第18話 元帥の奇襲…?
輝かしい秋晴れの朝を迎えた10月20日、平和戦線の党機関紙「An die Freiheit!」の一面に、スコーピオン自由軍統合司令長官アルフレッド・マンシュタイン元帥の声明が掲載された。
『 平和戦線とスコーピオン社が立ち上げられ、マーリエンプラッツで解放戦争の布告をしてから、二か月が経とうとしている。その間、平和戦線は市民より幅広い支持を得て、我がスコーピオン・グループも地道に市民に資する道を辿っている。一方の連合軍は、周知の通り、我々がレジスタンスら勇気ある市民を先頭に祖国を奪還してゆく中、ほとんど手を出せずに時間を無為にしてきた――そう考える市民が大半であろう。
だが、私は今日、重大な事実をお伝えせねばならない。
表立ってはほぼ無反応だった連合軍は、実のところ、幾度も我々首脳部に対し刺客を寄こしてきていた。去る10月9日にも、合衆国軍の刺客が、体中に武器弾薬を巻き付けて、私への“商談”を装って本社を訪れた。辛くも憲兵隊中央憲兵の機転によって、暗殺は未然に防がれたが、もちろんそれで万事が解決したわけではない。
プロイス市民の基本的にして普遍的な人権を擁護するために起った我々に対し、連合軍が不当な挑戦を仕掛けてきているのは明白である。私自身、この二か月何度も命を狙われた。私を含めた全プロイス市民への悪意と殺意に塗り固められた殺人者たちに対し、もはや忍耐と沈黙は不適切である。
スコーピオン・グループが掲げるこの理念にのっとり、驕れる“神”に、神話の
水面下で連合軍の姑息な攻撃が繰り返されていたことを誇張気味に世間に暴露し、ついに武力を行使することを示唆した朝刊一面に、市民は沸き立った。朝のテレビやラジオも、速報として自由軍の作戦開始を報じる。しかし、どこに、いつ、どのように攻撃を仕掛けるのかについては、憶測の域を出なかった。二万人近い装甲師団が戦場へ移動すれば、嫌でも目立つはずであるが、マスコミが領域の安全保障より自社の営利を優先して血眼で探しても、大移動は見つからなかった。
それもそのはずである。
マンシュタイン元帥が自ら率いるスコーピオン自由軍陸軍第一装甲師団は、新聞配達員が目覚める頃には戦場付近に集結を終えていたのだから。彼は敵の偵察と身内の野次馬を回避するべく、数日間に分けて戦場近くへ部隊を細かく分散して送り込み、当日早朝に一か所に結集させたのだ。天から見れば、唐突に二万の軍勢が現れたようにも思えたであろう。
だが、全てが順調という訳ではなかった。
最後に集まってきた歩兵部隊の長が、フレッドに厳しい表情を向ける。
「当日の朝になって、急に集結場所を変更されてはかないません。遅参しましたが、その点はご容赦いただきたい」
「遅刻を責める気は端からない。だが、戦場は流動的なものだ。不慣れな中、よく対応してくれた。感謝する」
仕草と言葉面に皮肉を隠しきれていないが、柔らかい声音で、誠実に頭を下げられ、部隊長は恥じ入ったように赤面し敬礼する。それから逃げるように去っていった。
その姿が遠のくのを確認してから、盛大にため息をつく。
「我ながら舐められたものだ。“プロイス陸軍最高の頭脳”やら“西部戦線の覇者”やら御大層に呼ばれたが、戦争に負けたら、レジスタンスからはこんな扱いか。別に人を殺して勝ち取った軍歴や異名など誇れるものではないが、銃弾に当たったこともないような青二才に見下されるのは、さすがに気分が悪い。あいつ、どこの部隊だっつってた? 最前線に置いてやる」
「フレッド!」
おなじみの黒い作業服を着た技術顧問マリア・ピエヒ上級大将が、強めにたしなめる。
「苛つくのは分かるけど、それは言い過ぎよ。せめて心の中だけにしときなさい」
「心の中はいいのですね……」
給仕服姿の平和戦線大代表ニメール・エロー名誉元帥が乾いた笑いを浮かべる。もっともフレッドを敬愛する彼女も、無礼なレジスタンスに対し、死地に送ってやりたいとちょうど思ったばかりだったのだが。
痩せた元帥は金の前髪をかき上げながら、盛大に息を吐き漏らす。久々の戦場、挙句、出足でのつまずきに、線の細さが隠せていない。
壮年の憲兵総監が手を髭からおろし、着慣れないパンツァージャケットの襟を気にしながら、荒ぶる若き司令長官にやわらかく声をかける。
「ひとまず師団は集結したということになるだろうが、この後が問題ということか」
優しい問いかけに、フレッドは徐々に落ち着きを取り戻し、灰色の脳内で冷静な演算が始まる。
「そうだな。いつまでも、この廃村に留まっているわけにはいくまい」
見上げれば、かたわらに停まるスコーピオン超重戦車の漆黒の威容の先には、崩れかかった小屋の屋根がある。逆を向けば、
場所は、攻撃目標である合衆国軍占領軍シュトゥルムガルト駐屯地の東である。師団二万人で溢れかえる廃村の南西には、黄金に色づいた木々が生い茂る小高い丘がそびえ、その丘の南側には広く平原が開けている。その平地の南端は、中規模の町と、町の南の外縁に沿って東西に流れる川で切られていた。
本来、マンシュタインはこの平地の南端にある町に、師団を参集させようとしていたのだ。ここはシュトゥルムガルトの手前であり、平和戦線への協力を表明したレジスタンスが存在する。そのため、ここを後方の補給拠点として、合衆国軍占領軍を攻撃しようと計画していたのだ。
敵に計画を気取られないように、数日前から師団を分散移動させた際、この町の周りには潜ませたものの、この町自体には一切部隊を潜伏させなかった。この町は、マンシュタインのプランの要であり、昨夜までは緊密に暗号電文のやり取りができていた。
だが、今朝になって、突然、レジスタンスとの交信が途絶えたのだ。
拠点となるはずだった町の状況が分からず、危険があるかもしれないと判断し、フレッドは師団の集結地を急遽、町にほど近い廃村へと変更したのである。
結果は大混雑と、レジスタンス上がりの反骨心豊かな指揮官たちの不満陳情だ。混雑に関しては、師団付きの野戦憲兵が、金刺しゅうの入った純白のマントを揺らしながら、交通整理を行い、ある程度解消されていた。が、理由の説明もなく突然集合場所を変えられた件については、入れ代わり立ち代わり直接元帥に文句が付けられる。しかし、作戦上必要不可欠な町と音信不通になったと正直に説明しては、さらに動揺が増すだけだろう。犬死出さずに勝つこと考えてやってんだよ、いいから黙って従え、という言葉を喉の先で飲み下しながら、クレーマーたちをさばくしかなかった。
日にちをかけ綿密に計画した合衆国軍に対する奇襲の出鼻をくじかれた上、プライドだけはいっちょ前のレジスタンスに散々難癖をつけられ、上からの圧には破格に強いが下からの突き上げには少々気が弱い元帥は、前髪を束で引き抜きそうなほど右手が忙しく、あからさまに苛立っていた。それでも、数分かけて意識を現状に対する打開策へと向けて行き、カールの問いかけから五分後にはすっかり落ち着いていた。
超重戦車の影に集まった四人に向けて口を開く。
「偵察隊を出そう。町のレジスタンスと連絡がまったく付かなくなったのは、機材トラブルというより、合衆国軍の攻撃の結果である可能性が高い。もし機材の問題なら、人を走らせれば、すぐにこの廃村の大騒ぎに辿り着くはずだからな。それさえないということは……もはや町は……」
ニメールが青ざめてうつむく。カールは強張った表情を浮かべ、シモンは無言でスコーピオンの14センチ砲を見上げる。マリーだけは、希望を失ってはいけないと片足を踏み込み口を半ばまで開くが、周りのあまりに冷静な反応に意表を突かれ、半端な姿勢で固まった。フレッドが師団司令部付の偵察小隊指揮官を呼び出そうとした時、黒いパンツァージャケットを着た一人の下士官が走り込んできた。
五人の目線が、その男に集中する。すると、下士官は敬礼し、肩を上下させながら、元帥に対し大音声で報告した。
「南南西の町より、パリス中戦車五〇両が、こちらに向かって来ています!!」
――フレッドは沈黙し、真顔でその下士官を見つめる。そして十秒後、額を掻いて問い返した。
「……パリス中戦車? M4シャーク中戦車だろ?」
「違います、元帥! 合衆国軍ではなく、ガーリー軍のパリス戦車です!」
ニメールとカールが眉をしかめ、顔を見合わせる。マリーが首を遠慮がちに傾げる背後で、シモンがあからさまに首を傾ける。
フレッドは心臓の異常な拍動を感じながら、咳払いする。
「………合衆国軍ではなく、ガーリー軍だと?」
――もしや、こちらの奇襲作戦、かなり早い段階から筒抜けだったのか……? いや、そうでなければ、部外者であるガーリー軍がこの戦場にいるはずがない!
あばらが軍服に浮かび上がるほど心臓が強く拍動し、目が激しく回る。それでも、ぐっと踏ん張って、鼻から大きく息を吸い込むと、辛うじて冷静に戦術単位の指示を発する。
「
カールが敬礼し、スコーピオンの車体後部のハッチから、通信手席へ潜り込む。フレッドは、予想だにしない状況に、爪を立てて脳天を掻きむしった。
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