第22話 猛砲撃と頭脳戦
マンシュタイン元帥が早くも新たな策の実行へ移ろうとする頃、準備万端に敵を待ち構えていたはずのガーリー軍は、町から動けずにいた。
命からがら逃げてきたパリス乗りたちが慌ただしく担架で運ばれてゆき、損害状況の確認が一両一両行われている。まだ今日の戦いは始まったばかりなのだ。損害が軽微であれば、乗員も戦車も、またすぐに前線で戦わなければならない。
負傷者の後送を見守りながら、ボナパルト将軍は柔らかい茶色の前髪をくしゃりと握った。
「本当に必要な攻撃だったのだろうか……?」
副官のベルモン中佐が、年下の若き将軍を横目で見上げる。
「ベルモン中佐も気付いただろう。今しがた、敵の斥候と思われる機体が上空を旋回していた。奇襲の命令は、レジスタンスから得られた情報と相違して敵があの廃村に集結したのは、我々連合軍の存在に気が付いたからだと判断したためということだった。しかし、それならば、パリス隊の突入の後に、偵察に来る必要があるだろうか……?」
副官は肩をすくめた。
「もはや案じても詮無いことですな。いずれにせよ、敵側にこちらの配置は全て割れたでしょう。かくなる上は、やはり連合王国軍のオリバー隊に、今度は逆サイドから急襲してほしいものですが」
「そうしてくれれば、敵をかく乱できるが、ウェルズリー将軍は最高司令官の命令を強固に断ったようだ。緊要地形の丘を守ることこそ、最重要任務であるとしてな」
「孤島の紳士は、相変わらず身勝手ですな。まあ、元植民地の言うことを聞いて、この戦場に援軍として馳せ参じたこと自体が奇跡みたいなものですから、それ以上求めるのは酷なのかもしれませんな」
ベルモン中佐が肩をすくめると、冷たい声が異議を差し挟んだ。
「そもそも大軍を擁する我々に、かく乱など無用でしょう」
将軍と副官が振り返る。背後には、顔の左半面を真っ白な仮面で覆った作戦参謀が立っていた。
「合衆国軍の二個師団が前進し、敵正面を圧迫して拘束。その間にガーリー軍と連合王国軍で敵の側背をつけば、それで終わる話です。圧倒的な兵力差を活かした包囲殲滅――そのために、三面に味方を配したというのに……このまま待っているだけでは、敵に時間的な猶予ばかり与えてしまいます」
「指摘は理解するが、今回の指揮権は、合衆国軍のアンダーソン元帥が全て握っている。彼の指示があるまで、勝手に動くことはできない」
「私は
「まあ、大尉。気持ちは分かるが、それを閣下や私に言われても、事態は改善しないさ。私だって、部下たちを無駄に犠牲に捧げたとなったら、奴らを許せない。だが、まだいがみ合う時じゃないさ。少し落ち着いた方がいい」
三人の中で最年長の中佐が、理性的に若者をたしなめる。むしろ彼こそ、同じ釜の飯を食った部下たちを、おそらくはほぼ無意味に犠牲にされ、無責任な最高司令官アンダーソンにいっそ殺意さえ抱いていた。が、そのような激情をこらえて組織秩序にはまることが、大人の振る舞いである――そう自らに言い聞かせ、二人に隠れて下唇を噛みつけるに何とか留める。
三人が、銘々心の内底に不満を残したまま口をつぐんだその時、ボナパルト将軍が突然、空を指さした。
「見ろ! 砲撃だ!」
副官と作戦参謀が、驚いて指の先を見やる。と、秋の高い空を引き裂くように、複数の砲弾の影が真っ直ぐ舞い降りてくる。しかし、落ち行く先を冷静に見極めれば、この町ではない。三人が弾道を見守る中、影は次第に小さくなってゆき、背後へと消えてゆく。そして、シュトゥルムガルトへの行く手を阻むように中央の平原に陣取る合衆国軍のいる方で、爆発音が重なって轟いた。
「始まりましたね」
作戦参謀が忌々し気に呟き、ベルモン中佐が襟もとに指を差し入れて正す。ボナパルト将軍の青い瞳には、静かに炎が揺らめく。
「アルフレッド・マンシュタイン……」
将軍の万感こもった吐息は、敵の第二射の炸裂音にかき消された。
「なんちゅう威力だ!」
鼓膜を破られそうな炸裂音の中、今日の連合軍を束ねる合衆国軍の最高司令官アンダーソン元帥が叫ぶ。
「150ミリ以上ある! 下手すりゃ200ミリを超えるぞ!」
第二次世界戦争を通して、経験したことのない砲弾の爆発力に恐れおののく。無論、周囲に付き従う将兵も、叫んだり負傷したり死亡したりと大混乱だ。丸いヘルメットの上から頭を押さえていると、また地面が上下し、おびただしい数の悲鳴が聞こえてくる。次いで、メディーック! の大合唱が周りから沸き起こり、その騒ぎが次の着弾で一瞬聞こえなくなって、すぐさま倍増する。ボナパルト将軍とウェルズリー将軍に指示を出すべき元帥は、半年ぶりの会戦で、敵の猛烈な砲撃に晒され、頭を抱えるばかりであった。
まともに判断できたのは、凄まじい威力で降りかかる、敵の大砲の直径くらいである。マンシュタインは、スコーピオン重工にて、35口径21センチ砲という巨砲を開発させ、シュネッケ特殊陸送車同様、スコーピオン車体を活用した親戚に搭載したのだ。その名も、
地形を簡単に変えてしまうその圧倒的な破壊力は、敵側からしても、ザラマンダーの名を知らずとも、自然に暴れるドラゴンを想起させる程のものだった。
「このままドラゴンに弄ばれてはかなわん!」
アンダーソンが、参謀らに叫ぶ。
「砲兵隊に応戦させろ!」
「無理です、閣下! こちらの砲兵隊は、すでに敵の第一射で壊滅しました!」
元帥が唖然とする。それから舌打ちを飛ばした。
「F*ck! 狙ってやったのか?! なんちゅう正確さだ!」
「おそらく、先ほど飛来した敵の偵察機体でしょう。あれに位置を把握されたのかもしれません」
参謀の一人に言われ、アンダーソンは頭を掻きむしる。
「敵は想像以上に手強いな。こんなに新兵器を投入してくるとは、まったく思わなかった」
が、すぐに尊大に胸を張る。
「だが、兵器が強くとも、運用する人間の資質がなければ、無用の長物だ。敵はトップはともかく、兵士に関しては、ここ一か月で町角から調達した素人ばかりだ。最前線で直接ぶつかれば、我が軍不利ということにはなるまい!」
元帥の随分調子のよい言葉に、周囲は素直に盛り上がる。最高司令官は、気を良くして続けて言い放つ。
「某国の戦艦みたいに、でかけりゃ強いと思い込んでるから負けるんだ。経験豊かな将兵の数こそ、勝敗を決する最大の要因だ!」
おおっと取り巻き立ちから、歓声と拍手が沸き起こる。その直後、世界最大の自走砲が広範囲に着弾し、無数の断末魔が響き渡った。
同時に、天幕の中から無線手が叫んだ。
「元帥閣下! 連合王国軍より入電。敵のおよそ一個重戦車大隊が、南の町に向け移動を開始したとのこと!」
アンダーソンは驚いて、無線手のもとへと駆け寄る。
「重戦車隊だと?」
「はい。ティーゲル・ドライに酷似した戦車とのことです。車体にサイドスカートが追加され、砲も105ミリ砲とは違う様子であるとのことですが」
参謀の一人が震える声で言う。
「ティーゲル・ドライに似ている……? よもやブリュッヒャー大佐ではありますまいか?」
何、ブリュッヒャーだと? 他の参謀たちが顔を青くして騒ぎ出す。アンダーソンも、その名に眉間に皺を畳んだ。
「あの猪武者がいるのは分かっていたが、こんな序盤で登場するのか……? たいがい重騎兵よろしく、決戦戦力として最後に出てきていたと思うのだが……」
作戦参謀がすかさずうなずく。
「おっしゃる通りです、閣下。考えるに、マンシュタインは、短期決戦を目論んでいるのではないでしょうか。数で勝る我々に対し、時間をかければ不利になるのは必定。それを踏まえて、初手でパリス隊に損害を与えたガーリー軍を、勢いそのまま攻略するつもりやもしれません」
参謀の指摘にアンダーソンは首肯した。
「なるほど。我々の右翼側から、からめとるように仕掛けて、昼飯までに決着をつけるつもりか」
元帥は、まだ地平線から離れて間もない太陽を睨み、毅然として言い放った。
「だが、そうはさせん! ブリュッヒャーがいかに闘将であろうと、我々には数と、それから質がある! 恐れるに足らん! 直ちに我が軍の半数を、ガーリー救援へ向かわせるのだ!」
思い切った判断にスタッフたちが、おおっと声を挙げる。しかし、一人だけ眉をしかめた。
「それでは、中央の戦力が極端に減ってしまいます。中央を突破され、両翼に分断される危険性があるのでは?」
「その中央に至るには、連合王国軍の陣取る丘と、ガーリー軍がいる町に挟まれた平原を通る他ない。無論、そんな無茶をすれば丸見えだし、見えたのに放置してやる道理はない。左右から痛撃を浴びせて、ハンバーガーの具にしてやるだけのことだ。マンシュタインがミンチになりたいと言うなら、喜んで望みをかなえてやる!」
各師団において部隊を選定し、直ちに右翼へ移動を開始しろ! 元帥の号令に、最高司令部は慌ただしく動き始めた。
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