百両近くまぎれ、土ぼこりを巻き上げている。中戦車Großerグローサー・ Pantherパンターの車体をベースとしたPumaプーマ装甲兵員輸送車だ。特徴的なサイドスカートはないものの、正面全面が傾斜した近未来的な見た目の装軌車両である。国防軍時代の屋根なしの半装軌車ハーフトラックとはまるで異なり、窓一つない装甲の箱の中に歩兵をかくまい、第一装甲擲弾兵連隊およそ千名を、重戦車隊とともに市街地へ送り込む。

 ブリュッヒャーがキューポラから顔を出し、緑の瞳で町を睨む。すると、町の東端で、突如、巨大な火柱が上がった。驚いてそちらに目を向けると、遅れて猛烈な炸裂音が鼓膜をぶった。車長は驚きながらも、オールバックにした赤髪を揺らし豪快に笑う。

「始まったぞ! ザラマンダーの支援砲撃だ!」

 早くも第二射が青空を駆け下り、建物ごとガーリー軍を押し潰す。火炎と粉塵が天に向かって立ち、また後から耳に悪い巨大な爆発音が轟いてくる。二度目の衝撃に、さすがの連隊長も眉をしかめ、砲塔内へ隠れる。すかさず頭上で、ハッチをスライドして閉ざした。

「21センチ口径の榴弾は、頼もしいが騒々しいな」

 所狭しと乗り込んだ他の乗員三名が笑う。

「ですが、大佐。こいつの12.8センチ砲の発射音には、きっと敵いませんよ」

「かもしれんな! だが、自分が撃つ分にはうるさくても一向に構わん」

「なぜです?」

「自分が今まさに攻撃しているという実感を得られるからな!」

 久々の戦闘で攻撃精神が高揚している車長の言葉に、古くからの乗員らは不敵な笑みを浮かべる。“重騎兵”の名をたまわる闘将は、咽喉マイクをつまむと、恐ろしい笑顔で全車に向けて吠えた。

Männerメナー! Angriffアングリフ oderオーダー Ansturmアンシュトゥルム!(諸君! 攻撃か、さもなくば猛攻撃だ!)」




 短時間の支援砲撃で、滅茶苦茶に破壊された町の東端へ、獅子レーヴェピューマプーマの猛獣部隊が喰らいつく。負傷兵の収容を急いでいたガーリー兵を車載機銃で一掃し、町の一角に橋頭堡を築いた。

 間髪入れず、猛獣部隊の先頭は町の南端まで突き進む。敵歩兵が鉄騎の前進に抵抗してくるが、蟻でも踏むように、履帯で轢き潰しながら構わず一直線に進んでゆく。あっという間に川に面する南端へ到達すると、いよいよ前進方向を90度、西へと変えた。最前線は突破に秀でた点の形から、圧迫に適した線の形へと変化する。一瞬のうちに突撃の縦隊から横隊へと変わった戦線の先には、ガーリー軍の本隊が捉えられていた。プーマ装甲兵員輸送車から、歩兵たちが降りてきて、戦車隊に先行し町の西側へと進み出す。彼らの向かおうとする先には、まだ建物が建物の顔をして残っていたが、再びザラマンダー重自走砲が火を噴き、轟音とともに建物を廃墟へと変えてゆく。火炎をまとう瓦礫の下には、おそらくガーリー軍の歩兵たちが悲惨な姿で埋もれているであろう。

 ブリュッヒャーが歩兵の前進を確認し、装填手を兼ねる通信手へ呼びかける。

「連隊へ伝え。歩兵の後を追って前進。攻撃は各車で判断し実行せよ。ただし、俺たちの目標は、あくまで敵右翼の圧迫にあることを忘れるな。以上だ」

 装填手が無線機に飛びつき、連隊長の命令を伝える。程なくして各車が、自身の正面にいる歩兵の前進を確認し、鉄の履帯を軋ませて進み始めた。ブリュッヒャーも前方を確認後、咽喉マイクをつまんだ。

Bewegungベヴェーグング!(前進!)」

 電気モーターを搭載した最新鋭の重戦車は、煙も音もなく、かすかに鉄を軋ませながら、そろりと巨体を前へ進めた。




「おや、砲撃が止みましたな……。東端だけでなく、司令部まで破壊されるかと心配しましたが」

 ベルモン中佐が北東の空を見て呟く。視線を落とせば、車体後部から力強く排気ガスを噴き上げる戦車たちと、血みどろになった歩兵を担架で運んでくる衛生兵らが、同じ視界に飛び込んでくる。

「もはやこの町は、合衆国軍の占領地域ではなく“平和戦線”の統治下という立場なわけだ。支配領域内の町を徹底的に破壊したくはないのだろう。万一住民が生存していた場合には、そのようなところへ容赦なく砲撃しては、後に批判される恐れもある」

 ボナパルト将軍が冷静に分析すると、ランヌ大尉が肩をすくめた。

「もっとも、その住民はモラルのない兵士どもが、すでに皆殺しにしてしまいましたが」

 将軍の表情が、苦虫を噛み潰したように歪む。

「我が軍のモラルは、どこまで低下しているのか……。レジスタンスならともかく、明らかに武器を持たぬ婦女子まで一夜のうちに惨殺するとは。敵が目の前にいなければ、今すぐ軍法会議を開いて、面汚しどもを私の手で銃殺してやるのに」

「プロイス憎しの国民感情が、毛細血管まで通っているのでしょう」

「だとしても、理性的であるべきだ。敵を憎むなとまでは言わないが、自身の尊厳を汚して良い理由にはならない。戦いは堂々となされるべきだ、相応の交戦資格を持つ者たちの間だけで」

 軍人として高潔と言える精神は、“英雄エロイカ”の異名にふさわしいものだ。副官と作戦参謀が、熱い眼差しを送って首肯する。と、不意に背後から大量のエンジン音が響いてきた。まさか敵に背後を取られたかと驚愕し、三人は振り返る。

 ところが、視界いっぱいに広がっていたのは、町の中を所狭しと押し寄せてくる、合衆国軍の戦車と歩兵の大部隊であった。

 二か月前にフロイデンヴァルトのホテルから見た光景を思い出しつつ、ボナパルト将軍が大げさに肩をすくめる。

Queクー faitesフェット-vousヴー ラー?(こんなところで何をしている?)」

「閣下、残念ですが、ガーリー語は通じませんでしょうなあ」

「Ah…What are you doing hereイァ?」

 大声で問いかけると、一両のジープが意気揚々と集団の先頭に現れる。そして、三人の目前に止まると、占領軍最高司令官アンダーソン元帥が後部座席に座ったまま敬礼してきた。三人とも立場上、背筋を伸ばし、右手の甲を額に添えて敬礼を返す。

「中央は暇なんでな。一万人ほど、右翼に救援を連れてきた」

「救援? 援軍ということですか? 要請した記憶はありませんが」

「何。遠慮せず、受け取ってくれ。パリス中戦車隊に損害が出ているところへ、あの“前進隊長”ことブリュッヒャー率いる重戦車隊が突っ込んできたんだ。敵はおそらく、右翼から、我らをからめとるようにして撃破するつもりなのだろう。だが、そうはさせん! 町に突っ込んできた敵は百両に満たない。対する我々は、援軍合わせて四万人だ! 四万だぞ! これで、この町の突破は間違いなく防げる!」

 豪快に笑う元帥に対し、不気味な白い仮面をかぶる作戦参謀が、思わず一歩踏み込み、震える声で抗議する。

「お言葉ですが、それは戦力の無駄使いです、元帥。敵の本陣は、マンシュタインは、丘北東の廃村にいるのです。ブリュッヒャーの前進がなんです?! そんなのは無視して、ただ合衆国軍単体四万の軍勢で、脅威であるブリュッヒャーのいなくなった敵本陣を正面から攻め、その側背を連合王国軍とガーリー軍で包囲する――それで済む話ではないですか!? なぜ敵の示した楽譜に合わせて踊ろうとするのです? そのようなものは無視して、こちらの都合で戦えば良いではありませんか?!」

 しかし、アンダーソン元帥は、ランヌの怪人のような仮面に驚いた後、階級章を一瞥すると、鼻で笑った。

「大尉。まだ若いな。確かに当初のプランでは、そのように包囲殲滅する予定だった。だが、状況は変わった。ブリュッヒャーが右翼に喰らいついてきた以上、これを無視するわけにはいかない。現状、合衆国軍が敵本陣に攻め込んだところで、獰猛な重戦車隊にケツを蹴り上げられるだけだ。状況に合わせて、柔軟に対応せねばならんのだよ、戦場というやつは」

 大尉が他国の元帥に食って掛かるなど、本来更迭ものだが、アンダーソンは懐の深さを示し、赤子に対するように教えをたれた。だが、今作戦の第一提案者たる作戦参謀からすれば、怠慢でその作戦を端から台無しにしてくれたコーラ狂いには、怒りの感情しかない。今にも殴りかかりそうになるが、背後から両腕を掴まれる。はっとして横を見やれば、ベルモン中佐が、大汗を垂らしながら首を横へ振っていた。その必死な顔に、ランヌ大尉は奥歯を噛み締め、怒声を飲み下す。

 その横で直立不動の姿勢を保っていたボナパルト将軍が口を開く。

「なるほど、元帥の狙いは理解しました。しかし、突破を防いだ後はどうするのです?」

「無論、逃げ崩れるブリュッヒャーを追って、そのまま敵本隊を直撃する」

「包囲はしないのですか? それでは、敵を逃がしてしまう可能性がありますよ? マンシュタインは無理な戦いをするくらいなら、負けないうちに潔く撤退することを選ぶ指揮官です。退路を断ちませんと、諸悪の根源を逃がす結果になります。その場合、いずれ彼が再起し、再びシュトゥルムガルトが危機に陥る可能性があります」

「連合王国軍と挟み撃ちにすれば良い」

「……そうですね。今度はブレナム公が指示に従ってくれると良いのですが」

 丁寧な口調ながら、最高司令部の指導力に対する疑念は隠さない。元帥は一瞬むっとするも、ボナパルトはそれを無視して実務的な話に移る。

「援軍は我が軍の左翼側に展開していただきたい。先ほどの砲撃で、特に町の北側に被害が集中しているのです」

「分かった。そうしよう」

 アンダーソンも、ボナパルトの本心にあえては踏み込まず、薄氷の協力関係を繋ぎとめる。ジープを町の北へ走らせ去ってゆく元帥らを見送りながら、将軍は小声で漏らす。

「連合王国軍との連携を捨てたのか? 多国籍の四個師団八万人の最高司令官なら、中央に留まるべきなのに、右翼に遊びに・・・来るとは……」

 作戦参謀が隣に立って呟く。

「ミュンヒェルンから逃げ、アウクスブルクから逃げ、まさかとは思いますが、このシュトゥルムガルトからも逃げる気ではありませんか? そんな逃げ癖のついた元帥など無視して、私たちも連合王国軍を見習ってはいかがです? その方が勝利と栄光に近付けるのではないですか?」

 しかし、ボナパルト将軍は悪魔的な提案に、静かに目をつむり、首を左右へ振った。

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