第19話 アハト・アハトの咆哮
「ようやく命令がきたね」
「熱烈なアプローチだけど、ただ走り込むだけでは敵も淑女も落とせないよ」
笑いながら咽喉マイクを摘まみ、冷静に一言発する。
「
待ってましたとばかりに、獰猛な
パリス中戦車の砲塔正面は、優美に、しかし鋭利に傾斜しているが、実際の装甲厚は30ミリと紙のように薄く、
高速で接近してくる光景は一定のプレッシャーを感じるが、自由軍側は立ち止まって撃っているため、全速力で突っ込んでくる敵と違いゆっくり狙う余裕がある。敵前で棒立ちになるなど普通なら危険であろうが、敵の大口径10.5センチ砲をもってしても、素が分厚い上に傾斜までかかった黒豹の面の皮は、容易には破れないのだ。
ガーリー軍の奇襲は戦略上も戦術上も完璧に近かったが、“疾風”の異名を持つザイトリッツ大佐は、素早く迎撃の戦列を整え、車体の性能差をフルに発揮させることに成功した。彼の迅速な対応に、パリス戦車隊は逆に出鼻をくじかれ、一方的に被害が増してゆく。
パリス中戦車の奇襲的突撃は、グローサー・パンターの一糸乱れぬ隊列の手前100メートル地点まで迫ったところで、ついに力尽きた。わずかに残った車両は反転し、ジグザグに走ってアハト・アハトをかわしながら、川沿いの町の方へと去っていく。
敵の遁走を双眼鏡で確認し、ザイトリッツ大佐は咽喉マイクをつまんだ。
「
黒豹たちは咆哮を止めた。長槍の先に硝煙がかすかにたなびく。
「通信手、次は司令長官に連絡。パリスの突撃は撃退。第二波に備えて待機する」
「……さて、敵は予想以上に多いようだけど、元帥はどうするのかな?」
その声音は心配に沈むどころか、期待で跳ねるようだ。自分より七つも年下でありながら、数々の奇跡を目の前で起こしてきた上官を思い、状況にそぐわず心が躍っていた。
ところが、勝手に期待される元帥の方は、スコーピオンの影で右往左往していた。
――一体、誰が戦場にいるんだ? 俺は今から、誰を相手に戦うんだ?
前線で、これほど嫌な問いはないだろう。フレッドの右手は脳天から離れず、忙しなく五指がつむじを掻き続ける。
連合軍側はそれほど鮮やかに、マンシュタインの予想を裏切ったのだ。元帥は攻撃計画について徹底的に情報を統制し、装甲師団二万人をわざわざ数日間に分けて送り込むという用意周到さでもって、合衆国軍第四二歩兵師団の駐屯地に奇襲を仕掛けようとしていたのだ。それが蓋を開けてみれば、合衆国軍の占領していた領域に、ガーリー軍がいるのだ! 合衆国軍が事前に自由軍の作戦を察知し、無理を言って援軍を出させたとしか思えない。
――あの町のレジスタンスに、裏切り者がいたのか……? ドル札で平手打ちされて、寝返ったのか?
隙を見せれば、すぐさま反抗的な態度をとるレジスタンスの面々を思い出し、左拳を握る。
だが、この怒りは無益なものだ。合理主義者は一つ深呼吸を挟んで思い直すと、これから対処すべきことにのみ集中する。フレッドは右手を脳天よりおろし、マリーの側に立つ白衣姿のドクトル・シュミットへ声をかけた。
「ドクトル。偵察ヘリの出番だ。さっそく真価を発揮してもらおう」
博士はたばこを地面へ落とし踏みつけると、黙ってうなずく。
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